第8話 女盗賊とエルフの矢

文字数 3,031文字

褐色の女が号令を飛ばすと、すかさず襲いかかる8人。
するとフリードが矢のように飛び出し、男の一人を地面に押し倒してしまった。
それを見たサミュエルは男の後頭部を思い切り蹴り上げて気絶させ、短剣を奪い取る。
フリードは次の標的に大声で吠えた。
「畜生。」
「やりやがったな!」
「犬っころめ・・・。」
「生け捕りの予定は無しだ!」
「きさまら・・・。」
「二度と家族の顔は見れないぜ?」
「覚悟しな・・・!」
一瞬で仲間を倒され、思い思いの言葉を吐きながらいきり立つ7人。
格闘の腕に覚えのあるサミュエルは、奪い取った短剣をエルンストに託す。
エルンストは短剣を受け取ると感触を確かめるように握り締めてから、構えた。
女とその部下7人。
サミュエルとエルンスト、そしてフリード。
総勢10人と一匹の大乱闘が始まった。
雄叫びを上げて掛かってくる男達を時に躱し、時に殴りつけ、そして投げ飛ばす。
サミュエルは男の一人が大振りの攻撃を仕掛けてきた瞬間、その男の腕を掴んで力任せに地面に叩きつけた。
フリードは素早さを活かして攻撃を回避し、男のすねに噛みつくとそのまま引きずり倒してしまう。
すかさずエルンストは、フリードが倒した男を締め上げて気絶させる。
頭領の女を守る為か、盗賊のうち二人が女の側を離れていない。
「あんたら!いつも通りやんな!束になって掛かるんだよ!」
ボスである女の指示を受けて、サミュエルに襲いかかる3人。
賢明な判断とは言えなかった。
3方向からの攻撃をしゃがんで回避すると、同士討ちを避ける為に男達は一瞬だけ動きを止めた。
それを見逃さず、サミュエルは男の一人に利き腕で渾身のボディブローを叩き込む。
フリードは男の一人を背後から押し倒した。
「おい、こっちだ貴様!」
エルンストは長剣を持った男をあからさまに挑発し、注意を引き付ける。
すかさず斬りかかって来た男の未熟な一撃を短剣で受け止めると、絡め取るような動きでその男の手首を切り裂いた。
握力を一瞬で無くしてしまった男の手から長剣を奪い取ると、そのまま力任せに締め上げた。
フリードが倒した男の後頭部を踏みつけるサミュエル。
乱闘はいつの間にか3対3になっていた。
エルンストは得意の双剣スタイル、フリードはまだまだ闘争心がみなぎっている。
サミールことサミュエルは長剣と盾を奪い、構えていた。
「お頭、マズイですぜ・・・!」
慌てる一人の盗賊。
「まだだ、あいつらを捕らえればガキどもを半年は余裕で養えるんだ、踏ん張りな!」
二人を鼓舞する褐色女。
無言で後ずさりする盗賊が一人。
三人が身構えた次の瞬間、鈍い衝撃が盗賊三人の後頭部を襲った。
すると力なく地面に三人は倒れこんだ。
「・・・間に合ったようですね、お怪我はございませんか?」
鈴の鳴るような声が遠くから聞こえてきた。
見ると、ローブに身を包んだ金髪碧眼の女性と、大剣を背負った男が盗賊たちのはるか後方に立っていた。
女性の手には大きな弓が握られている。
どうやら、この女性が一瞬で三人を射貫いたらしい。
殺してしまったのか?その不安は一瞬で消えた。
盗賊たちは、サミュエルたちが倒したのも含めて全員が苦悶の表情を浮かべているものの、意識を失っているだけだった。
優雅な足取りで近づいてくる男と女性。
サミュエルたちの前に立つと、フードを脱いだ。
(エルフか!)
サミュエルは驚いた。
滅多にエルフたちは森から出ない。
長寿なため身の安全を図る事が多いのだ。
「さて、こいつらどうしたものか。」
エルンストが言うと、サミュエルは提案する。
「縛り上げて口を割らせるのが良かろう。」
「賛成ですわ。」
エルフ女性の賛同を受け、何か縛り上げる物が無いか周囲を捜索する一同。
工事の際に忘れていったのだろうか、都合良く長めの麻縄をエルフの女性が見つける。
「これでどうでしょう?」
縄を手渡され太さと長さを確認するとエルンストとサミュエルは慣れた手つきで9人を縛り上げた。
手ひどく痛めつけたため、覚醒までしばらく掛かりそうだ。
「自己紹介いたします、わたくしエルフのファルニール、こちらブルンニル。」
目の醒めるような美人が隣の男性を差しながら名乗った。
男性エルフの方もなかなかの男前である。
「夫婦で武者修行と新婚旅行を兼ねた旅に出ております。」
エルフの二人はお辞儀をして言った。
それを受けて三人もお辞儀をした後、自己紹介をする。
「助かり申した、サミールと申す、闘技試合でこちらのエルンストとは意気投合いたした。」
サミールことサミュエルはエルンストを手で指し示して二人のエルフに言う。
「エルンストと申します、旅の大道芸人そして傭兵です。」
胸に手を当ててお辞儀をしながらエルンストは言った。
「わんわん!」
フリードは敵意の無い二人を見て挨拶のつもりで吠えた。
「もっと早くに助ける事も出来たのですが、なにぶん人数が多い上に弓矢の鏃を外すのに手間取ってしまいました。」
ブルンニルは申し訳無さそうに二人に事情を説明する。
「その大剣では峰打ちできんかの? 」
尋ねるサミュエルに対してことさら申し訳なく申し開きをするブルンニル。
「両刃のうえ、このような閉所では振り回しづらくて。」
すると、うめき声を上げて頭領の褐色女が目を覚ました。
「お目覚めですか?」
女の前にしゃがむとファルニールに尋ねた。
瞬時に状況を理解し、観念した様子だった。
「名前と、お前たちの素性、そしてなぜ儂らを襲ったのか話してくれんかの?」
サミュエルはファルニールの脇に立つと女に呼びかける。
「正直に話せば、衛兵には突き出さんよ。」
サミュエルの言葉を聞いて頷く3人。
すると褐色女は、ぽつりぽつりと語り出した。
女の名前はナンス、孤児のため名字は無い。
物心ついた時から盗みや追いはぎをしてきた。
やがて仲間が増え、盗賊団の頭領になった。
自分と同じような境遇の孤児たちを見捨てられず、受け入れるようになった。
しかし非常事態宣言のため警備が厳しく、盗みが働け無くなる。
仕方なく闇社会の賞金首になっていたサミールとエルンストを捕らえる事にした、と。
誰かに雇われた訳でもないし、魔物たちの事なんて関知してない。
嘘を言えば殺されると思っているので真実である、と最後に付け足した。
「どのようにいたしましょう?」
縛り上げられた彼らを見下ろし、ファルニールは腕を組んで思案する。
「ふむ、人畜無害という訳でもないし魔物の息が掛かった奴らという訳でもなし。」
サミュエルも自らの髭を触りながら思案する。
「ここは妥協案をとろうかの。」
サミュエルは何か思いつく。
すると短剣を持ち、ナンスの縄に少しだけ切り込みを入れる。
そしてゆっくりとナンスのそばに短剣を置いた。
「・・・オイ爺さん、これのどこが妥協案って奴なんだよ?」
身じろぎしながら声を荒げるナンス。
どうやら多少身動きした程度では縄はほどけないようだ。
そうすると笑いながらサミュエルは、ナンスの肩を叩き言う。
「盗賊の端くれなら余裕で抜け出せる筈じゃ、ま、せいぜい頑張らんかの。」
歯ぎしりするナンスをよそに、ところで、とブルンニルは提案を持ちかける。
「市場で買い物する予定ですが、旅は道連れと言いますしご一緒しませんか?」
何事も無かったかのように真顔で言うブルンニル。
「いいのう!」
「気に入った。」
「わん!」
「良かったですわ、早速行きますわよ。」
「オイあんたら、置いてくなよ!おーい!」
身じろぎしながら喚くナンスを尻目に4人と一匹は、さっさとその場を後にした。
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登場人物紹介

サミュエル·ドゥーベ:60代の男性。西の大国、ウィンストを30年以上も統治した元国王。前王(ぜんおう)という肩書を与えられ、王宮で引退生活をしていた。しかし、魔王軍の宣戦を受けて最後の旅に出る。政治的駆け引き、作戦立案、各種の法律等に卓越した知識を持つ。また、徒手格闘、盾と剣を用いた剣術も得意な元気な爺様。好きな食べ物は妻の手料理、嫌いな物は生野菜。猟犬フリードの飼い主でもある。

フリード:5歳の猟犬。戦闘と追跡の訓練を受けている。また、魔族を嗅ぎ分ける事が出来る。性格は大人しく、聞き分けが良い。吠えて返事をするクセがある。

好きな食べ物は鹿の生肉、嫌いな食べ物は生野菜。

メリンダ·ドゥーベ:60代の女性。サミュエルの妻。元々、貴族の3女だったため自らお家騒動から身を引く形で14歳の時に修道院に入った。しかし、野戦病院と化した先の大戦中の修道院で「慈悲深き神」の存在に疑問を抱くように。

そんな中、当時から英雄ともてはやされていたサミュエルに出会い、彼を手当てするうちに恋に落ち、駆け落ち同然で修道院を後にした。優しいが気丈な性格。好きな食べ物は、カテリーナの作るお菓子ならなんでも。嫌いな食べ物は塩辛い料理全般。実は乗馬が得意。

ミカエル·ドゥーベ:30代前半。現役のウィンスト国王。小さい頃から英才教育を受けた、「王になるべくして王に」なった人物。冷静沈着な性格だが、冷血な人物ともとれる。愛情や親切さが無い訳ではなく、単に生真面目なだけである。

好きな食べ物は、甘いお菓子。嫌いな食べ物は塩辛い料理全般(母親に似たようだ)実は鎧を着込んでの馬上槍試合で無敵の強さを誇る、文武両道の人物。

カテリーナ·ドゥーベ:30代前半。ウィンスト隣国、セラームのお姫様(国王の娘)

産まれた時からミカエルと結婚する事が決まっていた。しかし、男女の幼なじみとして親交を深めるうちに、政略結婚と恋愛を兼ねてしまう事になった。

華奢な体格で、小さい頃は病気がちだったが、ミカエルが外に連れ出して遊ぶうちに身体は丈夫になったようだ。

好きな食べ物は、セラームの茶菓子、嫌いな食べ物は生焼けのステーキ。実は刺繍が得意で、いつか個展を開きたいと考えている。

ヒルダ:魔王軍の総大将。人間の寿命に直すと、十代後半の女子。父サンゲルは何者かに暗殺され、母エルザは幼いときサミュエルとの一騎打ちで敗れ殺害された悲運な人物。そのため、サミュエルと人類全体に対して底しれぬ憎悪を抱いている。可憐な外見だが、服装も地味で恋愛には一切興味が無い冷酷非情な人物

好きな食べ物はサソリの唐揚げ、嫌いな食べ物は薬味の効いた料理。火を扱う魔法が得意で小さい頃は母親に対して度々、火を使うイタズラを仕掛けていた

デガータ(メイドのメグ):妖艶な美女だが、性格は生い立ちの事もあり「堅物」そのもの。とにかく真面目で職務最優先である。そのため、冗談や笑い話が通じない。ヒルダを姉として母として支える事が生き甲斐となっているため、自身の事は二の次である。外見の共通点が非常に多いため、どうやら魔王一族の親戚なようだが、詳細は不明。好きな食べ物はビーフジャーキ、嫌いな食べ物は生魚。実は料理全般が得意でプロ級。ヒルダを喜ばせるためではなく、毒薬調合の合間に上達したようだ。

エルンスト:2mちょうどくらいの身長をした巨漢。戦争孤児のため、名字と自分の年齢がわからない(生年月日が不詳)

砂漠の国カラリム帝国出身の20代後半男性。双剣の使い手で大道芸の達人という二面性のある肩書を持つ。

が、本人は至って真面目で動物にも優しい人物。卓越した戦闘能力以外では、動物の解体&皮のなめし、木工や鉄工にも詳しい。これは産まれ住んだ地域が関係しているようだ。

ナンス:20代半ばの(元)盗賊団のリーダー。女性にしてはやや身長が高い。

明るく元気だが、少しマヌケな性格。

面倒見が良く家庭的なため、半ば義賊だった盗賊団で引き取った孤児たちの面倒を良く見ていた。手先と身のこなしはプロの盗人らしく卓越している。

旅のメンツのムードメーカー。

ファルニール:エルフの女性。柔和な印象を与える美女だが、エルフ随一の弓の使い手で鷹のような視力を誇る。

森から出た事があまり無いので、何でもかんでも「自己流&エルフ流」にしてしまう。物言いのハッキリした気の強い人物。実はブルンニルに惚れたのは彼女のほう。恥ずかしいので周囲には伏せているが、彼と家族にはバレている。

ブルンニル:エルフの鍛冶屋&大剣の使い手。ファルニールの旦那さん。温厚な性格で周囲に流されやすい。職人らしくDIY精神の塊で大剣とその留め具に留まらず様々な武器、防具を自作しファルニールと旅に出た。彼女の弓矢も彼の手製である。実は弟が居る。兄弟二人で鍛冶屋を経営しているようだ。

アイヒ:痩身の老人。魔王軍と姫の調整役。かなり以前、前魔王、そしてその妃エルザの補佐も長年、務めていた勤勉な人物。常に冷静で声を荒げたりすることはない。貴族出身で社交の場でも存在感がある人物。休暇はもっぱら執筆にいそしむ生活をしている。近年の著作は、「竜人族における飛竜の運用及び調教方法について」魔王軍士官学校のテキストに採用される予定である。ドライデルとは旧知の仲。


ドライデル:竜人族と竜人で構成された軍のトップ。知恵と経験を重んじる性格で筋違いの推論や的外れな批判などには即座に反論する正義感の強い人物。

普段から本の虫で、知識欲が強い。これはエリート竜人全体的に当てはまる傾向である。休暇は愛用の飛竜の世話や騎乗しての空中散歩をしている。同じ空を飛ぶ鳥人には仲間意識があるようだ。

ルフマン:獣人族の男性。部族社会の彼らにおいて満場一致でリーダーに選ばれた実力と幸運を併せ持つ男。獣人においては小柄な方で昔から頭の回転が早い事を活かしてきたようだ。顔に大きな傷跡がある。喧嘩ばかりする彼ららしいと言えばらしい特徴。彼の故郷には妻と小さい娘が帰りを待っている。今回の戦争は家族を養うためでもあるのだ。

イガール:鳥人族の実質トップの女性。一族で最も速く飛べる翼を持ちよく回る舌と頭脳をした才女。弟のアガムと二人三脚で頂点にのし上がったようだ。奸計や相手の裏をかくのが得意だが、善悪の判断はハッキリしている、喰えない性格

特に実子や所帯は持っておらず、婚期を逃すまいと休暇はそういった活動で忙しいようだ。もっとも、彼女の眼鏡にかなうのは彼女の実の弟くらいの様子。

アガム:鳥人族の男性でイガールの弟。

彼女とは違い、彼は根っからの武闘派で昔から姉を守るべく武芸を磨き、知恵を付けた苦労人。他人を突き放す印象を受ける姉とは違い、柔らかい物腰をした皮肉屋。実質的に実働部隊のリーダーを今回は務めている。

休暇は姉につきあわされて荷物持ちや書類作成の手伝いをさせられている。

もっとも、独りで暇なときはひたすら稽古をしているようだが。

ガモー:屈強なオークの男性。真面目で実直な性格で、普段は無口である。

根っからの軍人気質で、部隊の仲間を大切にし、共に過ごす事に喜びを感じているが、陳情も聞く懐の深さもあるようだ。つんつるてんの魔王軍将校の制服を着ているが、これは彼がオークの中でも特に巨体であるためと、わざわざ特注して作らせる事に煩わしさを感じたため。

スナギ:東の果てにある島国に住む鬼一族の頭領。要は忍者をしている彼らの中でも特に腕が立ち、家柄も優れた人物。

武人らしく竹を割った様な豪胆な性格。机上で作戦を練るのはもちろん、現場で指揮を執るのも得意な戦上手。時々、抜けた発言をするのは常に真面目でふざけることがないせい。

休暇は武具の手入れを妹と一緒にするのが日課だ。

魔王サンゲル:物語開始時点から40年前に何者かに暗殺された。知力に優れた人物で周りの意見も良く聞くため頼りにされていたようだ。エルザとは相思相愛で体育会系の彼女を知恵で支えていた様子

読書が趣味。純文学など難解な本を好んだようだ。

魔王妃エルザ:ヒルダの母親。サミュエルとの一騎打ちで敗れ殺害される。夫の死後、引き継いだ公務で領地を飛び回る生活をしていたが、ヒルダの前では明るく優しい母親だったようだ。魔王一族で並ぶ者が居ない剣豪で、これは彼女の家系が陸軍人トップを代々輩出することと関係している

彼女自身も結婚前は陸軍人だったが、社交界で魔王サンゲルからダンスを申し込まれ快諾した事が運命を決めた

沼地の魔女マルゲッタ:妖艶な雰囲気を漂わす中年女性。

エルフと人間の混血で、非常に高い魔力と長い寿命を持つ。

魔法そのものについての造詣も深い

物腰は柔らかく口調も丁寧だが、自分の意志はハッキリと伝える性格。

これは彼ら魔法使いの辿った歴史が関係している

腰に剣を帯びているが、飾りではなく剣技も得意。

もっとも、人の立ち入らない沼地では枝木の剪定にもっぱら使用するようだ

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