第五十八話 お墓参りにて
文字数 4,184文字
ダンススクールでの一件から、ステッキを手に入れたことで結羽のダンスに対する気持ちも上昇していった。
ほぼ毎日、午前、又は午後にレッスンへ通っている。
勿論、恭介も毎回ついて行くことにしている。
部活の練習はあるものの、恭介にとって優先順位は結羽が上。
日々のレッスンで、片目を失ったハンデを感じさせない動きを取り戻していった。
それから数日後の、八月十五日。
結羽にとって、去年までは親について行くだけのお盆だったが、今年は違う。
一昨日の十三日には実家へ戻り、祖父母の遺骨が眠る仏壇の掃除やお供えをすると共に、隣へ新しく備えられた仏壇にも同様の習わしを行った。
叔父の澪斗が逮捕されてからというもの、法事に関しては夏雅の情報網を活用した紹介で、専門家や業者が葬式の代行や手伝いを行ってくれた。
葬式だけでなく、四十九日法要に関しても結羽一人ではどうにもならず、夏雅に頼って業者を呼んだ。
そして、今日は朝から墓参りへ向かうために結羽の実家で準備をしている。
時刻は午前八時半。
一通り掃除も済ませて、墓参りに必要な物も揃った。
あとは、夏雅の迎えを待つばかりだ。
仏壇の前で瞼を伏せ、手を合わせていた恭介がゆっくりと瞼を開いて振り返り、何をするでもなく壁に寄りかかって立つ相手へ視線を向ける。
「なぁ、結羽」
「ん?」
手持ち無沙汰にスマートフォンを取り出そうとポケットに手を差し込んだ結羽が顔を上げた。
「モデル目指すなら……積極的に、オーディションを受けたらどうだ?」
「…………うん」
仏壇の前に正座したまま問い掛ける恭介に、相手は暫し返答を渋ってから頷いた。
あまり乗り気ではないのか、更に疑問を投げる。
「どうした?」
真剣な眼差しを向けていると、結羽は視線を落としながら自嘲するように小さく笑った。
「……自薦出来るほど、自信あるわけじゃないから……」
恭介の前では高飛車な態度を取ってばかりの相手が、珍しくしおらしい反応を見せている。
これには恭介も調子が狂うと言わんばかりに前髪を掻き上げて溜め息をつき、どうにか自分を落ち着かせた。
「そりゃ、自薦する奴が皆、自信あるってわけじゃねェだろ。自分で売り込まねェと機会あっても逃しちまうぞ」
「それはそうだけど……」
諭してみるも、今度は結羽が溜め息をついて、遂には口を閉ざしてしまった。
俯いて、これ以上話したくないというオーラを放っている。
「…………」
暫く相手に視線を向けていたが、故人の前で陰鬱な空気を漂わせてはいけないと、恭介は立ち上がって相手に歩み寄った。
「応援してる。俺に出来ることなら、何でもやる所存だ。お前の家族も、応援してくれてるんじゃねェか?」
「……それは……」
また否定の言葉を紡ごうとする相手に、恭介が一手を仕掛ける。
「けど、でも、は言わねェ約束だ」
「そんなのズルい。約束なんかしてない」
続く言葉を遮られた結羽の口からは、当然のように反論が飛び出した。
「そろそろ夏雅さんが来るぞ。外に出て居ようぜ」
「むぅっ……」
相手の主張を聞き流して平然と玄関へ向かえば、後ろから不貞腐れながらもついて来る。
その気配を背中に感じながら、相手に気付かれないよう僅かな笑みを浮かべた。
──可愛い奴だな。
玄関を施錠し、外に出た二人の眼前には真っ黒な高級セダンがハザードを点滅させ、家に寄せられた状態で路上に停まっている。
近付くと、運転席のウィンドウがゆっくりと下がってサングラスを掛けた夏雅が顔を覗かせた。
顎を引き、サングラスを少し下げた隙間から上目遣いで睨みを利かせているお陰で、ガラの悪さに拍車が掛かっている。
「……よォ」
その短く発せられた声が彼なりの挨拶だ。
結羽は、恭介の後ろから肩越しにヤクザ紛いの夏雅をじっと見つめていた。
その様子に苦笑しつつ、恭介が相手の分も挨拶を口にする。
「おはようございます、夏雅さん」
「おー、後ろ乗れや」
独特な低い声が、今朝は一段と不機嫌そうに掠れている。
「休み明けに提出するレポートが終わらなくてよ……寝不足なんだよ。墓参りだろ? こんな早くなくても良いじゃねーか……俺ァ現場着いたら車で寝てっからな」
後部座席に乗り込んでいる最中、訊いても居ないのに文句を垂れているが、それに対して『訊いていません』などと言える空気ではない。
何を言っても、怒りの導火線に火を点してしまいそうで、二人はただ黙って頷いた。
────────
車を走らせ、十五分ほどで墓地に到着した。
駐車場をゆっくりと廻り、空いているスペースの中でも墓地に近いところを選んで駐車してくれる。
「着いた。じゃあな、おやすみ。家に智哉待たせてっから、巻きで頼むわ」
「わかりました。ありがとうございます……おやすみなさい」
運転席のリクライニングを倒して寝る姿勢に入った夏雅に小さな声で礼を述べ、結羽と共に車を後にした。
「……あれ?」
ポツリ、と結羽が疑問を口にして辺りを見渡す。
「……来てねェな」
相手の言葉に合わせて恭介も周囲に視線を配るも、墓参りに来ている人以外は見当たらない。
実は、夏雅の紹介で墓参りを手伝って貰う予定だったのだが、その御相手が未だ来ていなかった。
「…………」
恭介は、苦く引き攣った表情で車へと視線を向ける。
当然のように、夏雅が降りてくる気配はない。
──仕方ねェ。
本当は凄く気が引けるが、寝に入ったばかりの夏雅を起こしに車へと向かった。
「夏雅さん……」
遠慮がちに声をかけながらウィンドウをノックすると、サングラスを外してジロッと睨まれる。
しかし、申し訳なさそうな表情の恭介を放っては置けず、渋々ウィンドウを下げた。
「何だ?」
「あの、お手伝いに来て下さる方の姿が見えないのですが……」
極めて丁寧に事情を説明する。
暫く無反応の後、彼のこめかみにビシビシッと青筋が立ったのが見えた気がした。
「……あのクソ野郎」
歯を食いしばりながら怒りの声を洩らしてスマートフォンを手にし、どこかへ電話を掛け始める。
「…………」
「……おいテメー!! 何やってんだ、約束はどうした? ナメてんじゃねーよ。こちとら三万テメーに払ってんだぞ!! これで来なかったら五万返して貰っ──」
不意に、夏雅の口から発せられる怒声が止まった。
それに続いて、鬼のような形相が次第に驚愕へと変わっていく。
見開かれた瞳。半開きの口元。
先程とは打って変わった様子に、恭介はどうしたのかと顔を覗き込んだ。
その視線から逃げるようにサングラスを掛け直し、ぎこちない表情を浮かべる。
「……んだよ、早く言えよ……怒鳴って悪かったな。こっちは、俺が対応するから、テメーは自分の親父さん看てやれ。……あ? 金? そのまま貰っとけ……じゃあな」
そうして、静かに通話を切った。
黙ったままウィンドウが閉じられていき、代わりに運転席のドアが開く。
「俺が手伝ってやるから安心しろ」
車から降りながら、何の気なしにそう告げられ、恭介は安堵の息を吐いて笑みを浮かべた。
「ありがとうございます」
「…………」
結羽は相変わらず恭介の後ろにピッタリとくっついて、肩越しに夏雅を見つめるばかりで何も言わない。
まるで恭介を盾にしているような、隠れてばかりの相手に夏雅は手を伸ばし、綺麗なシャンパンカラーの髪をガシガシと乱雑に撫でた。
「お前が素直じゃねーのは把握済みだ」
それだけ言って片方の口角を吊り上げて笑う。
髪から手が離れると、結羽は手櫛を掛けながら唇を尖らせた。
自分の心が読まれていると感じて、悟られていることに納得がいっていない様子だ。
夏雅は後部座席のドアを開いて、墓参りのために持ってきた桶や花を手にし、それを一人で持って何も言わずに墓石へと向かっていく。
二人は、その後ろをついて行った。
歩いて五分ほどで、『園原家之墓』と彫られた墓石の前へと辿り着いて一息つく。
何段にも続く墓地。
目的の墓石は、上の方に並んでいた。
「花と、お供え物の交換、軽く墓石を洗ったり……結構やることあるんだぜ。今回は俺がやってやるから、伝えてーことあんなら、ゆっくり手を合わせてろ」
夏雅は結羽に対して、言葉はぶっきらぼうだが口調はとても優しく説明してあげた。
すると、結羽は素直に従って墓石の前にしゃがみ、瞼を伏せて顔の前で手を合わせる。
「…………」
そのままじっとして動かない結羽は、心の中で今は亡き家族に自分の気持ちを打ち明けていた。
──母さん、父さん、結里……俺は……ちゃんと、生きてるよ。……まだ、人前には出たくないけど……モデルになるって、決めたから……頑張って、前向いて生きていくから……だから……これからも、見守っててね。
気が付けば、合わせていた両手は顔を覆っている。
後ろから見つめる恭介の視線の先で、小さな肩が震えていた。
顔を見なくとも、声を押し殺して、ただ静かに涙を流しているのがわかる。
恭介は、どう声を掛けるべきかわからなかった。
最愛の家族を失い、涙する相手に掛けてあげるべき言葉が見つからない。
そんな恭介の気持ちに気付きながらも気付かない振りをして、夏雅は墓石を綺麗にしていた。
「…………」
時折視線を投げるか、当人は結羽の後ろ姿を見つめたまま動く様子が見られない。
──……何やってんだお前は。
「……!」
不意に、突き刺さるような鋭い視線を感じて恭介は我に返った。
夏雅の眼差しが、じっとこちらを向いている。
『お前の役目だろ』
そう言われているような気がして、恭介は息を飲んだ。
ゆっくりと唾を飲み込んで、肩を震わせる相手にそっと近付く。
隣にしゃがんで、肩を抱き寄せて、そのまま黙って抱き締めた。
頭では分かっているつもりでも、相手の辛さを本当に理解するのは難しい。
それは、誰よりも恭介自身がよく分かっていることだった。
だからこそ、黙って抱き締めてあげる。
無理に言葉を探す必要なんかない。
──俺が、傍に居る。
周りに頼りながらでも良い。
立ち止まっても良い。
振り返っても良い。
その後は真っ直ぐ、前を向くこと。
ゆっくりと、一緒に歩いていけば良い。
──泣いてる時だけは、素直だな。
恭介の腕に抱き締められながら暫く涙した後、結羽の呼吸はゆっくりと落ち着いていった。
ほぼ毎日、午前、又は午後にレッスンへ通っている。
勿論、恭介も毎回ついて行くことにしている。
部活の練習はあるものの、恭介にとって優先順位は結羽が上。
日々のレッスンで、片目を失ったハンデを感じさせない動きを取り戻していった。
それから数日後の、八月十五日。
結羽にとって、去年までは親について行くだけのお盆だったが、今年は違う。
一昨日の十三日には実家へ戻り、祖父母の遺骨が眠る仏壇の掃除やお供えをすると共に、隣へ新しく備えられた仏壇にも同様の習わしを行った。
叔父の澪斗が逮捕されてからというもの、法事に関しては夏雅の情報網を活用した紹介で、専門家や業者が葬式の代行や手伝いを行ってくれた。
葬式だけでなく、四十九日法要に関しても結羽一人ではどうにもならず、夏雅に頼って業者を呼んだ。
そして、今日は朝から墓参りへ向かうために結羽の実家で準備をしている。
時刻は午前八時半。
一通り掃除も済ませて、墓参りに必要な物も揃った。
あとは、夏雅の迎えを待つばかりだ。
仏壇の前で瞼を伏せ、手を合わせていた恭介がゆっくりと瞼を開いて振り返り、何をするでもなく壁に寄りかかって立つ相手へ視線を向ける。
「なぁ、結羽」
「ん?」
手持ち無沙汰にスマートフォンを取り出そうとポケットに手を差し込んだ結羽が顔を上げた。
「モデル目指すなら……積極的に、オーディションを受けたらどうだ?」
「…………うん」
仏壇の前に正座したまま問い掛ける恭介に、相手は暫し返答を渋ってから頷いた。
あまり乗り気ではないのか、更に疑問を投げる。
「どうした?」
真剣な眼差しを向けていると、結羽は視線を落としながら自嘲するように小さく笑った。
「……自薦出来るほど、自信あるわけじゃないから……」
恭介の前では高飛車な態度を取ってばかりの相手が、珍しくしおらしい反応を見せている。
これには恭介も調子が狂うと言わんばかりに前髪を掻き上げて溜め息をつき、どうにか自分を落ち着かせた。
「そりゃ、自薦する奴が皆、自信あるってわけじゃねェだろ。自分で売り込まねェと機会あっても逃しちまうぞ」
「それはそうだけど……」
諭してみるも、今度は結羽が溜め息をついて、遂には口を閉ざしてしまった。
俯いて、これ以上話したくないというオーラを放っている。
「…………」
暫く相手に視線を向けていたが、故人の前で陰鬱な空気を漂わせてはいけないと、恭介は立ち上がって相手に歩み寄った。
「応援してる。俺に出来ることなら、何でもやる所存だ。お前の家族も、応援してくれてるんじゃねェか?」
「……それは……」
また否定の言葉を紡ごうとする相手に、恭介が一手を仕掛ける。
「けど、でも、は言わねェ約束だ」
「そんなのズルい。約束なんかしてない」
続く言葉を遮られた結羽の口からは、当然のように反論が飛び出した。
「そろそろ夏雅さんが来るぞ。外に出て居ようぜ」
「むぅっ……」
相手の主張を聞き流して平然と玄関へ向かえば、後ろから不貞腐れながらもついて来る。
その気配を背中に感じながら、相手に気付かれないよう僅かな笑みを浮かべた。
──可愛い奴だな。
玄関を施錠し、外に出た二人の眼前には真っ黒な高級セダンがハザードを点滅させ、家に寄せられた状態で路上に停まっている。
近付くと、運転席のウィンドウがゆっくりと下がってサングラスを掛けた夏雅が顔を覗かせた。
顎を引き、サングラスを少し下げた隙間から上目遣いで睨みを利かせているお陰で、ガラの悪さに拍車が掛かっている。
「……よォ」
その短く発せられた声が彼なりの挨拶だ。
結羽は、恭介の後ろから肩越しにヤクザ紛いの夏雅をじっと見つめていた。
その様子に苦笑しつつ、恭介が相手の分も挨拶を口にする。
「おはようございます、夏雅さん」
「おー、後ろ乗れや」
独特な低い声が、今朝は一段と不機嫌そうに掠れている。
「休み明けに提出するレポートが終わらなくてよ……寝不足なんだよ。墓参りだろ? こんな早くなくても良いじゃねーか……俺ァ現場着いたら車で寝てっからな」
後部座席に乗り込んでいる最中、訊いても居ないのに文句を垂れているが、それに対して『訊いていません』などと言える空気ではない。
何を言っても、怒りの導火線に火を点してしまいそうで、二人はただ黙って頷いた。
────────
車を走らせ、十五分ほどで墓地に到着した。
駐車場をゆっくりと廻り、空いているスペースの中でも墓地に近いところを選んで駐車してくれる。
「着いた。じゃあな、おやすみ。家に智哉待たせてっから、巻きで頼むわ」
「わかりました。ありがとうございます……おやすみなさい」
運転席のリクライニングを倒して寝る姿勢に入った夏雅に小さな声で礼を述べ、結羽と共に車を後にした。
「……あれ?」
ポツリ、と結羽が疑問を口にして辺りを見渡す。
「……来てねェな」
相手の言葉に合わせて恭介も周囲に視線を配るも、墓参りに来ている人以外は見当たらない。
実は、夏雅の紹介で墓参りを手伝って貰う予定だったのだが、その御相手が未だ来ていなかった。
「…………」
恭介は、苦く引き攣った表情で車へと視線を向ける。
当然のように、夏雅が降りてくる気配はない。
──仕方ねェ。
本当は凄く気が引けるが、寝に入ったばかりの夏雅を起こしに車へと向かった。
「夏雅さん……」
遠慮がちに声をかけながらウィンドウをノックすると、サングラスを外してジロッと睨まれる。
しかし、申し訳なさそうな表情の恭介を放っては置けず、渋々ウィンドウを下げた。
「何だ?」
「あの、お手伝いに来て下さる方の姿が見えないのですが……」
極めて丁寧に事情を説明する。
暫く無反応の後、彼のこめかみにビシビシッと青筋が立ったのが見えた気がした。
「……あのクソ野郎」
歯を食いしばりながら怒りの声を洩らしてスマートフォンを手にし、どこかへ電話を掛け始める。
「…………」
「……おいテメー!! 何やってんだ、約束はどうした? ナメてんじゃねーよ。こちとら三万テメーに払ってんだぞ!! これで来なかったら五万返して貰っ──」
不意に、夏雅の口から発せられる怒声が止まった。
それに続いて、鬼のような形相が次第に驚愕へと変わっていく。
見開かれた瞳。半開きの口元。
先程とは打って変わった様子に、恭介はどうしたのかと顔を覗き込んだ。
その視線から逃げるようにサングラスを掛け直し、ぎこちない表情を浮かべる。
「……んだよ、早く言えよ……怒鳴って悪かったな。こっちは、俺が対応するから、テメーは自分の親父さん看てやれ。……あ? 金? そのまま貰っとけ……じゃあな」
そうして、静かに通話を切った。
黙ったままウィンドウが閉じられていき、代わりに運転席のドアが開く。
「俺が手伝ってやるから安心しろ」
車から降りながら、何の気なしにそう告げられ、恭介は安堵の息を吐いて笑みを浮かべた。
「ありがとうございます」
「…………」
結羽は相変わらず恭介の後ろにピッタリとくっついて、肩越しに夏雅を見つめるばかりで何も言わない。
まるで恭介を盾にしているような、隠れてばかりの相手に夏雅は手を伸ばし、綺麗なシャンパンカラーの髪をガシガシと乱雑に撫でた。
「お前が素直じゃねーのは把握済みだ」
それだけ言って片方の口角を吊り上げて笑う。
髪から手が離れると、結羽は手櫛を掛けながら唇を尖らせた。
自分の心が読まれていると感じて、悟られていることに納得がいっていない様子だ。
夏雅は後部座席のドアを開いて、墓参りのために持ってきた桶や花を手にし、それを一人で持って何も言わずに墓石へと向かっていく。
二人は、その後ろをついて行った。
歩いて五分ほどで、『園原家之墓』と彫られた墓石の前へと辿り着いて一息つく。
何段にも続く墓地。
目的の墓石は、上の方に並んでいた。
「花と、お供え物の交換、軽く墓石を洗ったり……結構やることあるんだぜ。今回は俺がやってやるから、伝えてーことあんなら、ゆっくり手を合わせてろ」
夏雅は結羽に対して、言葉はぶっきらぼうだが口調はとても優しく説明してあげた。
すると、結羽は素直に従って墓石の前にしゃがみ、瞼を伏せて顔の前で手を合わせる。
「…………」
そのままじっとして動かない結羽は、心の中で今は亡き家族に自分の気持ちを打ち明けていた。
──母さん、父さん、結里……俺は……ちゃんと、生きてるよ。……まだ、人前には出たくないけど……モデルになるって、決めたから……頑張って、前向いて生きていくから……だから……これからも、見守っててね。
気が付けば、合わせていた両手は顔を覆っている。
後ろから見つめる恭介の視線の先で、小さな肩が震えていた。
顔を見なくとも、声を押し殺して、ただ静かに涙を流しているのがわかる。
恭介は、どう声を掛けるべきかわからなかった。
最愛の家族を失い、涙する相手に掛けてあげるべき言葉が見つからない。
そんな恭介の気持ちに気付きながらも気付かない振りをして、夏雅は墓石を綺麗にしていた。
「…………」
時折視線を投げるか、当人は結羽の後ろ姿を見つめたまま動く様子が見られない。
──……何やってんだお前は。
「……!」
不意に、突き刺さるような鋭い視線を感じて恭介は我に返った。
夏雅の眼差しが、じっとこちらを向いている。
『お前の役目だろ』
そう言われているような気がして、恭介は息を飲んだ。
ゆっくりと唾を飲み込んで、肩を震わせる相手にそっと近付く。
隣にしゃがんで、肩を抱き寄せて、そのまま黙って抱き締めた。
頭では分かっているつもりでも、相手の辛さを本当に理解するのは難しい。
それは、誰よりも恭介自身がよく分かっていることだった。
だからこそ、黙って抱き締めてあげる。
無理に言葉を探す必要なんかない。
──俺が、傍に居る。
周りに頼りながらでも良い。
立ち止まっても良い。
振り返っても良い。
その後は真っ直ぐ、前を向くこと。
ゆっくりと、一緒に歩いていけば良い。
──泣いてる時だけは、素直だな。
恭介の腕に抱き締められながら暫く涙した後、結羽の呼吸はゆっくりと落ち着いていった。