第七十三話 対面に向けて

文字数 2,616文字

 ニューヨーク時間、午前六時半。
 恭介達がこの日、この時間を過ごすのは二度目だ。
 体内時計と実際の時間に身体と脳が追い付かず、朝早くから営業しているレストランに立ち寄って、全員がテーブルを囲める大人数席で一休みをしている。
 恭介の母親へ会うにしても、未だ早すぎる時間だ。

 ──『母親に逢いに行く連絡はしたくない』

 そんな恭介本人の意向を尊重し、アポイントメントは取っていない。
「……眠い」
 椅子に座ってから早々に呟いたのは結羽だ。
 車体の長いリムジンは店の駐車場へVIP止めさせて貰い、そこから店に入るまでの間にも結羽は眠そうにうつらうつらしながら恭介にぶつかっていた。
「兄貴、俺も眠い」
 結羽に(なら)って、智哉もそう言いながら隣に座る夏雅へと甘え半分で抱き着く。
 それに苦笑しつつ抱き着かせたまま、愛しい弟の髪を優しく撫でながら口を開いた。
「これから飯を食うんだぞ」
「んー、わかってる」
 初めての環境に時差の影響も相俟って不安が祟ったのだろうか、智哉は頷くも離れようとしない。
 光輝の父親を始め、恭介と夏雅と光輝は平気な様子だ。
 初めてのフライトだったが、時差の影響もそれほど感じていないらしい。
 テーブルを囲むようにして座る六人。
 恭介の隣に結羽、智哉、夏雅、光輝、光輝の父親という並び。そして、光輝の父親と恭介が隣同士で座っている。
 やがて運ばれてきた本場アメリカのファーストフードを目にして夏雅の顔が一気に引き攣った。
「……ボリュームがすげーな」
 語彙力が低下するほどにプレートの上はアメリカン。
 その反応は恭介たちも同じく、運ばれてきた大きなハンバーガーやフライドポテトに表情を曇らせて顔を見合わせる。
「結羽、二人で食い切れると思うか?」
「恭介頑張って」
「……」
 問い掛けはひらりと躱され、代わりに応援されてしまえば何も言い返せずに会話が終わった。
 注文時に光輝の父親が提言していた、『二人でワンプレートとする』ということの意味を全員が理解することに。
 一人ワンプレートではとてもじゃないが半分以上残してしまう結果になったはずだ。
 それではあまりにも店側に申し訳なくなる。
 六人は、全員が同じメニューを揃って少しずつ食べ始めた。

 ─​───────
 
 食べ始めてから三十分ほどが経過した。
 テーブルの上に並んだプレートは、殆ど綺麗に空いている。
 夏雅と智哉は食べきり、光輝と父親も残りのポテトを摘んでいる。
 恭介と結羽はというと、結羽が早々に腹を満たして恭介が頑張って食べ進めていた。
 しかし──。
「俺、そんなに大食漢じゃねェんだよ……」
 大きなハンバーガーは、まだ半分ほど残っている。
 もう食べ切れないと言うように、両手で掴んでいたハンバーガーをプレートへ戻した。
 対する結羽は、長いポテトを齧っている。
 ずっと黙って見ていたが、やがて見兼ねた夏雅が食べかけのハンバーガーに手を伸ばして掴み取った。
「お前らなァ、いくら自分で注文してねーからって、こんなに残したら失礼だぞ。ったく、情けねー野郎だな」
 そう言って口を大きく開いて(かぶ)り付く。
「……ありがとうございます」
 夏雅の言葉に何も言い返せず、恭介はただ礼を述べることしか出来なかった。
「結羽……お前も、もうちっと食ってやれや」
「無理」
 即答する相手に、夏雅は喉を詰まらせかけて大きなドリンクカップのストローに口をつける。
 炭酸が喉を刺激しながら、引っ掛かった異物を流し込んでくれた。
「……裏切らねー答えをありがとよ」
 一息ついてから結羽に言葉を返した夏雅は、改めてバーガーへと齧り付いた。
 恭介の前にあるプレートの上はあっという間に空いていく。
 そうして五分と経たないうちに、夏雅はバーガーを食べ終えて、ポテトも平らげた。
「ごちそーさん」
 そう言いながらも、唇はストローに触れて炭酸を飲み下していく。
 やがてストローの底から『ズズズズー』と飲み終えた音を響かせて唇を離し、テーブルにカップを置いた。
 紙ナフキンで口元を拭い、丸めてプレートに置く。
「少し休憩して作戦開始だな」
「兄貴、作戦って?」
 首を傾げた智哉の疑問符に釣られて、面々が夏雅へと視線を向ける。
「結羽の眼帯に盗聴器仕込ませて貰ってんだが──」
「え?」
 今度は光輝が疑問を洩らした。
 周りは全く気付いていなかった結羽の眼帯。
 一見すると何の変哲もない普段通りの言うではあるが、その布にはとても小さい無機質な異物が仕込まれている。
 事前に夏雅が計画を立てたことだった。
「良いか? 恭介の母親に会うのは恭介と結羽だけだ。俺と智哉は他人のフリをして、光輝の親父さんと光輝には外で待機していて貰いたい」
「盗聴器の理由は何かな?」
 静かながら貫禄のある声が響く。
 それに子どもたちが息を呑むも、夏雅は意に介さず視線を向けた。
「俺のピアスに会話が伝わるようにしてある。何があるかわからねーからな、すぐ駆け付けられるように。でもって、この国に俺を知ってる奴ァ居ねーから、何かありゃアンタの顔で社長室まで案内して貰うって寸法だ」
 黙って聞いていた面々だが、最後の言葉に光輝の父親は少々表情を曇らせる。
 急に利用されることを指示されたことに、あまりいい顔をしていない。
「……父さん」
 そんな父親の袖を掴み、光輝が縋るように見つめた。
「お願いします。協力して下さい」
 緊張の混じる声色だが、恭介のため、真っ直ぐな意志と眼差しで必死に訴える。
 今までの光輝にはなかった、自分を信用して頼ってくれるということに、断るという選択肢は砂のように零れて消えていった。
「あぁ、わかった。その時は私の地位を活かさせて貰おう」
「ありがとうございます!」
 その会話を聞いていた夏雅は、相変わらず光輝の父親とは仲良く出来そうにないと思いながらも、目の前で親子のわだかまりが解れていく様子を感じてフッと笑みを浮かべる。
「それじゃ、そろそろ行くか」
「っ……」
 夏雅がポケットに手を突っ込んで立ち上がると、恭介の表情が一気に強張った。
「恭介、まだ休むか?」
「……いえ、大丈夫です」
 休もうと思えば幾らでも休んで居られるが、そこに甘えてはいけない気がして恭介は首を横に振り立ち上がる。
「結羽が居てくれるから、大丈夫です」
 その言葉に誰も追及をすることはなく、後の全員も立ち上がった。
 いよいよ、母親の元へと向かう。
 緊張感を携えながら、恭介は短く息を吐いた。
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登場人物紹介

一乃瀬 恭介

本作主人公

高校2年生/180cm

剣道部に所属している。

文武両道で寡黙な部分がある。

親は海外に出ていてほとんど帰ってこない。

あまり他人と関わりたがらない性格。

園原 結羽

高校2年生/176cm

女性顔負けの中性的で美しい顔立ち。

感情の起伏が乏しい。

全体的に色素が薄く、儚い印象を受けるが捻くれ者。

将来は『歌って踊れるモデル』になるのが夢。

西岐 智哉

高校2年生/180cm

恭介と結羽のクラスメイト。

明るく軽快な性格。

誰とでも分け隔てなく接する陽キャ。

結羽を除き、唯一恭介の頬を抓られる男。

将来は幸せな家庭に恵まれることが夢。

西岐 夏雅

大学3年生/184cm

智哉の兄。

心理学部専攻の大学3年生。

乱暴な性格で言葉遣いが荒い。

極度のブラコンで、頻繁に智哉を襲って泣かす。

瞳や仕草、声色から人の心を見透かす。

かなりのキレ者で、裏方としての役回りが多い。

暴力的な部分が玉に瑕。

24歳/167cm

結羽が通うダンススクールの先生。

事故当時、唯一結羽を助けた勇敢な女性。

作者の怠惰により名前がない。

既婚済み。わけあって子どもは居ない。

梓川 澪斗

33歳/179cm

結羽の親戚(母の弟)。

長野県在住の民俗学者。

元々は趣味で調べ始めた民俗学に関しての講演や、新聞のコーナーを担当している。

文献を漁るのが好きで、自宅の書斎にも所有している。

結羽に対して非常に可愛がっており、過剰な愛情を持っている。

月雲 暁

25歳/182cm

夏雅の知り合い。

格闘術や剣術に秀でた青年。

丁寧な口調で好印象。

かなり冷徹な一面も兼ねる。

反社会的な勢力を撲滅するための裏組織を纏める。

(※裏組織は警察庁との繋がりもある公認組織)

とある事件の際に夏雅が弟を匿ったことで信頼関係が築かれた。


月雲 花耶

享年20歳/172cm

暁の実弟。

無邪気で可愛らしい青年。

夏雅と同じ大学、同じ学科、同じ学年。

大学2年に上がった際に夏雅と知り合い、好意を持つ。

闇組織の放った銃弾によって命を落とした。

地下公安部隊の敷地内にて弔われた。


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