第十二話 過保護な愛情
文字数 2,014文字
結羽が寝付いてから五時間ほど経って、長野から車で駆け付けた叔父が病院へと到着した。
一度昼頃に目を覚ました結羽は、院内売店で弁当を購入してきた恭介と一緒に病院食を食べ終えて、病室で医師と話をしていた。
「──それじゃあ、今日帰って良いんですか?」
状態が落ち着いているため、次の手術までの間、自宅療養でも大丈夫だろうという医師の言葉に恭介が問い返した。
「はい、大丈夫ですよ」
医師の答えに、恭介と結羽は顔を見合わせて微かに穏やかな表情を浮かべる。
その時に病室の扉がノックされ、遠慮がちに開いた。
「あ、叔父さん」
全員の視線が向けられる中、声を漏らしたのは結羽だった。
そんな結羽の姿を見て叔父の澪斗は心配そうに歩み寄り、ベッドの傍にしゃがみ込む。
包帯ぐるぐる巻きの顔に落ち着いていられず、可愛い甥の頬を優しく撫でながら、今にも泣きそうな顔をして口を開いた。
「結羽……こんなことになって、何て言ったらいいのか……」
「叔父さん、俺は大丈夫」
「大丈夫なものか……」
久しぶりに会ったせいもあるのか、右の頬に自身の頬を擦り寄せて、やや過剰にも見えるスキンシップを取り始める。
触れ合うことに慣れていない結羽も、親戚には悪態がつけず骨折の右腕と点滴の左腕では抗うことも出来ずに眉尻を垂れた。
「や、やだ、恥ずかしい……俺、もう子どもじゃない……」
二人きりだとしても拭えないであろう羞恥は、医師と恭介の視線により更に強く感じられ、頬を上気させていく。
恭介は、その姿から目が離せなかった。
というのも、この状況に戸惑っている。
澪斗が掛けている眼鏡の奥に見える目元が、結羽との血縁を思わせるには十分過ぎるほどよく似ていて、自分が踏み込んではいけない気がした。
「…………」
恭介は、過激にも見える触れ合いにも、どう対応したらいいのかわからず声が掛けられない。
「俺からしてみたら、結羽は可愛い子どもだよ……でも、最後に会ってから五年……十七になるのか。可愛さに加えて綺麗になったね」
相手の恥じらいを呼ぶような言葉を何気なく口にする澪斗。
耐え切れなくなり、結羽は瞼を伏せて長い睫毛を震わせた。
漸く頬を離すと、今度は白い右頬を撫で回したり優しく摘んだりし始める。
それまで立ち会っていた医師は、『失礼します』と言うように何故か恭介に小さく頭を下げて、足音も立てないよう気を使いながら病室を後にした。
「……や、やめて!」
「!」
医師が出て行く姿を見送っていた恭介は、不意に上がった結羽の弱々しい叫び声にすぐ視線を二人へ戻した。
そこには、左手を震わせながら左目を覆う包帯を押さえている結羽と、驚いた表情の澪斗が居る。
「いやだ、取っちゃだめ……取らないで……」
どうやら、零斗が結羽の目元を明かさせそうとしているらしい。
術後の痕を見られたくないのか、結羽は頑なに包帯を外そうとはしない。
「何を気にしているのかな? 大丈夫だから、見せてごらん」
「……っ……ごめんなさい……」
次第に、澪斗の一言一言にビクつき始めているようにも見える結羽が消え入りそうな声で詫びると、相手は暫く黙ってから優しく頬を撫で始めた。
「そうか、わかったよ。無理言ってごめんね」
「うん……大丈夫……」
終始酷く優しい相手に、結羽はどこか安堵したようにゆっくりと息を吐いて頷いた。
「えっと、君は恭介くんだね?」
そう問い掛けながら、澪斗は立ち上がって恭介へと視線を向ける。
穏やかな笑みを浮かべる相手に、恭介は何を言われるのかと内心構えながら頷いた。
「はい、そうです」
「看てくれて感謝しているよ、ありがとう。結羽は俺が連れて帰るから安心してね」
「…………」
表情から悪意は読み取れない。しかし、相手の優しい声色が、どこか恐怖を煽る。
恭介は唾を飲み込んで警戒心を携えながら、続く言葉を待った。
柔らかな表情のまま、澪斗はしゃがんで結羽の髪を手のひらで優しく愛でる。
「実家には暫く居るつもりだからね。結羽もその方が安心だろう?」
「そ、それは……」
反論しようにも出来ない様子の結羽をまともに取り合わないまま、澪斗は再度恭介に向き直る。
「そういうことだから、恭介くんは、ついでに送って行けばいいかな?」
そう問われると、一度恭介が結羽へ視線を向けるも、相手は澪斗の表情を窺うように見上げている。
下ろした両手で拳を作り感情を抑えながら、一度瞼を伏せて呼吸を落ち着けて、平静を装って零斗を見つめた。
「……はい。わかりました」
その答えを聞いて澪斗は嬉しそうに口角を上げる。
ベッドへ視線を落とせば不安げな表情の結羽に見つめられるが、恭介は微かに笑みを浮かべて頷くだけでそれ以上は何も言わなかった。
零斗の優しさからは、愛情を超える何かを感じる。
それは、結羽の様子を見ていれば恭介にとって明らかなこと。
反論しては彼が何か起こすのではないかと案じた上で出した、苦渋の決断だった。
一度昼頃に目を覚ました結羽は、院内売店で弁当を購入してきた恭介と一緒に病院食を食べ終えて、病室で医師と話をしていた。
「──それじゃあ、今日帰って良いんですか?」
状態が落ち着いているため、次の手術までの間、自宅療養でも大丈夫だろうという医師の言葉に恭介が問い返した。
「はい、大丈夫ですよ」
医師の答えに、恭介と結羽は顔を見合わせて微かに穏やかな表情を浮かべる。
その時に病室の扉がノックされ、遠慮がちに開いた。
「あ、叔父さん」
全員の視線が向けられる中、声を漏らしたのは結羽だった。
そんな結羽の姿を見て叔父の澪斗は心配そうに歩み寄り、ベッドの傍にしゃがみ込む。
包帯ぐるぐる巻きの顔に落ち着いていられず、可愛い甥の頬を優しく撫でながら、今にも泣きそうな顔をして口を開いた。
「結羽……こんなことになって、何て言ったらいいのか……」
「叔父さん、俺は大丈夫」
「大丈夫なものか……」
久しぶりに会ったせいもあるのか、右の頬に自身の頬を擦り寄せて、やや過剰にも見えるスキンシップを取り始める。
触れ合うことに慣れていない結羽も、親戚には悪態がつけず骨折の右腕と点滴の左腕では抗うことも出来ずに眉尻を垂れた。
「や、やだ、恥ずかしい……俺、もう子どもじゃない……」
二人きりだとしても拭えないであろう羞恥は、医師と恭介の視線により更に強く感じられ、頬を上気させていく。
恭介は、その姿から目が離せなかった。
というのも、この状況に戸惑っている。
澪斗が掛けている眼鏡の奥に見える目元が、結羽との血縁を思わせるには十分過ぎるほどよく似ていて、自分が踏み込んではいけない気がした。
「…………」
恭介は、過激にも見える触れ合いにも、どう対応したらいいのかわからず声が掛けられない。
「俺からしてみたら、結羽は可愛い子どもだよ……でも、最後に会ってから五年……十七になるのか。可愛さに加えて綺麗になったね」
相手の恥じらいを呼ぶような言葉を何気なく口にする澪斗。
耐え切れなくなり、結羽は瞼を伏せて長い睫毛を震わせた。
漸く頬を離すと、今度は白い右頬を撫で回したり優しく摘んだりし始める。
それまで立ち会っていた医師は、『失礼します』と言うように何故か恭介に小さく頭を下げて、足音も立てないよう気を使いながら病室を後にした。
「……や、やめて!」
「!」
医師が出て行く姿を見送っていた恭介は、不意に上がった結羽の弱々しい叫び声にすぐ視線を二人へ戻した。
そこには、左手を震わせながら左目を覆う包帯を押さえている結羽と、驚いた表情の澪斗が居る。
「いやだ、取っちゃだめ……取らないで……」
どうやら、零斗が結羽の目元を明かさせそうとしているらしい。
術後の痕を見られたくないのか、結羽は頑なに包帯を外そうとはしない。
「何を気にしているのかな? 大丈夫だから、見せてごらん」
「……っ……ごめんなさい……」
次第に、澪斗の一言一言にビクつき始めているようにも見える結羽が消え入りそうな声で詫びると、相手は暫く黙ってから優しく頬を撫で始めた。
「そうか、わかったよ。無理言ってごめんね」
「うん……大丈夫……」
終始酷く優しい相手に、結羽はどこか安堵したようにゆっくりと息を吐いて頷いた。
「えっと、君は恭介くんだね?」
そう問い掛けながら、澪斗は立ち上がって恭介へと視線を向ける。
穏やかな笑みを浮かべる相手に、恭介は何を言われるのかと内心構えながら頷いた。
「はい、そうです」
「看てくれて感謝しているよ、ありがとう。結羽は俺が連れて帰るから安心してね」
「…………」
表情から悪意は読み取れない。しかし、相手の優しい声色が、どこか恐怖を煽る。
恭介は唾を飲み込んで警戒心を携えながら、続く言葉を待った。
柔らかな表情のまま、澪斗はしゃがんで結羽の髪を手のひらで優しく愛でる。
「実家には暫く居るつもりだからね。結羽もその方が安心だろう?」
「そ、それは……」
反論しようにも出来ない様子の結羽をまともに取り合わないまま、澪斗は再度恭介に向き直る。
「そういうことだから、恭介くんは、ついでに送って行けばいいかな?」
そう問われると、一度恭介が結羽へ視線を向けるも、相手は澪斗の表情を窺うように見上げている。
下ろした両手で拳を作り感情を抑えながら、一度瞼を伏せて呼吸を落ち着けて、平静を装って零斗を見つめた。
「……はい。わかりました」
その答えを聞いて澪斗は嬉しそうに口角を上げる。
ベッドへ視線を落とせば不安げな表情の結羽に見つめられるが、恭介は微かに笑みを浮かべて頷くだけでそれ以上は何も言わなかった。
零斗の優しさからは、愛情を超える何かを感じる。
それは、結羽の様子を見ていれば恭介にとって明らかなこと。
反論しては彼が何か起こすのではないかと案じた上で出した、苦渋の決断だった。