第十話 『遺族』

文字数 1,762文字

 プリンを食べ終えた結羽は、少し座った状態で身体を休めた後、恭介にベッドのリクライニングを戻して貰い、寝る姿勢を取っている。
 恭介はというと、サイドチェストの隣に設けられているテレビの下に小さな冷蔵庫があり、そこへ買ってきた残りのコンビニスイーツを仕舞っていた。
「そういえば、最近ニュース見た?」
 不意に結羽から疑問が投げられ、恭介は相手に背を向けたまま小さく唸る。
「……悪い。見てねェ」
「俺も見てないんだけど……あの事故のことやってるかな、と思って。まだ自分で見る勇気ないし」
 カサカサと生地の摺れる音を立てながらビニール袋を小さく畳んで立ち上がり、恭介は定位置と化したベッドの縁に腰を下ろした。
「そりゃァ仕方ねェだろ……昨日の今日だからな、無理して見る必要もねェよ。知りたきゃ俺が見て教えてやるから」
「ん、わかった」
 結羽は、安堵したように短く息を吐いた。
 事故現場を目にする勇気はまだないものの、やはり経過が気になるらしい。
 それから特に話すこともなく、一時静かな間が空いた頃だった。

 ──ガンガンッ!

 いきなり、扉が振動するほど強くノックされた。
 明らかに看護師とは違う。
「はい?」
 返事をしたのは恭介だった。
 結羽は、警戒心を募らせた視線を扉へ向けている。
 間もなく扉を開けて駆け込んできたのは、見知らぬ女性。年齢は、四十代から五十代くらいだろうか。
「……誰?」
「本当にごめんなさい!」
 結羽の問い掛けを遮る勢いで詫びると同時に、女性はベッドのすぐ側で両膝をついて項垂れた。
 土下座をしそうな相手に、困ったような結羽の視線が恭介を見遣る。
 わかった、と言うように頷いた恭介は、女性の肩を恐る恐る軽くつついた。
「……あの、どうされました?」
「私の……私の主人が、事故を起こして……本当に……」
 女性の声は震えて、すぐに途切れてしまう。
 しかし、それだけで二人は理解してしまった。
「…………」
 結羽の呼吸が微かに乱れるのを読み取った恭介が、色素の薄い髪を撫でて安堵を促し、代わりに女性へ話し掛ける。
「よくここがわかりましたね。警察の方と話はされました?」
「連絡を貰って、話をしました……主人も事故で亡くなって、事実確認をして後日詳細を伝えて頂けると聞きました……でも……事故を起こしたことは確かです……本当に、本当にごめんなさい……」
 ずっと項垂れたままの女性に、恭介は手を拱いて溜め息をついた。
「昨日の今日なんですよ。まだ何も癒えていない。事前の連絡も無しに来るのはどうなんですかね? いきなり部屋に入られて、暴れられたらと思うと恐怖でしかないんですが」
「……ごめんなさい……混乱して、どうしても真っ先に謝らないとと……」
「謝って済む問題だと思っ──」
「恭介、待って」
 感情が暴走しそうになった恭介の言葉を、静かながらもしっかりとした口調が遮った。
 恭介は微かな驚愕の混じる視線を声の主へと向ける。
「……結羽?」
 赤みがかった右目は、真っ直ぐに女性を見つめた。
「…………」
「…………」
 結羽以外は、ただ黙って続く言葉を待っている。
「……俺は、家族を殺された。許せない」
 静まり返った室内に、落ち着いた声が響いた。
「…………」
「けど、アンタを責めるのは何か違う」

 加害者本人ではない女性を責めたところで、何も報われないことはわかっている。
 それ以上に、家族を亡くすという痛みを結羽自身が一番わかっているから、そこまで責めようとも思えない。
 加害者側の関係者ではあるものの、自分と同じ『遺族』であることが、結羽の感情を抑えていた。
 一度唾を飲み込み、再度口を開く。
「多分これから、警察の事情聴取も受けなきゃならない。俺に知識はないし、一人じゃ決められないんで、弁護士には相談させて貰う……来て貰って申し訳ないんだけど、今日は帰ってくれる?」
「すみませんね。そういうわけですから、お引き取り下さい」
 冷静で淡白な言動を崩さない結羽に続いて、恭介が丁寧な口調で付け加えた。
 謝ったら許そう。という考えは、端から持ち合わせてはいない。

「すみません……わかりました。失礼致します……」
 二人の視線を受け止め、女性は涙を流しながら震える声でそう応えると、立ち上がって一礼し、入ってきた時とは反対に肩を落として静かに病室を後にした。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

一乃瀬 恭介

本作主人公

高校2年生/180cm

剣道部に所属している。

文武両道で寡黙な部分がある。

親は海外に出ていてほとんど帰ってこない。

あまり他人と関わりたがらない性格。

園原 結羽

高校2年生/176cm

女性顔負けの中性的で美しい顔立ち。

感情の起伏が乏しい。

全体的に色素が薄く、儚い印象を受けるが捻くれ者。

将来は『歌って踊れるモデル』になるのが夢。

西岐 智哉

高校2年生/180cm

恭介と結羽のクラスメイト。

明るく軽快な性格。

誰とでも分け隔てなく接する陽キャ。

結羽を除き、唯一恭介の頬を抓られる男。

将来は幸せな家庭に恵まれることが夢。

西岐 夏雅

大学3年生/184cm

智哉の兄。

心理学部専攻の大学3年生。

乱暴な性格で言葉遣いが荒い。

極度のブラコンで、頻繁に智哉を襲って泣かす。

瞳や仕草、声色から人の心を見透かす。

かなりのキレ者で、裏方としての役回りが多い。

暴力的な部分が玉に瑕。

24歳/167cm

結羽が通うダンススクールの先生。

事故当時、唯一結羽を助けた勇敢な女性。

作者の怠惰により名前がない。

既婚済み。わけあって子どもは居ない。

梓川 澪斗

33歳/179cm

結羽の親戚(母の弟)。

長野県在住の民俗学者。

元々は趣味で調べ始めた民俗学に関しての講演や、新聞のコーナーを担当している。

文献を漁るのが好きで、自宅の書斎にも所有している。

結羽に対して非常に可愛がっており、過剰な愛情を持っている。

月雲 暁

25歳/182cm

夏雅の知り合い。

格闘術や剣術に秀でた青年。

丁寧な口調で好印象。

かなり冷徹な一面も兼ねる。

反社会的な勢力を撲滅するための裏組織を纏める。

(※裏組織は警察庁との繋がりもある公認組織)

とある事件の際に夏雅が弟を匿ったことで信頼関係が築かれた。


月雲 花耶

享年20歳/172cm

暁の実弟。

無邪気で可愛らしい青年。

夏雅と同じ大学、同じ学科、同じ学年。

大学2年に上がった際に夏雅と知り合い、好意を持つ。

闇組織の放った銃弾によって命を落とした。

地下公安部隊の敷地内にて弔われた。


ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み