第29話 異国人と鍛冶職人

文字数 2,328文字

(・・・よし、これで良いだろう)
筆を置き、エルンストは双剣の図面を確かめた。
今、使っている物は左右対称の物である。
しかし、それでは色々と無理がある、と長年の使用で判明してきた。
人間には利き目利き腕利き足というものがあり、どんなに訓練しても入れ替えることは難しい。
数々の修羅場を経験したエルンストはそのことが身に染みてわかっている。
そこで、左右非対称の曲がった刀を図面に書き起こした。
図面のそばには長年愛用してきた双剣が置かれ、時折手に取って感触を確かめながら改善点を洗い出し、理想的な形状と重さを計算した。
右手用、左手用の実寸大の図面。
それにはいくつか注釈が付けられ、右下には重さと長さ、刀身厚みの許容範囲が西国の単位で書かれている。
現在使用しているカラリム製の双剣は見栄えが良く、左右対称で大道芸に向くため取っておく事にした。
丸めた図面を携え、金槌の音を頼りにし、里を歩き回るエルンスト。
里の鍛冶職人が集まる一角に到着した。
よく見ると保護の覆面をしたブルンニルが作業をしている工房があった。
ブルンニルに外見の似た青年が作業の補助をしている。
彼の親戚だろうか。
カラリムは呉服、楽器、そして鍛冶の職人たちで名高い国である。
エルンストも幼少期はそうした職人街を物珍しく歩き回ったものだ。
故郷の職人達と比較するために遠目から彼らの作業を見学することにした。
熱した鉄の温度が最適になると炉から鉄を取りだし、真っ赤なそれを二人で交互に金槌で叩いていく。
非常に相槌の間隔は短く、振り下ろす金槌は目では追いにくいほど速い。
鉄の塊はみるみるうちに棒になり、やがて板状になる。
すると、器用に真ん中で切れ込みを入れて折り返し、また叩き始めた。
作業ペースや洗練さは劣るものの、カラリムの刀剣職人も全く同じ工程を踏んでいた。
折り返して鉄を鍛錬することで不純物を叩き出し、100層以上の構造に作り替えることで強くする。
また、研ぎ易さも増し、刃持ちも良くなる。
欠点は製作に手間が掛かることのみである。
鉄の温度が下がったので慎重に二人掛かりで炉に戻した。
それを見計らいエルンストは、
「失礼する。」
と二人に聞こえるように声を掛けた。
「おや、どうされました?」
覆面を外しながらブルンニルは尋ねた。
「・・・日数が厳しいので申し訳ないのだが、作成を頼みたい。」
と図面を広げて見せた。
「・・・曲がった双剣で左右非対称ですか。」
「そうだ。」
とエルンスト。
「刃の割合は、利き腕用を1とすると、もう片手用は四分の三ですね?」
「その通り。」
と答えるエルンスト。
すると、ピンと来るブルンニル。
「それなら弟、エルセニルの作った作品はどうです?」
とブルンニル。
「既に完成した物がここに?」
驚き息をのむエルンスト。
「ええ、ございます。鞘と柄も付いてます。研ぎも完璧で弟渾身の力作です。」
「是非見たい。」
とエルンスト。
「かしこまりました、おーい、エルセニル!こちらの方に例のアレを見せてやりなさい。」
「あいよ!」
とエルセニルと呼ばれた青年が工房の裏へと走り出す。
「では、ほかの作業がありますので。」
と図面をエルンストに返し、お辞儀をすると炉のそばへと戻るブルンニル。
「・・・・コレだぜ、お客さん。」
エルセニルと呼ばれた短髪の好青年は鞘に収まった1対の曲剣を差し出す。
エルンストは利き腕用を手に取りまずは外見を眺めた。
全くと言って良いほど飾り気が無い。
柄も柄尻も鞘もすべてよく磨かれた硬い木を黒く塗り、つや消しに仕上げた物である。
所々に補強の金具が付いているのに不思議と重量は軽いのにまず、エルンストは驚かされた。
意を決して鞘から引き抜くと意匠のない刀身が現れた。
「・・・刀身の峰をあえて磨かず、そのままに?」
光を全く反射しない峰をみて驚くエルンスト。
「ああ、森の番人には会ったかい?」
頷くエルンスト。
「連中の注文でさ、わずかでも光を反射させたら命の危険があるってんで。」
工房の外に出て早速素振りをしてみるエルンスト。
息をのみながらその光景を見つめるエルセニル。
「・・・あんた相当な使い手だね、まるで両腕から剣が生えてるみたいだ。」
腕を組み感心するエルセニル。
尚も素振りを続けるエルンストを見て、試し切りの人形を裏から運んで来た。
「よろしいのか?」
確認を取ると、エルセニルはゆっくりと頷いた。
人形の前に立ち一呼吸おくと、エルンストは斬りかかった。
瞬きする間もなく、人形は真横に三等分で切られてしまっていた。
「・・・ありゃ、我ながらすげえな、凄い双剣を造っちまった。」
作成者本人がその光景を見て驚く。
「素晴らしい、まさに業物だろう。」
エルンストは刀身を眺めながら静かに言った。
「・・・あとほんの少し、ってとこかい?」
エルセニルが尋ねた。
「おこがましいとは思うが・・・。」
申し訳なさそうなエルンスト。
「いやいや、図面を見たらちょっと違ったところがあったからね、三日もあれば修正出来るけども。」
「詰めの作業してくださるのか?」
驚くエルンスト。
「もちろん、これから危険な旅路なんだろ?」
頷くエルンスト。
すると、硬貨の入った革袋を背嚢から取り出そうとするエルンスト。
それをエルセニルは慌てて静止した。
「お代は結構だよ、文字通り、ビタ一文、取る気はないぜ。」
「これほどの業物を無貨で頂く訳には・・・。」
申し訳なさそうなエルンストを尻目に、鞘に入った双剣を受け取りながらエルセニルは言った。
「・・・理由はそのうち兄貴が話してくれるさ。」
双剣を持ったまま工房の奥へと戻るエルセニルの背中はどこか寂し気だった。
エルンストは貨幣袋を背嚢に戻しながら彼の姿を見送った。
その背中から、何かしらの事情があるのをエルンストは肌で感じ取っていた。
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登場人物紹介

サミュエル·ドゥーベ:60代の男性。西の大国、ウィンストを30年以上も統治した元国王。前王(ぜんおう)という肩書を与えられ、王宮で引退生活をしていた。しかし、魔王軍の宣戦を受けて最後の旅に出る。政治的駆け引き、作戦立案、各種の法律等に卓越した知識を持つ。また、徒手格闘、盾と剣を用いた剣術も得意な元気な爺様。好きな食べ物は妻の手料理、嫌いな物は生野菜。猟犬フリードの飼い主でもある。

フリード:5歳の猟犬。戦闘と追跡の訓練を受けている。また、魔族を嗅ぎ分ける事が出来る。性格は大人しく、聞き分けが良い。吠えて返事をするクセがある。

好きな食べ物は鹿の生肉、嫌いな食べ物は生野菜。

メリンダ·ドゥーベ:60代の女性。サミュエルの妻。元々、貴族の3女だったため自らお家騒動から身を引く形で14歳の時に修道院に入った。しかし、野戦病院と化した先の大戦中の修道院で「慈悲深き神」の存在に疑問を抱くように。

そんな中、当時から英雄ともてはやされていたサミュエルに出会い、彼を手当てするうちに恋に落ち、駆け落ち同然で修道院を後にした。優しいが気丈な性格。好きな食べ物は、カテリーナの作るお菓子ならなんでも。嫌いな食べ物は塩辛い料理全般。実は乗馬が得意。

ミカエル·ドゥーベ:30代前半。現役のウィンスト国王。小さい頃から英才教育を受けた、「王になるべくして王に」なった人物。冷静沈着な性格だが、冷血な人物ともとれる。愛情や親切さが無い訳ではなく、単に生真面目なだけである。

好きな食べ物は、甘いお菓子。嫌いな食べ物は塩辛い料理全般(母親に似たようだ)実は鎧を着込んでの馬上槍試合で無敵の強さを誇る、文武両道の人物。

カテリーナ·ドゥーベ:30代前半。ウィンスト隣国、セラームのお姫様(国王の娘)

産まれた時からミカエルと結婚する事が決まっていた。しかし、男女の幼なじみとして親交を深めるうちに、政略結婚と恋愛を兼ねてしまう事になった。

華奢な体格で、小さい頃は病気がちだったが、ミカエルが外に連れ出して遊ぶうちに身体は丈夫になったようだ。

好きな食べ物は、セラームの茶菓子、嫌いな食べ物は生焼けのステーキ。実は刺繍が得意で、いつか個展を開きたいと考えている。

ヒルダ:魔王軍の総大将。人間の寿命に直すと、十代後半の女子。父サンゲルは何者かに暗殺され、母エルザは幼いときサミュエルとの一騎打ちで敗れ殺害された悲運な人物。そのため、サミュエルと人類全体に対して底しれぬ憎悪を抱いている。可憐な外見だが、服装も地味で恋愛には一切興味が無い冷酷非情な人物

好きな食べ物はサソリの唐揚げ、嫌いな食べ物は薬味の効いた料理。火を扱う魔法が得意で小さい頃は母親に対して度々、火を使うイタズラを仕掛けていた

デガータ(メイドのメグ):妖艶な美女だが、性格は生い立ちの事もあり「堅物」そのもの。とにかく真面目で職務最優先である。そのため、冗談や笑い話が通じない。ヒルダを姉として母として支える事が生き甲斐となっているため、自身の事は二の次である。外見の共通点が非常に多いため、どうやら魔王一族の親戚なようだが、詳細は不明。好きな食べ物はビーフジャーキ、嫌いな食べ物は生魚。実は料理全般が得意でプロ級。ヒルダを喜ばせるためではなく、毒薬調合の合間に上達したようだ。

エルンスト:2mちょうどくらいの身長をした巨漢。戦争孤児のため、名字と自分の年齢がわからない(生年月日が不詳)

砂漠の国カラリム帝国出身の20代後半男性。双剣の使い手で大道芸の達人という二面性のある肩書を持つ。

が、本人は至って真面目で動物にも優しい人物。卓越した戦闘能力以外では、動物の解体&皮のなめし、木工や鉄工にも詳しい。これは産まれ住んだ地域が関係しているようだ。

ナンス:20代半ばの(元)盗賊団のリーダー。女性にしてはやや身長が高い。

明るく元気だが、少しマヌケな性格。

面倒見が良く家庭的なため、半ば義賊だった盗賊団で引き取った孤児たちの面倒を良く見ていた。手先と身のこなしはプロの盗人らしく卓越している。

旅のメンツのムードメーカー。

ファルニール:エルフの女性。柔和な印象を与える美女だが、エルフ随一の弓の使い手で鷹のような視力を誇る。

森から出た事があまり無いので、何でもかんでも「自己流&エルフ流」にしてしまう。物言いのハッキリした気の強い人物。実はブルンニルに惚れたのは彼女のほう。恥ずかしいので周囲には伏せているが、彼と家族にはバレている。

ブルンニル:エルフの鍛冶屋&大剣の使い手。ファルニールの旦那さん。温厚な性格で周囲に流されやすい。職人らしくDIY精神の塊で大剣とその留め具に留まらず様々な武器、防具を自作しファルニールと旅に出た。彼女の弓矢も彼の手製である。実は弟が居る。兄弟二人で鍛冶屋を経営しているようだ。

アイヒ:痩身の老人。魔王軍と姫の調整役。かなり以前、前魔王、そしてその妃エルザの補佐も長年、務めていた勤勉な人物。常に冷静で声を荒げたりすることはない。貴族出身で社交の場でも存在感がある人物。休暇はもっぱら執筆にいそしむ生活をしている。近年の著作は、「竜人族における飛竜の運用及び調教方法について」魔王軍士官学校のテキストに採用される予定である。ドライデルとは旧知の仲。


ドライデル:竜人族と竜人で構成された軍のトップ。知恵と経験を重んじる性格で筋違いの推論や的外れな批判などには即座に反論する正義感の強い人物。

普段から本の虫で、知識欲が強い。これはエリート竜人全体的に当てはまる傾向である。休暇は愛用の飛竜の世話や騎乗しての空中散歩をしている。同じ空を飛ぶ鳥人には仲間意識があるようだ。

ルフマン:獣人族の男性。部族社会の彼らにおいて満場一致でリーダーに選ばれた実力と幸運を併せ持つ男。獣人においては小柄な方で昔から頭の回転が早い事を活かしてきたようだ。顔に大きな傷跡がある。喧嘩ばかりする彼ららしいと言えばらしい特徴。彼の故郷には妻と小さい娘が帰りを待っている。今回の戦争は家族を養うためでもあるのだ。

イガール:鳥人族の実質トップの女性。一族で最も速く飛べる翼を持ちよく回る舌と頭脳をした才女。弟のアガムと二人三脚で頂点にのし上がったようだ。奸計や相手の裏をかくのが得意だが、善悪の判断はハッキリしている、喰えない性格

特に実子や所帯は持っておらず、婚期を逃すまいと休暇はそういった活動で忙しいようだ。もっとも、彼女の眼鏡にかなうのは彼女の実の弟くらいの様子。

アガム:鳥人族の男性でイガールの弟。

彼女とは違い、彼は根っからの武闘派で昔から姉を守るべく武芸を磨き、知恵を付けた苦労人。他人を突き放す印象を受ける姉とは違い、柔らかい物腰をした皮肉屋。実質的に実働部隊のリーダーを今回は務めている。

休暇は姉につきあわされて荷物持ちや書類作成の手伝いをさせられている。

もっとも、独りで暇なときはひたすら稽古をしているようだが。

ガモー:屈強なオークの男性。真面目で実直な性格で、普段は無口である。

根っからの軍人気質で、部隊の仲間を大切にし、共に過ごす事に喜びを感じているが、陳情も聞く懐の深さもあるようだ。つんつるてんの魔王軍将校の制服を着ているが、これは彼がオークの中でも特に巨体であるためと、わざわざ特注して作らせる事に煩わしさを感じたため。

スナギ:東の果てにある島国に住む鬼一族の頭領。要は忍者をしている彼らの中でも特に腕が立ち、家柄も優れた人物。

武人らしく竹を割った様な豪胆な性格。机上で作戦を練るのはもちろん、現場で指揮を執るのも得意な戦上手。時々、抜けた発言をするのは常に真面目でふざけることがないせい。

休暇は武具の手入れを妹と一緒にするのが日課だ。

魔王サンゲル:物語開始時点から40年前に何者かに暗殺された。知力に優れた人物で周りの意見も良く聞くため頼りにされていたようだ。エルザとは相思相愛で体育会系の彼女を知恵で支えていた様子

読書が趣味。純文学など難解な本を好んだようだ。

魔王妃エルザ:ヒルダの母親。サミュエルとの一騎打ちで敗れ殺害される。夫の死後、引き継いだ公務で領地を飛び回る生活をしていたが、ヒルダの前では明るく優しい母親だったようだ。魔王一族で並ぶ者が居ない剣豪で、これは彼女の家系が陸軍人トップを代々輩出することと関係している

彼女自身も結婚前は陸軍人だったが、社交界で魔王サンゲルからダンスを申し込まれ快諾した事が運命を決めた

沼地の魔女マルゲッタ:妖艶な雰囲気を漂わす中年女性。

エルフと人間の混血で、非常に高い魔力と長い寿命を持つ。

魔法そのものについての造詣も深い

物腰は柔らかく口調も丁寧だが、自分の意志はハッキリと伝える性格。

これは彼ら魔法使いの辿った歴史が関係している

腰に剣を帯びているが、飾りではなく剣技も得意。

もっとも、人の立ち入らない沼地では枝木の剪定にもっぱら使用するようだ

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