第三話 彼の見た景色
文字数 1,799文字
恭介は西岐と共に、結羽が通っているダンススクールの先生に車でここへ乗せて来て貰っていた。
桃色に染めた髪を高い位置でツインテールにしている若い女性の先生。彼女は何も言わないが、顔や服の所々が煤に汚れ、髪も乱れている。
一体何があったのか、聞こうにも聞けず、無言のまま病院へと到着した。
車を降りると恭介は短く礼を述べて、夜間専用の入口へと走り、そのまま病院内へと消えていった。その後を西岐が慌てて追いかける。
その姿を見送って、先生はダンススクールの生徒を帰宅させるため、Uターンして来た道を戻って行った。
──────
事故当時。
赤信号で停車していた父親の車が大型トラックに後ろから追突されたとき、結羽はダンススクールでレッスンを受けていた。
母親の弁当を食べ、休憩を挟んでからのレッスンを再開し始めていた、その時───
ドン!! キキィィィ───!!!
ガシャン!! ガシャン!!!
教室の外から、けたたましい車のブレーキ音と共に、激しい衝突音が何度も聞こえてきた。
それと同時に、結羽の背筋がゾクリと凍り付く。
何故か、言いようのない不安と嫌な予感に襲われた。
「園原くん!!」
先生が叫ぶのを聞かず、結羽は教室を飛び出していた。
普段は通りの激しい交差点が、酷く荒れている。
進行方向と前面がめちゃくちゃな車が二台に、こちらも前面が潰れて交差点にはみ出している大型トラック。
そしてその中心に、見慣れたはずのミニバン。多方面から追突され、ひしゃげて、車体は横倒れている。
ただの鉄の塊と化したその車体に駆け寄ると、傾いたフロントガラスから見えた内部の惨状に血の気が引いた。
血だらけでぐったりして動かない、家族の姿。
数時間前まで、いつもと変わらない生活を送っていたはずの、母と父と、妹。愛する家族の変わり果てた姿。
「……母さん!! 父さん!!
結羽は、横になった車体によじ登る。そうして運転席の扉を開こうとしたが、ひしゃげていて動かない。
「起きろよ!! 何やってんだよ!!」
右手に拳を作って、ウィンドウを何度も殴る。何度も何度も殴り付けても、強度の高いガラスは結羽の力ではビクともしなかった。
皮が擦り剥けて血が滲んでも殴るのを辞めない。
「くそっ……」
焦燥感に駆られながら、今度は車体から降りてフロントガラスを何度も叩く。
しかし、ビクともしない。するはずがない。そんなことはわかりきっていながら、凄惨な様子を目の当たりにした結羽は、もう正常な判断が出来なくなっていた。
周りの観衆は、誰一人近付こうとしない。
スマートフォンを取り出している者すらいる。
救急車の要請でもしているのなら話は別だが……。
「園原くん!! 危ないから!!」
そう叫びながら駆け寄ってきたのは、ダンススクールの先生。桃色のツインテールが乱れるのも気にせず、車体から離れない結羽を強引に引き離そうと羽交い締めにする。
「離せよ!!」
「分からないの!? ガソリンの臭いがしてる!!」
「!!」
でも、と言いかけるも、ガソリンが漏れているであろう恐怖には身が竦んでしまい、微かに力が弱まった。
「そんな……」
それを好機に、先生は力任せに結羽をその場から下がらせる。
刹那、車から火の手が上がった。それは一気に燃え上がり、夜の暗がりを赤々と照らし始める。それと同時に黒煙が筒状となって空高く昇っていく。
「……ぁ……ぁ」
全部、燃えていく。
家族が、無情な炎に包まれていく。
緊急車両のサイレンが聞こえてきたのはそんな頃だった。
漸く来てくれた救急車や消防車、パトカーに安堵は出来ないものの、助けが来たことに力が抜けた。しかし、悲劇は終わらない。
───バァン!!!
「きゃあああっ!!」
心臓を揺さぶるような大きく激しい破裂音と、車から結羽を引き離した先生の叫び声が響いた後、左目に激痛が走り、爆風を受けて後方へと倒れ込んだ。
吹き飛ばされたわけでもなく、そこまで強い爆風でもなかったが、惨状を目の当たりにした精神的ショックが相俟って、結羽は耐えられなかった。
更に、倒れた際にコンクリートへ側頭部を打ち付けた衝撃で脳震盪を起こしてしまい、彼の意識はそこで途切れた。
今現在、搬送された結羽は『救急治療室』へと運ばれている。
看護師達が忙しなく動き回る中、ベッドで意識を失っていた。