第五話 突き付けられる現実

文字数 1,668文字

 ​いつの間にか、午前零時を過ぎている。
 手術は無事に成功した。
 異物が刺さっていた左目は酷く損傷し、内部がぐしゃぐしゃに崩壊していた。そのため、眼球摘出の処置が取られた。
 上下の瞼にも損傷があり、数針縫う手術が行われた。幸いにも、瞼の開閉については今後回復すると見込まれている。
 後日、義眼を填めるために再度手術を受ける予定だ。
 現在は内部が縮まないための処置として義眼床が取り付けられ、義眼の代わりとして有窓義眼と呼ばれる器具が填められている。
 左腕には、鎮痛剤などを静脈から送るために点滴が打たれている。
 緊急的な手術は成功したものの病室の空きが見つからず、急遽、個室に運ばれた。

 麻酔が切れるまで、あと少し​──。

 ​────────

 結羽の意識が浮上したのは、手術が完了してから二時間ほど経った頃だった。
 
 ──ここは、どこ? 俺は、一体……?

 何も見えない。ただ、暗闇だけが広がっている。
 
 ​──あれは、夢……?

 最後に見たのは、凄惨な事故現場。
 変わり果てた家族の姿。
 全てを燃やし尽くす紅い炎。
 全てが、紅く、赤く……​───

 ​──そうか、夢だったんだ。あれは、全部……

 無意識に夢だと思い込もうとする。
 しかし、おかしい。
 瞼が開かない。
 左目の感覚がない。
 まるで、開き方を忘れてしまったかのように、右目も上手く開けられない。
 右腕を動かそうとすれば、激痛が走る。
 自由に動かせるのは、左腕だけだった。
 しかし、左にも違和感がある。
 何かが刺さっているような、固定されているような──。
 それが点滴であるということに、未だ結羽は気付くことが出来ない。
「…………」
 そっと左手を左目に添えてみると、肌ではなく布の感触が伝わってきた。
 額や左目、左頬にかけて包帯が巻かれている。

 ​──一体、どうなってるの?

「気が付いたか?」
!!
 不意に声を掛けられ、細い肩が小さく跳ねた。
 その声の主は、どうやら結羽の左側に居るらしい。
 瞼が開かないまま、左手を差し出してみる。
 暗闇に閉ざされた世界。
 聞き慣れた声に縋りたくなった。
 あれは夢であるように願いながら。
「……恭介?」
 差し出した左手は、大きく骨張った手に優しく包まれた。
「ああ、西岐も少し前まで居たんだが、明日早くから用事があるらしいから帰らせちまった。気が付いて良かった……心配したんだぞ」
 静かに響く低音が、心地良かった。
「……ッ……」
 現状が把握出来ない不安に満たされていた心。そこへ僅かに芽生えた安堵が、閉じられた右の瞼から涙となって顕れた。
 あまり力の入らない指で相手の手を握っていると、優しく温かな感触が目元を撫でた。
 恭介が、空いている手の平で涙を拭ってくれたのだ。
 ゆっくりと深呼吸をして、肩の力を抜いた。
「ありがとう、恭介……大丈夫。ところで、ここは……」
「大丈夫? 嘘をつくな」

 普段から捻くれて素直じゃない結羽のことだ。
 こんな状況になっても尚、強がって『大丈夫』などと言っているのが、恭介には手に取るようにわかる。
「……」
 少しの間を置いて、結羽の唇が少しへの字になった。
 どうやら、言葉を遮られたことと、説教にも似た言葉を掛けられたことにムッとしているらしい。
 そんな相手の様子に、今度は恭介が静かに深呼吸をした。
 現状を把握し切れていない相手に、伝えなければならないことがある。
「結羽、ここは病院だ」
「病院……?」
 なぜ? と言いたげに、か細い疑問符が返ってきた。
 僅かな沈黙が流れる。
「……事故、だったらしいな。お前は、車両火災の爆発に巻き込まれたんだ」
「​──ッ!」
 暗がりでも結羽の表情と身体が強張ったのを感じた恭介は、相手の手を握る力を少し強めた。
 嫌なことを思い出させてしまう。
 それは、恭介にとっても辛い事実。
 夢ではなく、現実だったということを理解して貰わなければならない。
 相手が不安に怯えているのは、意識が戻ったと知った時からわかっている。
「先生、呼ぶぞ」
 そう優しく声を掛けて、恭介は静かにナースコールを押した。
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登場人物紹介

一乃瀬 恭介

本作主人公

高校2年生/180cm

剣道部に所属している。

文武両道で寡黙な部分がある。

親は海外に出ていてほとんど帰ってこない。

あまり他人と関わりたがらない性格。

園原 結羽

高校2年生/176cm

女性顔負けの中性的で美しい顔立ち。

感情の起伏が乏しい。

全体的に色素が薄く、儚い印象を受けるが捻くれ者。

将来は『歌って踊れるモデル』になるのが夢。

西岐 智哉

高校2年生/180cm

恭介と結羽のクラスメイト。

明るく軽快な性格。

誰とでも分け隔てなく接する陽キャ。

結羽を除き、唯一恭介の頬を抓られる男。

将来は幸せな家庭に恵まれることが夢。

西岐 夏雅

大学3年生/184cm

智哉の兄。

心理学部専攻の大学3年生。

乱暴な性格で言葉遣いが荒い。

極度のブラコンで、頻繁に智哉を襲って泣かす。

瞳や仕草、声色から人の心を見透かす。

かなりのキレ者で、裏方としての役回りが多い。

暴力的な部分が玉に瑕。

24歳/167cm

結羽が通うダンススクールの先生。

事故当時、唯一結羽を助けた勇敢な女性。

作者の怠惰により名前がない。

既婚済み。わけあって子どもは居ない。

梓川 澪斗

33歳/179cm

結羽の親戚(母の弟)。

長野県在住の民俗学者。

元々は趣味で調べ始めた民俗学に関しての講演や、新聞のコーナーを担当している。

文献を漁るのが好きで、自宅の書斎にも所有している。

結羽に対して非常に可愛がっており、過剰な愛情を持っている。

月雲 暁

25歳/182cm

夏雅の知り合い。

格闘術や剣術に秀でた青年。

丁寧な口調で好印象。

かなり冷徹な一面も兼ねる。

反社会的な勢力を撲滅するための裏組織を纏める。

(※裏組織は警察庁との繋がりもある公認組織)

とある事件の際に夏雅が弟を匿ったことで信頼関係が築かれた。


月雲 花耶

享年20歳/172cm

暁の実弟。

無邪気で可愛らしい青年。

夏雅と同じ大学、同じ学科、同じ学年。

大学2年に上がった際に夏雅と知り合い、好意を持つ。

闇組織の放った銃弾によって命を落とした。

地下公安部隊の敷地内にて弔われた。


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