第三十九話 動機と真意

文字数 2,481文字

 恭介の術後から数時間。
 二人は時が経つのも忘れて身を寄せ合っていたが、やがて警官が訪れると事情聴取を受けざるを得なくなった。
 しかし、優佳が自らの罪を早々に認めて、その動機までも告白したため終わるのが早かった。
 被害者である恭介と結羽は状況を聞かれることとなり、今後はどうして行きたいのか、といったことを訊かれた際には、それ相応の対応を取って貰うことを望んでいると伝えた。
 
 ──裁判はめんどくせェな……。

 そこに辿り着くのが恭介の思考だ。
 仮に結羽が傷付けられた場合には進んで裁判でも何でも起こして加害者に罪の重さを知らしめてやりたいと願うところだが、自分のこととなれば話は別。
 早く帰って二人でゆっくりしたい。
 自分が刺されたことなどどうでも構わないと考えていた。
「……恭介、有罪にした方がいい」
「それはな、勿論俺もそう思う。裁判は免れねェな」
 夕食は、結羽が病院の売店で買ってきてくれた弁当を食べる。
 食事の準備をして貰いながら、恭介は窓の外に広がる暗闇を眺め、事情聴取の際に聞いた優佳の動機について思い出していた。
 
 ことの発端は、結羽が体育祭で放送を担当することに決まった後だった。
 食堂で話をしたところまではまだ良かったのだが。
 放課後、放送室で結羽と入れ替わる際に、『絢奈ちゃんが自分ではなく園原くんを選んだ』という思い違いを引き起こしていたことが、嫉妬心を生み出すキッカケとなったらしい。
 その後、白い紙に差出人を『林堂絢奈』と偽って内容を綴り、白封筒へ入れて結羽の下駄箱へと置いていた。
 タイミング悪く昇降口付近で擦れ違ったはずの恭介に気が付かなかったのは、もう彼女の頭の中には絢奈しか居なかったから。
 そうして翌日、遅刻をしたのは本当だった。
 電車が間に合わなかったという理由も本当だ。
 しかし、彼女にとって想定外だったのは、その日の放課後に何故か絢奈も一緒に放送室で待機していたこと。
 優佳はその時、『絢奈ちゃんは、私よりも園原くんを選んだ』と、ここでも思い違いをし、嫉妬心という火に油を注ぐこととなってしまった。
 また、その翌日。
 彼女が休んだ理由は明確にされていないが、恐らくは前の日に結羽の帰り道をストーカーのように観察し、実行へ移すために学校を休んで、待ち伏せするまでの意志を固めて来たのではないかと思われている。
 その後、例の刺傷事件が起きた。
 流れは以上だ。
 つまり、『優佳は絢奈を好いており、その想いに気付いて貰えないまま結羽が放送室へ来るようになった。そうして自分が必要とされなくなったと感じて焦燥感と嫉妬心に見舞われ、その気持ちと勢いだけでナイフを持ち出して事件を起こした』ということだ。
 恭介を刺してから微動だにせず、何も言わなかったのは、本当に刺してしまったことに気付いてから全身から血の気が引いて正気では居られなくなり、身体も喉も硬直したように動けなくなってしまったから。

 ──『本当に刺すつもりはなかった』
 ──『脅すだけのつもりだった』
 ──『身体が勝手に動いていた』

 そんな供述をしているらしい。
 しかし、どんな理由があろうと許されるべきではない。
 あまりにも自分勝手な理由で、感情任せに人を傷付けることなど、決して許してはならない。

 ─​───────

 二人が事情聴取を受ける一時間ほど前。
 ここは、新田警察署。
 優佳は、俯いて陰鬱な雰囲気で警察官の質問に答えていた。
 全ての容疑を認めて、今後どのような判断が下されるのか、ただ頷いて今後の流れに従う意志を見せていた。

 取調室から出ると、警察署へと訪れた絢奈が丁度その姿を目撃し、駆け寄った。
「優佳!!
「……絢奈、ちゃん」
 柔らかな金髪を微かに靡かせながら近付く相手に、優佳は顔を合わせる事が出来ず俯く。
「さっき警察から連絡きたの! 優佳が、一乃瀬くんを、刺したって……理由が、私のこと好きだったから、って……」
 語尾へ向かうに従って、口調が弱々しく消えていった。

「…………」
 俯いたまま何も言わず、反応もしない。
 そんな相手を見つめながら、絢奈は怒りを顕に眉を寄せた。
「何で言わなかったの? 直接言ってくれなきゃわからないじゃん!」
 責めるような口調で問うと、優佳は暫く口を(つぐ)んでから絢奈に届くか届かないかの声量で訴える。
「……絢奈ちゃんには、わからないよ……」
「は?」
 突き放すような小声は絢奈の耳に届き、納得がいかないと言うように疑問符を返した。
「人気者で誰とでもすぐに仲良くなれる絢奈ちゃんに、私が好きって言えない気持ちなんて……わからないよ……」
 同情を誘うような弱々しい訴えだが、その内容が気に入らない。
「……だから、何?」
 怒りの籠った声色で返すと、優佳は恐る恐る顔を上げて視線を向けた。
「え?」
 言葉の意図を汲み取ろうと問い返す相手を、絢奈は鋭い眼差しで睨む。
「だからって、人を刺して良いとでも思ってんの!?
 大きな怒声が、壁に反響した。
「…………」
 相手は何も言い返せないまま、再度俯いて黙り込む。
 その様子に短く溜め息をついて、冷静に、相手を諭すように再度口を開いた。
「……自分の気持ちを相手に分かって貰いたいなら、ちゃんと伝えなきゃわからないに決まってんじゃん。声だって文字だって何でもいいから、言葉にしなきゃ伝わらないんだからね」
 それだけ言い残して踵を返す。
「……絢奈ちゃん……」
「…………」
 縋るように呼ばれても、振り返ることは無かった。
 絢奈は、彼女の気持ちを分かってあげることなど無理だと感じている。
 今まで、幼馴染として楽しく暮らしてきたはずだったが、相手が違う感情で見ていたということも全く気付くことが出来なかったのだから。

 ──あの子、何に嫉妬してたんだろ……私が人気者だったってことなのか、私を取られそうになったってことなのか……。

 一方通行の恋心が起こした悲劇。
 愛する気持ちが憎しみに変わった時、人間の本性が明らかとなる。
 しかし、彼女がその答えに辿り着くための言葉は、優佳の口から聞かされることはなかった。
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登場人物紹介

一乃瀬 恭介

本作主人公

高校2年生/180cm

剣道部に所属している。

文武両道で寡黙な部分がある。

親は海外に出ていてほとんど帰ってこない。

あまり他人と関わりたがらない性格。

園原 結羽

高校2年生/176cm

女性顔負けの中性的で美しい顔立ち。

感情の起伏が乏しい。

全体的に色素が薄く、儚い印象を受けるが捻くれ者。

将来は『歌って踊れるモデル』になるのが夢。

西岐 智哉

高校2年生/180cm

恭介と結羽のクラスメイト。

明るく軽快な性格。

誰とでも分け隔てなく接する陽キャ。

結羽を除き、唯一恭介の頬を抓られる男。

将来は幸せな家庭に恵まれることが夢。

西岐 夏雅

大学3年生/184cm

智哉の兄。

心理学部専攻の大学3年生。

乱暴な性格で言葉遣いが荒い。

極度のブラコンで、頻繁に智哉を襲って泣かす。

瞳や仕草、声色から人の心を見透かす。

かなりのキレ者で、裏方としての役回りが多い。

暴力的な部分が玉に瑕。

24歳/167cm

結羽が通うダンススクールの先生。

事故当時、唯一結羽を助けた勇敢な女性。

作者の怠惰により名前がない。

既婚済み。わけあって子どもは居ない。

梓川 澪斗

33歳/179cm

結羽の親戚(母の弟)。

長野県在住の民俗学者。

元々は趣味で調べ始めた民俗学に関しての講演や、新聞のコーナーを担当している。

文献を漁るのが好きで、自宅の書斎にも所有している。

結羽に対して非常に可愛がっており、過剰な愛情を持っている。

月雲 暁

25歳/182cm

夏雅の知り合い。

格闘術や剣術に秀でた青年。

丁寧な口調で好印象。

かなり冷徹な一面も兼ねる。

反社会的な勢力を撲滅するための裏組織を纏める。

(※裏組織は警察庁との繋がりもある公認組織)

とある事件の際に夏雅が弟を匿ったことで信頼関係が築かれた。


月雲 花耶

享年20歳/172cm

暁の実弟。

無邪気で可愛らしい青年。

夏雅と同じ大学、同じ学科、同じ学年。

大学2年に上がった際に夏雅と知り合い、好意を持つ。

闇組織の放った銃弾によって命を落とした。

地下公安部隊の敷地内にて弔われた。


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