第六十九話 いざ、出発の時

文字数 2,347文字

 申請をしてから一週間ほどで、結羽はパスポートを手にすることが出来た。
 心配だから、と、夏雅と智哉もパスポートを取得し、一緒に渡米してくれることとなった。
 皆がパスポートを手にしてから一週間後の土曜日。
 それは、恭介と結羽の住むアパートが契約打ち切りとなる日の前日だった。
 早朝五時。
 佐倉の父親が雇っている運転手が運転するのはホワイトパールの高貴なリムジン。
 間もなくして、恭介、結羽、智哉、夏雅の待つ西岐家へと辿り着いた。
 家の手前を走る細道に入るのは厳しく、更に手前の畑道で待っていてくれた。
「……初めて見た」
 車体を目にして真っ先にそう呟いたのは結羽だった。
「俺も」
 続いて恭介が同意を示した。
 運転手の丁寧な案内の下、四人は高級車へと乗り込んだ。
 車内には、既に光輝が前の席に座って居て、後ろに乗り込むメンバーへと嬉しそうに手を振っている。
 手を振り返しつつ一番後ろに恭介と結羽が座り、その前に西岐兄弟が並んで座った。
 そうして走り出した車内は、ロードノイズのない穏やかで柔らかな乗り心地。
 掛かっている音楽は、ゆったりとした曲調のクラシック。
 長時間なら眠くなってしまいそうだ。
「今から、佐倉の親父さんの本拠地近くにある私有の滑走路へ向かう。そこで搭乗して、離陸する予定だ」
 早速紡がれた夏雅の説明を全員が黙って聞き、頷いた。
 しかし、直ぐに恭介が口を開いて疑問を述べる。
「飛行機に乗って、どれくらいで着くんですか?」
「大体半日くらいです」
 返答したのは光輝だった。
 光輝と恭介の間には距離があるはずだ。
 しかし、光輝の声は車内全体に丁度いい音量で響き渡った。
 まるで、マイクでも通してスピーカーから発しているように。
「おー、偉く響く声してんな」
「あ、あの、後ろの席にも届くように内蔵マイクを通させて頂きました」
 感心の声色で告げた夏雅の言葉に、光輝が照れ笑いながら答えた声も、恭介の元へと心地よい響きを持って届いていた。

 ─​───────

 西岐家を出発して三十分ほどで、佐倉財閥所有の広い敷地へと到着した。
 朝早かったこともあり、結羽と智哉は途中から眠っていた。
 リムジンが停まった駐車場のすぐ傍に立ち塞がる『関係者以外立ち入り禁止』の札が掛かった門の両脇には、怖そうな警備員が二人立っている。
 運転手が警備員に耳打ちでことの次第を伝えると、丁寧に門を開いて招き入れてくれた。
 門の内側にも警備員が立っていて、訪れた恭介たちを先導してくれる。
 それに従って進むと、一見、どこまでも木々が続いているようにしか見えない森のような外観の中に、門から続く舗装された道が一本奥へと繋がっていた。
 警備員の話によると、ゴルフ場ほどもある森の外周は門を中心としてぐるっと一周、頑丈な塀が取り囲んでいるとのこと。
 その様子から、とても広いながらもかなり制限された私有地ということがわかる。
 目の前に続く道を、警備員に続いて五人は歩いていく。
 十分ほど歩くと、また大きな門が行く手を遮っていた。
「こちらに、滑走路含む搭乗口がありますので、ここからは担当者が案内致します」
 そう言って、警備員は無線で誰かに連絡を取る。
 すると、間もなくして門が自動で内側へと開いた。
「行ってらっしゃいませ」
「案内ありがとう」
 頭を下げる警備員に光輝が礼を述べ、五人は門の奥へと踏み込んだ。
「わー、兄貴、飛行機だ!」
 敷地内へと入り、スーツを着こなした案内人の後をついて行くと、目に入った大きなジェット機に智哉が夏雅の服を興奮気味に引っ張って指を差す。
「嬉しそうだな、アレに乗るんだぜ」
「飛行機乗るの初めてだ」
 優しい兄の返答に、智哉はニッと嬉しそうに笑った。
 搭乗口へと近付くと、恭介にとって見覚えのある人物がスーツ姿の男と一緒に立っているのが見える。
 佐倉財閥の主、佐倉光昭だ。
 佐倉光輝の父親だが、恭介にとってはテーマパークで見かけた以来、実際に会って話すのは初めてのことになる。
「父さん……」
 光輝が強張った面持ちで呟いた。
 電話で自分の意見を口にし、父親の気持ちを聞いたものの、やはり対峙するのは嬉しさよりも緊張が勝ってしまう。
 黒いスーツにサングラスを掛けているのはボディーガードだろうか、かなりガタイのいい男が二人、目元は読めないが忙しなく視線を配っているように感じる。
 彼らに守られるようにして、一目で高級だと分かるグレーのスーツ一式に身を包んで立っているのは、テーマパークで見た時とは印象がだいぶ違う光輝の父親。
「初めまして、かな」
 訪れた五人を前にして、光昭は貫禄のある態度で挨拶をした。
 光輝以外は、各々小さく頭を下げる。
「ようこそ。離陸の準備は出来ているから、早速登場して貰おうか」
「父さん……」
 恭介たちを機内へと招いてくれる父親に、光輝が声を上げた。
 足を止めた全員の視線がそちらへと向く。
「どうした?」
 穏やかな口調が、その声に疑問を返した。
 そこに居る皆の視線を一身に受けて、光輝は恥ずかしそうに視線を落とす。
「……あの……ありがとうございます」
「どうってことはない。数少ない、我が子の願いだ」
 そう答えて、俯く光輝の頭を、父親の手のひらが優しく撫でた。
 初めて撫でられたことに硬直する光輝。
 やがて、優しい声色がその緊張を解く。
「さぁ、お前も一緒に乗りなさい」
「は、はい!」
 手が退けられると、光輝は頭を上げて嬉しそうに返事をした。
「先輩たち、お待たせしてしまってすみません……こちらです」
 嬉しい気持ちを抑えながら、遠慮がちに機内へと乗り込んでいく。
 恭介たちは彼の様子を微笑ましく見つめ、手荷物はここまで連れてきてくれた案内人へとお願いして、光輝の後に続いて機内へと踏み込んだ。
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登場人物紹介

一乃瀬 恭介

本作主人公

高校2年生/180cm

剣道部に所属している。

文武両道で寡黙な部分がある。

親は海外に出ていてほとんど帰ってこない。

あまり他人と関わりたがらない性格。

園原 結羽

高校2年生/176cm

女性顔負けの中性的で美しい顔立ち。

感情の起伏が乏しい。

全体的に色素が薄く、儚い印象を受けるが捻くれ者。

将来は『歌って踊れるモデル』になるのが夢。

西岐 智哉

高校2年生/180cm

恭介と結羽のクラスメイト。

明るく軽快な性格。

誰とでも分け隔てなく接する陽キャ。

結羽を除き、唯一恭介の頬を抓られる男。

将来は幸せな家庭に恵まれることが夢。

西岐 夏雅

大学3年生/184cm

智哉の兄。

心理学部専攻の大学3年生。

乱暴な性格で言葉遣いが荒い。

極度のブラコンで、頻繁に智哉を襲って泣かす。

瞳や仕草、声色から人の心を見透かす。

かなりのキレ者で、裏方としての役回りが多い。

暴力的な部分が玉に瑕。

24歳/167cm

結羽が通うダンススクールの先生。

事故当時、唯一結羽を助けた勇敢な女性。

作者の怠惰により名前がない。

既婚済み。わけあって子どもは居ない。

梓川 澪斗

33歳/179cm

結羽の親戚(母の弟)。

長野県在住の民俗学者。

元々は趣味で調べ始めた民俗学に関しての講演や、新聞のコーナーを担当している。

文献を漁るのが好きで、自宅の書斎にも所有している。

結羽に対して非常に可愛がっており、過剰な愛情を持っている。

月雲 暁

25歳/182cm

夏雅の知り合い。

格闘術や剣術に秀でた青年。

丁寧な口調で好印象。

かなり冷徹な一面も兼ねる。

反社会的な勢力を撲滅するための裏組織を纏める。

(※裏組織は警察庁との繋がりもある公認組織)

とある事件の際に夏雅が弟を匿ったことで信頼関係が築かれた。


月雲 花耶

享年20歳/172cm

暁の実弟。

無邪気で可愛らしい青年。

夏雅と同じ大学、同じ学科、同じ学年。

大学2年に上がった際に夏雅と知り合い、好意を持つ。

闇組織の放った銃弾によって命を落とした。

地下公安部隊の敷地内にて弔われた。


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