第四十二話 高速バスにて

文字数 2,065文字

 バス停に到着すると、結羽はベンチに腰を下ろした。
 恭介は二つのボストンバッグをその隣へと置いて、疲れを解そうと肩を回す。
 目的のバスが来るまで五分弱。
 ここから乗る客は彼ら二人だけらしく、他に誰も来なかった。
 項垂れて目を瞑っている相手の姿に、本当に眠ってしまいそうだと思いながら、恭介はズボンのポケットに両手を突っ込んで暇そうにバス停の時刻表を眺める。
 そうして静かな時間を過ごして居ると、やがてバスがやって来た。
「結羽、来たぞ」
「……ん」
 優しく声を掛けて相手を起こし、ボストンバッグを掴んで停車したバスへと乗り込んだ。
 このバスは高速バス。
 乗客の様子を見渡せば、三人が広い間隔をあけて座っていた。
 平日とはいえ、大分空いているのがわかる。
 二人は、真ん中辺りの席を選んでボストンバッグを頭上の棚に載せ、結羽を窓際へ招き並んで座った。
 静かな車内に扉の閉まる音が響き、バスはゆっくりと発進する。
 早速、結羽は眠りに入った。
 相手越しに窓の外を眺め、流れる景色を何気なく見つめる。
 バスに乗ったのは何時振りだろうか。
 中学の頃に修学旅行で乗ったのが最後だったな、と思い出す。
 あの時も、隣には同じ相手が乗っていた。
 まだ互いに友人という立場で、甘えるなど考えられなかった時期。
 恭介も、今以上に話さなかったお陰で、殆ど会話もなかった。
 ただ、クラスメイトで満員だったバスの中はとても騒がしかった。
「…………」
 結羽が寝てしまえば何もすることがなく、黙って視線を進行方向へと移す。
 やがて、次の乗車場へと到着した。
 そこでも、二人組が乗り込んできた。
 男女のペアだが、恭介が盗み見る限りその馴れ馴れしさからカップルのようにも見える。
 ただ、男性の服装は半袖シャツにデニムという日常的に見ても一般的と言われるようなもの。
 対する女性は男性より大分若く、歳が離れているようにも見えた。
 恋愛に年齢は関係ないので、そこは問題ないのだが。
 服装が男性に似つかわしくないとも思えてしまうほどに、あまりにも露出が激しく、まるで男性の欲を刺激したいと言わんばかりで、恭介は他人事と言えど表情を引き攣らせて愛しい相手へと視線を向けた。
 やはり、恋人が何よりも綺麗で美しいと感じる。
 愛しい寝顔に見惚れていると、斜め前方から囁くような声が聞こえてきた。
「……奥さん、本当に大丈夫?」
「大丈夫だよ」
 聞きたくもない……むしろ、聞いてはいけないような言葉に、恭介は瞼を伏せて気付かない振りをする。
「……ね、今夜……良いでしょ?」
「……あぁ……」
 何かを囁き合っているのが聞こえる。
 まるで猫なで声の女。それに優しく応える男。
 この状態がホテルまで続くと思うと、恭介も本当に眠りたくなる。
 しかし、眠っている結羽に何かあるかも知れないという危機感が堪えず緊張を保たせ、意識が朧になることもなかった。
 その間も男女の生々しい言葉が度々聞こえてくる。
 ホテルの近くに停車するまで、現在乗車中の人以外が乗り合わせることはなかった。

 ​────────

 月ノ宮グレイスホテル。 
 そこが、今回二人の宿泊する建物だ。
 白い宮廷を思わせるオシャレな佇まいは、老若男女問わず人気を博している。
 ねこねこワンダーランドまで歩いて十五分という立地が功を奏して、テーマパークへ来る人たちが頻繁に泊まりに来るという。
 そのバス停に到着したのは、恭介たちが乗車してから一時間ほど経った頃だった。
「結羽、降りるぞ」
「……うん……」
 いつの間にか恭介の肩に頭を寄り掛けて眠っていたが、声を掛けてあげれば眠そうな小声で返事をしてくれた。
 右目を少し擦り、両腕を上に伸ばして身体を解す。
 その様子に安堵しながら、恭介は立ち上がった。
「よく寝たな」
「うん、起きた」
 ついていくように、結羽もゆっくりと立ち上がる。
 棚の上からボストンバッグを二つ降ろし、開いた扉から一緒に外へと踏み出した。
 見慣れない景色を見渡してみれば、旅行デートに来たんだと実感させてくれる。
「恭介、ホテルここ?」
 結羽が指差す先に聳える白い建物を見上げた。
「あぁ、ここの八階だ」
 全十階建てのホテルの八階。
 なかなかに良い部屋を取れたと自負している。
 さて、ホテルにチェックインしようかと、結羽と手を繋いで歩き出した。
 背後からは、またあの声が聞こえてくる。
「このホテル? 素敵……奥さんとは来たことないの?」
「勿論、ユミが初めてだよ」
 バスの中で延々とイチャついていたカップルも、どうやら同じホテルに泊まるらしい。
「…………」
 嫌だな、と正直思ってしまった。
 眠っていて事情を知らない結羽は、不思議そうに顔を覗き込んでくる。
「恭介、どうしたの?」
「ん? いや、何でもねェ」
 いつの間にやら止まっていた足を、改めてホテルへ向けた。
 チェックインを済ませたら、早速お楽しみのテーマパークでデートをする。
 その嬉しさに結羽はどことなく楽しそうだ。
 勿論、恭介も楽しみにしている。

 ただ楽しく過ごせることを願っていた。
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登場人物紹介

一乃瀬 恭介

本作主人公

高校2年生/180cm

剣道部に所属している。

文武両道で寡黙な部分がある。

親は海外に出ていてほとんど帰ってこない。

あまり他人と関わりたがらない性格。

園原 結羽

高校2年生/176cm

女性顔負けの中性的で美しい顔立ち。

感情の起伏が乏しい。

全体的に色素が薄く、儚い印象を受けるが捻くれ者。

将来は『歌って踊れるモデル』になるのが夢。

西岐 智哉

高校2年生/180cm

恭介と結羽のクラスメイト。

明るく軽快な性格。

誰とでも分け隔てなく接する陽キャ。

結羽を除き、唯一恭介の頬を抓られる男。

将来は幸せな家庭に恵まれることが夢。

西岐 夏雅

大学3年生/184cm

智哉の兄。

心理学部専攻の大学3年生。

乱暴な性格で言葉遣いが荒い。

極度のブラコンで、頻繁に智哉を襲って泣かす。

瞳や仕草、声色から人の心を見透かす。

かなりのキレ者で、裏方としての役回りが多い。

暴力的な部分が玉に瑕。

24歳/167cm

結羽が通うダンススクールの先生。

事故当時、唯一結羽を助けた勇敢な女性。

作者の怠惰により名前がない。

既婚済み。わけあって子どもは居ない。

梓川 澪斗

33歳/179cm

結羽の親戚(母の弟)。

長野県在住の民俗学者。

元々は趣味で調べ始めた民俗学に関しての講演や、新聞のコーナーを担当している。

文献を漁るのが好きで、自宅の書斎にも所有している。

結羽に対して非常に可愛がっており、過剰な愛情を持っている。

月雲 暁

25歳/182cm

夏雅の知り合い。

格闘術や剣術に秀でた青年。

丁寧な口調で好印象。

かなり冷徹な一面も兼ねる。

反社会的な勢力を撲滅するための裏組織を纏める。

(※裏組織は警察庁との繋がりもある公認組織)

とある事件の際に夏雅が弟を匿ったことで信頼関係が築かれた。


月雲 花耶

享年20歳/172cm

暁の実弟。

無邪気で可愛らしい青年。

夏雅と同じ大学、同じ学科、同じ学年。

大学2年に上がった際に夏雅と知り合い、好意を持つ。

闇組織の放った銃弾によって命を落とした。

地下公安部隊の敷地内にて弔われた。


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