第二十五話 任務遂行
文字数 2,669文字
智哉が囚われ、飼育部屋へと連れ込まれてから数分後、暁たち地下公安部隊のメンバーが静かに到着した。
表口に二台、裏口に一台、出入口を塞ぐように車を止める。
「…………」
暁の乗る車は表口の前。
止まると直ぐに全員が降車してそれぞれの扉を封鎖するように集まった。
「……開始」
暁が告げた短い言葉を切っ掛けに、扉が乱暴に蹴破られた。
勿論、中に居る暴力団組員たちは驚きを隠せない。
しかし、組長の信田だけは堂々とした態度で椅子に座ったまま、ぞろぞろと入室する男たちに目を配る。
「お客さんかァ? 随分と乱暴じゃァねェか」
暁の冷たい視線が、信田を睨み付けた。
「地下公安部隊だ。一般人を巻き込んだ罪で逮捕させて貰うよ」
「こりゃァ大層なお客さんだなァ。何のことやら、ワシにゃわからんねェ」
笑いすら洩らしながら返された言葉に、周りの組員たちも笑い始める。
それを横目に、暁は小さく溜め息を洩らした。
他に怪しい人物は居ない。
「……ここは任せるよ。ついでに、智哉くんを拐った理由も聞き出しておいて……殺さなければ、どんな拷問に掛けても構わない」
そう仲間に指示を出し、奥の部屋へと向かおうとする。
「ナメた態度取りやがって……!!」
いきなり、組員の一人がナイフを光らせながら、暁に向かって攻撃を仕掛けた。
素早い動きで、殺意を顕に暁の背を目掛ける。
「…………」
「ぐはッ!!」
途端、鈍い音と共にナイフが床に転がる。
部隊員の一人が、暁を狙った組員の腹を容赦なく蹴りあげたのだ。
力なくその場に倒れた男に目もくれず、暁は部屋の奥へ向かう。
その背後で、暴力団組員と地下公安部隊員の抗争が始まった。
暁を邪魔する者は居ない。
──智哉くん、何処に……?
聴覚を研ぎ澄ませながら足音を立てず周囲に意識を向ける。
「……んっ……ん」
「…………?」
すぐ近くの扉から、くぐもった声が聞こえた気がした。
物音一つ立てず、扉に耳を押し当てる。
「……こいつ、処女じゃねェぞ。慣れてやがる」
聞こえてきた野太い男の声。
──…………。
暁の中で、何かが切れた。
躊躇いなく扉を開ける。
「……!!」
一瞬で状況を判断した。
この部屋に居る組員の男は三人。
その内の一人、下半身を露にした男が、制服を剥がされた少年の両足を抱えていた。
男が下半身をゆっくり振る度、少年の身体が揺さぶられる。
「っ……」
明らかに、犯されている。
奥歯が、ギリッと音を立てて軋んだ。
「何だテメェ!!」
突如、強姦を眺めていた一人の組員が怒鳴り声を上げた。
暁は、その怒声に反応することなく、ツカツカと少年を犯す男に近付いていく。
「……」
黒髪のオールバックにサングラス。
その男は、智哉に乱暴な態度で恐怖を与えた蔵田。
「あ? 誰だよ?」
暁の顔を見ても、蔵田は腰の動きを止めない。
犯されている少年の顔を見ただけで、夏雅の弟だということがわかった。
首には所有物を示すような赤い首輪が嵌められ、口元にはタオルを噛まされ、両手を後ろで拘束され、抵抗をすることも声を出すことも出来ない。
そんな無抵抗な少年を、大の大人が寄って集って辱めている。
暁の怒りは、もう理性で抑えられることが出来なくなっていた。
「地下公安部隊……一般人を巻き込んだ罪で、お前を逮捕する……!!」
そう言った途端に右手で拳を作り、思い切り蔵田の左頬を殴り飛ばした。
バキッという嫌な音を立てながら、蔵田の身体が壁まで吹っ飛んだ。
その一撃が余りに強く、蔵田は下半身をだらしなく晒したまま壁に凭 れ掛かって気絶している。
「テメェ!!」
先ほど怒鳴った男が金属バットを手にし、暁に向かって思い切り振り上げ、殴りかかった。
「…………」
単純な攻撃を横に避けて躱すと、爪を立てるように左手を差し出して殴りかかってきた男の喉を鷲掴みにし、そのまま後ろ倒して後頭部を床に叩きつけた。
「…………」
気を失ったことを確認すると、暁は智哉の元へと歩み寄る。
残りの一人は、状況を伝えるべく組長の元へと逃げて行った。
「ん、ぐ……ぅ……」
智哉は、いきなり現れたフード姿の暁に怯えていた。
身を震わせて、涙をぼろぼろ流しながら、近付くなと訴えているのがわかる。
「……暁さん!」
どうやら他が片付いたらしく、仲間の一人が声を掛けてきた。
当然、智哉の怯えは増す。
「黙れ」
それを察知して、暁は静かな怒りの声で返事をした。
「……特務救護班呼んで」
「え? でも、あれは……」
裏社会の人間が診てもらう病院のようなものだ、と言いたいのだろう。
しかし、暁は頷いた。
「良いから。俺の知り合いなんだ」
「……わかりました」
暁の言葉は、彼らにとって絶対とも言えるようなもの。
了承して、男は引き下がった。
「……智哉くん」
「ッ……」
優しく声を掛けても、恐怖に満たされた彼を安心させることは出来ない。
暁はジャケットを脱いで、相手の震える下半身を覆ってあげた。
智哉の傍に両膝をつく。
「……?」
こちらを見ながら怯える相手の綺麗な瞳を見つめると、違和感に気付いた。
焦点が定まっていない。
──俺を見ていない……?
否、見えていないのではないか。
「……智哉くん……?」
「ぅっ……」
声を掛ければ怯えて泣き始める。
怖がる相手に申し訳ない気持ちになりながら、暁は相手の口元を塞ぐタオルを外してあげた。
「ぅ……あ……あぅ」
「…………」
呂律が回っていない。
しかし、恐怖心と、触覚は敏感になっている。
──……これは、中毒症状か……。
慎重に智哉の肌に異状がないか確認すると、首元に痣が広がっているのがわかった。
──……満月草 か。
それが、痣の広がり方と智哉の症状を重ね合わせて出た、暁の答えだった。
満月草とは、最近、密輸されている野草の一種だ。
月が満ちる頃に花を咲かせる、一見可愛らしい花。
しかし茎から抽出される成分が、薬物として出回っている。
毒性はあるが依存性はなく、闇組織の間で使用されることが多々ある。
「……病院で、診て貰おうね。もう、大丈夫だから」
詳細は全て伏せて、優しく声を掛けた。
それで相手が安心するはずもないのはわかっている。
「…………」
震える身体を抱き締めてあげたい。
しかし、必死に良心を抑え込む。
自分たちは裏の人間だから。
それ以上に、ここまで恐怖を抱いている相手に触れてはいけない気がした。
それが許されるのは夏雅だけだろう。
暁は、荒れ果てた部屋の中で智哉の傍に両膝をついたまま、特務救護班が着くのを静かに待っていた。
表口に二台、裏口に一台、出入口を塞ぐように車を止める。
「…………」
暁の乗る車は表口の前。
止まると直ぐに全員が降車してそれぞれの扉を封鎖するように集まった。
「……開始」
暁が告げた短い言葉を切っ掛けに、扉が乱暴に蹴破られた。
勿論、中に居る暴力団組員たちは驚きを隠せない。
しかし、組長の信田だけは堂々とした態度で椅子に座ったまま、ぞろぞろと入室する男たちに目を配る。
「お客さんかァ? 随分と乱暴じゃァねェか」
暁の冷たい視線が、信田を睨み付けた。
「地下公安部隊だ。一般人を巻き込んだ罪で逮捕させて貰うよ」
「こりゃァ大層なお客さんだなァ。何のことやら、ワシにゃわからんねェ」
笑いすら洩らしながら返された言葉に、周りの組員たちも笑い始める。
それを横目に、暁は小さく溜め息を洩らした。
他に怪しい人物は居ない。
「……ここは任せるよ。ついでに、智哉くんを拐った理由も聞き出しておいて……殺さなければ、どんな拷問に掛けても構わない」
そう仲間に指示を出し、奥の部屋へと向かおうとする。
「ナメた態度取りやがって……!!」
いきなり、組員の一人がナイフを光らせながら、暁に向かって攻撃を仕掛けた。
素早い動きで、殺意を顕に暁の背を目掛ける。
「…………」
「ぐはッ!!」
途端、鈍い音と共にナイフが床に転がる。
部隊員の一人が、暁を狙った組員の腹を容赦なく蹴りあげたのだ。
力なくその場に倒れた男に目もくれず、暁は部屋の奥へ向かう。
その背後で、暴力団組員と地下公安部隊員の抗争が始まった。
暁を邪魔する者は居ない。
──智哉くん、何処に……?
聴覚を研ぎ澄ませながら足音を立てず周囲に意識を向ける。
「……んっ……ん」
「…………?」
すぐ近くの扉から、くぐもった声が聞こえた気がした。
物音一つ立てず、扉に耳を押し当てる。
「……こいつ、処女じゃねェぞ。慣れてやがる」
聞こえてきた野太い男の声。
──…………。
暁の中で、何かが切れた。
躊躇いなく扉を開ける。
「……!!」
一瞬で状況を判断した。
この部屋に居る組員の男は三人。
その内の一人、下半身を露にした男が、制服を剥がされた少年の両足を抱えていた。
男が下半身をゆっくり振る度、少年の身体が揺さぶられる。
「っ……」
明らかに、犯されている。
奥歯が、ギリッと音を立てて軋んだ。
「何だテメェ!!」
突如、強姦を眺めていた一人の組員が怒鳴り声を上げた。
暁は、その怒声に反応することなく、ツカツカと少年を犯す男に近付いていく。
「……」
黒髪のオールバックにサングラス。
その男は、智哉に乱暴な態度で恐怖を与えた蔵田。
「あ? 誰だよ?」
暁の顔を見ても、蔵田は腰の動きを止めない。
犯されている少年の顔を見ただけで、夏雅の弟だということがわかった。
首には所有物を示すような赤い首輪が嵌められ、口元にはタオルを噛まされ、両手を後ろで拘束され、抵抗をすることも声を出すことも出来ない。
そんな無抵抗な少年を、大の大人が寄って集って辱めている。
暁の怒りは、もう理性で抑えられることが出来なくなっていた。
「地下公安部隊……一般人を巻き込んだ罪で、お前を逮捕する……!!」
そう言った途端に右手で拳を作り、思い切り蔵田の左頬を殴り飛ばした。
バキッという嫌な音を立てながら、蔵田の身体が壁まで吹っ飛んだ。
その一撃が余りに強く、蔵田は下半身をだらしなく晒したまま壁に
「テメェ!!」
先ほど怒鳴った男が金属バットを手にし、暁に向かって思い切り振り上げ、殴りかかった。
「…………」
単純な攻撃を横に避けて躱すと、爪を立てるように左手を差し出して殴りかかってきた男の喉を鷲掴みにし、そのまま後ろ倒して後頭部を床に叩きつけた。
「…………」
気を失ったことを確認すると、暁は智哉の元へと歩み寄る。
残りの一人は、状況を伝えるべく組長の元へと逃げて行った。
「ん、ぐ……ぅ……」
智哉は、いきなり現れたフード姿の暁に怯えていた。
身を震わせて、涙をぼろぼろ流しながら、近付くなと訴えているのがわかる。
「……暁さん!」
どうやら他が片付いたらしく、仲間の一人が声を掛けてきた。
当然、智哉の怯えは増す。
「黙れ」
それを察知して、暁は静かな怒りの声で返事をした。
「……特務救護班呼んで」
「え? でも、あれは……」
裏社会の人間が診てもらう病院のようなものだ、と言いたいのだろう。
しかし、暁は頷いた。
「良いから。俺の知り合いなんだ」
「……わかりました」
暁の言葉は、彼らにとって絶対とも言えるようなもの。
了承して、男は引き下がった。
「……智哉くん」
「ッ……」
優しく声を掛けても、恐怖に満たされた彼を安心させることは出来ない。
暁はジャケットを脱いで、相手の震える下半身を覆ってあげた。
智哉の傍に両膝をつく。
「……?」
こちらを見ながら怯える相手の綺麗な瞳を見つめると、違和感に気付いた。
焦点が定まっていない。
──俺を見ていない……?
否、見えていないのではないか。
「……智哉くん……?」
「ぅっ……」
声を掛ければ怯えて泣き始める。
怖がる相手に申し訳ない気持ちになりながら、暁は相手の口元を塞ぐタオルを外してあげた。
「ぅ……あ……あぅ」
「…………」
呂律が回っていない。
しかし、恐怖心と、触覚は敏感になっている。
──……これは、中毒症状か……。
慎重に智哉の肌に異状がないか確認すると、首元に痣が広がっているのがわかった。
──……
それが、痣の広がり方と智哉の症状を重ね合わせて出た、暁の答えだった。
満月草とは、最近、密輸されている野草の一種だ。
月が満ちる頃に花を咲かせる、一見可愛らしい花。
しかし茎から抽出される成分が、薬物として出回っている。
毒性はあるが依存性はなく、闇組織の間で使用されることが多々ある。
「……病院で、診て貰おうね。もう、大丈夫だから」
詳細は全て伏せて、優しく声を掛けた。
それで相手が安心するはずもないのはわかっている。
「…………」
震える身体を抱き締めてあげたい。
しかし、必死に良心を抑え込む。
自分たちは裏の人間だから。
それ以上に、ここまで恐怖を抱いている相手に触れてはいけない気がした。
それが許されるのは夏雅だけだろう。
暁は、荒れ果てた部屋の中で智哉の傍に両膝をついたまま、特務救護班が着くのを静かに待っていた。