第五十三話 再来会
文字数 2,392文字
恭介の言葉による恥じらいを結羽が拭えないまま、ダンススクール内では『再来会』が始まった。
「それじゃあ、かんぱーい!」
先生の音頭を皮切りに、生徒全員が飲み物の入ったグラスを掲げて乾杯をした。
誕生日席には結羽と、その隣に急遽席を用意された恭介が座り、他の生徒と先生も同じテーブルを囲むようにして座っている。
皆、それぞれグラスに注がれた飲み物を口にした。
飲み物と言っても、ジュースではなく麦茶。
その他、テーブルの上に並ぶのはフルーツの盛り合わせと、お菓子が数種類。
この『再来会』を終えた後には、休憩を挟んでからダンスのレッスンを行うため、摂り過ぎない程度の軽食が用意されている。
「ん……結羽、どうしたんだ?」
恭介は、手にしたグラスに唇を当ててゆっくりと傾け一気に飲み干したところで、相手の様子がおかしいと感じて首を傾げた。
何故なら、自分の方を見向きもせずに片頬を膨らませているから。
「怒ってんのか?」
「うるさい、バカ、卑猥。真面目だと思ってたのに」
再度問い掛けると、思いもよらぬ言葉の応酬に目を丸くした。
──……卑猥、だと?
初めて言われた衝撃を隠しながら、心に突き刺さった言葉の意味とそれを告げた理由を確認するため、極めて穏やかに声を掛ける。
「……え、俺、何か怒らせるようなこと、したか?」
「あんなこと、みんなの前で言うなんて……あんな、恥ずかしいこと言うなんて、恭介は卑猥物 だね」
独り言のようにブツブツと小声で文句を垂れているその内容を聞けば、大体の察しはついた。
先程褒めた言葉が恥ずかしかったのだろう。
恭介にしてみれば相手を元気付けようとしたつもりしかないため、反応を見聞きするまで気付くことが出来なかった。
それは申し訳ないことをしたな、と思いつつも、恭介にはどうしても言い返したいことがある。
「やめろ。卑猥物って何だ。今までの悪態で最低だぞ」
詫びるよりも先に口をついてしまった。
「ふん、バカ」
完全に不貞腐れた顔を背け、結羽は用意されたフォークをうさぎ型に切られたリンゴへと突き刺し、恭介に後頭部を向けたまま食べ始める。
こうなってしまっては打つ手がない。
「悪かったって……次からは、二人きりの時に言うようにするからさ………ぃでッ」
視線を合わせて貰おうと自席から腰を浮かせて相手の顔を覗き込もうとしたが、そのタイミングで相手の軽い裏拳が額に飛んできて撤退を余儀なくされることになった。
自席へ戻り、テーブルに両肘をついて額を抑えている。
「あ、ごめん」
フォークを持つ手を上げたまま、結羽が振り返って感情皆無の声色で詫びた。
どうやらリンゴをおかわりしようとして動かした手の甲が当たったらしい。
「いや、俺こそ悪かった……」
「恭介も食べる?」
何事もなかったかのような問い掛けに、恭介はチラッと視線だけを向ける。
「……食べる」
「はい」
「ん? あぁ、ありがと……ん?」
相手が使っていたフォークをリンゴに刺して差し出してくれたので、珍しいこともあると思いつつ礼を口にしながらフォークを受け取ろうとしたが、渡して貰えなかった。
どういうつもりかと、訝しむように眉を寄せる。
「あーんして」
「……ん?」
突如紡がれた言葉を聞いて、恭介が二度三度、瞬きを繰り返して疑問符を洩らす。
しかし、結羽は大きな赤い右眼で見つめたまま微動だにしない。
「……えっと……ん?」
理解に苦しんだ挙句、結局彼の口からは疑問符しか出て来なかった。
その反応に相手は一度片頬をピシッと引き攣らせてから、酷く綺麗で穏やかな笑みを浮かべる。
「だから、あーんして」
再度同じ内容を紡ぐと共に、フォークで貫いたリンゴを差し出しながら優しく微笑んでいる。
それは傍から見たら天使のようにも見えるだろうが、恭介の目に今映っているのはまさに悪魔だ。
「恭介に、食べさせてあげる」
「…………」
痺れを切らしたように、恭介の口元にぐりぐりとリンゴを押し付けてくる。
そんなやりとりをしていると、ダンス教室のメンバーたちの視線が次々に二人へ向けられ始めた。
やがて幾つもの眼差しに注目されると堪え切れなくなり、恭介は羞恥に瞼を伏せながら渋々と受け入れることにした。
「うぐぅッ」
唇を開いた瞬間、喉の奥からくぐもった叫びが出た。
勢い余ってか、結羽が容赦なくリンゴを押し込んだのだ。
慌てて歯を立てたので大事には至らなかった。
「あ、ごめん」
二度目の詫びにも感情は含まれていない。
「グルルルルル」
リンゴを噛み砕くと同時にフォークへ噛み付いて、唸り声を上げる。
──殺す気か!!
「さっきの仕返し」
唸る恭介にそう告げると、ふふん、と意地悪に鼻で笑い、強引に恭介の口からフォークを引き抜いて新たなリンゴへと刺して齧り始めた。
その様子を、少し離れた席に座る先生が頬杖をついて眺めながら、穏やかに口角を上げた。
事故の後、なかなか様子を見に行ってあげることが出来なかったことや、直ぐに訪れてくれた恭介の様子が気掛かりだったこともあり、二人の仲睦まじい姿を見ることが出来て嬉しさが表情に滲み出ている。
「先生、先生」
隣に座る男子生徒が、ポンポンと肩を優しく叩きながら声を掛けた。
先生はそちらへと視線を向けて、優しく笑う。
「どうしたの?」
「あの二人、凄く仲良いですね。付き合ってるみたい」
コソッと囁くような言葉に、先生は穏やかな表情で見つめて頷いた。
「うん、そうだね。でも実際は二人にしかわからないことだから周りが勝手に盛り上がらないように気を付けないとね。園原くんが話してくれた時には、ちゃんと聞いてあげよう」
優しく紡いだ言葉に、声を掛けた男子生徒は照れ臭そうに笑う。
「なんか……先生が言うと、説得力あるんだよね」
「え? そう? 初めて言われた」
男子生徒の言葉に目を丸くして、今度は先生がはにかんで笑った。
「それじゃあ、かんぱーい!」
先生の音頭を皮切りに、生徒全員が飲み物の入ったグラスを掲げて乾杯をした。
誕生日席には結羽と、その隣に急遽席を用意された恭介が座り、他の生徒と先生も同じテーブルを囲むようにして座っている。
皆、それぞれグラスに注がれた飲み物を口にした。
飲み物と言っても、ジュースではなく麦茶。
その他、テーブルの上に並ぶのはフルーツの盛り合わせと、お菓子が数種類。
この『再来会』を終えた後には、休憩を挟んでからダンスのレッスンを行うため、摂り過ぎない程度の軽食が用意されている。
「ん……結羽、どうしたんだ?」
恭介は、手にしたグラスに唇を当ててゆっくりと傾け一気に飲み干したところで、相手の様子がおかしいと感じて首を傾げた。
何故なら、自分の方を見向きもせずに片頬を膨らませているから。
「怒ってんのか?」
「うるさい、バカ、卑猥。真面目だと思ってたのに」
再度問い掛けると、思いもよらぬ言葉の応酬に目を丸くした。
──……卑猥、だと?
初めて言われた衝撃を隠しながら、心に突き刺さった言葉の意味とそれを告げた理由を確認するため、極めて穏やかに声を掛ける。
「……え、俺、何か怒らせるようなこと、したか?」
「あんなこと、みんなの前で言うなんて……あんな、恥ずかしいこと言うなんて、恭介は
独り言のようにブツブツと小声で文句を垂れているその内容を聞けば、大体の察しはついた。
先程褒めた言葉が恥ずかしかったのだろう。
恭介にしてみれば相手を元気付けようとしたつもりしかないため、反応を見聞きするまで気付くことが出来なかった。
それは申し訳ないことをしたな、と思いつつも、恭介にはどうしても言い返したいことがある。
「やめろ。卑猥物って何だ。今までの悪態で最低だぞ」
詫びるよりも先に口をついてしまった。
「ふん、バカ」
完全に不貞腐れた顔を背け、結羽は用意されたフォークをうさぎ型に切られたリンゴへと突き刺し、恭介に後頭部を向けたまま食べ始める。
こうなってしまっては打つ手がない。
「悪かったって……次からは、二人きりの時に言うようにするからさ………ぃでッ」
視線を合わせて貰おうと自席から腰を浮かせて相手の顔を覗き込もうとしたが、そのタイミングで相手の軽い裏拳が額に飛んできて撤退を余儀なくされることになった。
自席へ戻り、テーブルに両肘をついて額を抑えている。
「あ、ごめん」
フォークを持つ手を上げたまま、結羽が振り返って感情皆無の声色で詫びた。
どうやらリンゴをおかわりしようとして動かした手の甲が当たったらしい。
「いや、俺こそ悪かった……」
「恭介も食べる?」
何事もなかったかのような問い掛けに、恭介はチラッと視線だけを向ける。
「……食べる」
「はい」
「ん? あぁ、ありがと……ん?」
相手が使っていたフォークをリンゴに刺して差し出してくれたので、珍しいこともあると思いつつ礼を口にしながらフォークを受け取ろうとしたが、渡して貰えなかった。
どういうつもりかと、訝しむように眉を寄せる。
「あーんして」
「……ん?」
突如紡がれた言葉を聞いて、恭介が二度三度、瞬きを繰り返して疑問符を洩らす。
しかし、結羽は大きな赤い右眼で見つめたまま微動だにしない。
「……えっと……ん?」
理解に苦しんだ挙句、結局彼の口からは疑問符しか出て来なかった。
その反応に相手は一度片頬をピシッと引き攣らせてから、酷く綺麗で穏やかな笑みを浮かべる。
「だから、あーんして」
再度同じ内容を紡ぐと共に、フォークで貫いたリンゴを差し出しながら優しく微笑んでいる。
それは傍から見たら天使のようにも見えるだろうが、恭介の目に今映っているのはまさに悪魔だ。
「恭介に、食べさせてあげる」
「…………」
痺れを切らしたように、恭介の口元にぐりぐりとリンゴを押し付けてくる。
そんなやりとりをしていると、ダンス教室のメンバーたちの視線が次々に二人へ向けられ始めた。
やがて幾つもの眼差しに注目されると堪え切れなくなり、恭介は羞恥に瞼を伏せながら渋々と受け入れることにした。
「うぐぅッ」
唇を開いた瞬間、喉の奥からくぐもった叫びが出た。
勢い余ってか、結羽が容赦なくリンゴを押し込んだのだ。
慌てて歯を立てたので大事には至らなかった。
「あ、ごめん」
二度目の詫びにも感情は含まれていない。
「グルルルルル」
リンゴを噛み砕くと同時にフォークへ噛み付いて、唸り声を上げる。
──殺す気か!!
「さっきの仕返し」
唸る恭介にそう告げると、ふふん、と意地悪に鼻で笑い、強引に恭介の口からフォークを引き抜いて新たなリンゴへと刺して齧り始めた。
その様子を、少し離れた席に座る先生が頬杖をついて眺めながら、穏やかに口角を上げた。
事故の後、なかなか様子を見に行ってあげることが出来なかったことや、直ぐに訪れてくれた恭介の様子が気掛かりだったこともあり、二人の仲睦まじい姿を見ることが出来て嬉しさが表情に滲み出ている。
「先生、先生」
隣に座る男子生徒が、ポンポンと肩を優しく叩きながら声を掛けた。
先生はそちらへと視線を向けて、優しく笑う。
「どうしたの?」
「あの二人、凄く仲良いですね。付き合ってるみたい」
コソッと囁くような言葉に、先生は穏やかな表情で見つめて頷いた。
「うん、そうだね。でも実際は二人にしかわからないことだから周りが勝手に盛り上がらないように気を付けないとね。園原くんが話してくれた時には、ちゃんと聞いてあげよう」
優しく紡いだ言葉に、声を掛けた男子生徒は照れ臭そうに笑う。
「なんか……先生が言うと、説得力あるんだよね」
「え? そう? 初めて言われた」
男子生徒の言葉に目を丸くして、今度は先生がはにかんで笑った。