第23話 日の出と共に
文字数 2,740文字
「ここが現在位置、エルフの森里はどのあたりかのう?」
旅の一同全員が集まったのを確認するとファルニールとブルンニルに尋ねるサミュエル。
「このあたりの筈ですとブルンニル。」
現在位置の小石の、やや北側を指で指し示す。
「して、どのように向かえば良いんじゃ?」
顎髭を触りながらサミュエルが尋ねると、
「わたくし達が辿った旅路を引き返す他ありません。このような状況に備えてエルフはしるしを残しながら森を歩くのです。そのしるしは残した本人にしか判別できませんわ。」
と、ファルニールが説明をした。
ブルンニルが続ける。
「森が深くなってきたら、ファルニールが先頭、お三方が真ん中、私が一番後方の一列で進んでください。はみ出たり道を外れてはいけません。矢を射られてしまいます。」
ぎょっとする三人。
「いったい誰が?」
と尋ねるナンス。
「森の監視役を務める腕の立つエルフです。」
と、ファルニール。
「草木を見に纏い、向こうから近づいてこない限りこちらからは判別できませんわ。犬の鼻でも嗅ぎ分けるのは難しいでしょう。痕跡と気配を消す達人たちです。」
「アンタにもそれが出来るのか?」
きょとんとして尋ねるナンス。
しかし、クスクスと笑うファルニールとブルンニル。
「いいえ、できませんわ。おかしな事を言いますのね?」
どうやらエルフの笑いのつぼは一般人とは異なるようだ。
「では、出発じゃな。」
足で地図をかき消しながらサミュエルが言った。
深い森をブルンニルの言ったとおり一列で進む一行。
木々だけでなく手つかずの地面にはくるぶしの高さまでうっそうと草が生い茂る。
すると最前列のファルニールが弓を構えてしゃがみ込んだ。
「みな、武器を手にしゃがむのじゃ。」
静かに言うサミュエル。
すると、フリードがしきりに鼻を動かしながら小さく唸っている。
「魔族じゃ。」
サミュエルが言った。
途端に一同の表情が暗くなり、緊張を表した。
「どうします?」
大剣の柄を触りながら尋ねるブルンニル。
「相手側が気づいた様子はありませんわ。」
とファルニール。
鷹のような視力を持つ彼女の眼には相手側の様子ははっきりわかるようだ。
「ならば、じりじりと距離を詰めるほかあるまい。うまくいけば背後を取れるじゃろう。」
賛同した一行は列を崩さぬよう気をつけながら、足音を殺し一歩ずつ進んだ。
どれほど歩いただろうか。
道なき道を進む一行の前方でかすかに動きがあり、ファルニールがそれを捉えた。
瞬時に矢をつがえて、その動く物体にめがけて放った。
ギョエッ、と短い悲鳴が響くと、木々の陰から緑色の肌をした小さな人型の魔物達が一斉に飛び出してきた。
仲間を一人倒されていきり立っているようだ。
ざっと見ただけでも15はいて、全員思い思いの武装をしている。
「まずりましたわ!」
ファルニールが叫んだ。
ゴブリンの大群を目にして多少ショックを受けていた。
「仕方あるまい、どのみち戦うことになったはずじゃ!」
とサミュエルは叫んだ。
全員、旅荷物を置いて武器を抜いた。
すると、目の前の大木がへし折れてオークが姿を現した。
ゴブリン達の隊長格のようだ。
鎧を身につけて棍棒を持っている。
自分がへし折った大木とさほど変わらぬ図体をしている。
「やべえなあ・・・。」
両手に短剣を手にしたナンスが冷や汗をかきながら言った。
「みな、気をつけて戦うんじゃ。自分に襲いかかってきた相手とのみ戦うように、こちらから仕掛けてはならん。」
「なぜです?」
と大剣を引き抜くと尋ねるブルンニル。
「そのうち分かる。」
とフリードの手綱を外しながらサミュエルは答えた。
血気盛んなオークが棍棒を一同めがけて振り下ろすと、奇声をあげながらゴブリン達が突進してきた。
おおよそ、3vs1で戦う事になった。
隙無く盾を構えるサミュエルは襲いかかってくるゴブリンを盾ではね飛ばしたり、剣で切りつけた。
フリードは斬りかかるゴブリンをかわし、脛に噛みつく。
エルンストは死角から襲い来るゴブリンを回転しながら切りつけ、絶命させた。
ナンスは素早く立ち回り、ゴブリンの背後を取るとその首に短剣を突き立てた。
ファルニールとブルンニルは一緒に戦い、ブルンニルが突進し大剣を振り回し、隙を見せたゴブリンをファルニールが射貫いた。
しばらく戦っていると、
「ぎゃああ!」
とナンスが悲鳴を上げた。
全員が振り向くと、ナンスは背後からオークに首根っこを掴まれ、持ち上げられてしまっていた。
まずい!全員がそう思った次の瞬間、オークの背中に矢が突き刺さった。
一瞬だけ怯むオーク。
すると、ナンスは懐から黒い鉄の塊を取り出すと、目の前の岩に叩きつけた。
周囲を爆音と閃光が包み、煙が立ち上った。
オークの拘束から抜け出すナンス。
煙が晴れると、倒されたゴブリンの死体のみを残して敵の姿は忽然となくなっていた。
「逃がしたかのう!」
ナンスに走り寄りながらサミュエルが言った。
むせながら、
「アタシは無事だ。」
と答えるナンス。
周囲を警戒しながらサミュエルとナンスの元に駆け寄る一同。
「サンキュー、ファルニール。」
とナンスが礼を言うと、
「わたくしではございませんわ?」
ときょとんとするファルニール。
すると、近くの草むらが揺れて、どこからともなく草木を纏ったエルフが現れた。
突然の出来事に驚く一同だが、ファルニールとブルンニルはその姿を見て安堵した。
「もう!遅すぎますわ!」
と弓をしまいながら怒るファルニール。
「申し訳ございません、姫様。」
と答えるエルフ。
「何かあったのか?」
と大剣を背中に収めたブルンニルが尋ねた。
「先ほど、見張りをしていたエルフの死体を確認いたしました。密かに移動する魔物部隊を発見し後をつけていたようですが、見つかって殺されたようです。」
そうか、と残念がるエルフ達。
「ちょちょちょ、待った。姫様?」
短剣をしまい込んだナンスが尋ねると、現れたエルフがさも当然のように答えた。
「ええ、我らが長、ガルムニルのご息女がファルニールさまでございます。」
「もう!隠しておきたかったのに!」
すかさずふくれるファルニール。
「申し訳ございません。」
とエルフ。
「どうりで、まるで銅貨を両替するみたいにエルフの武具を差し出す、なんて言うと思ったわい。」
「なんだ、高貴な身の上なのは演技ではなかったのか。」
「ありゃまあ、里の姫様に喧嘩売っちまったよ、アタシ・・・。」
「クゥウーン?」
「ハハハ、バレてしまったなファル。」
「人前でファルって呼ばないでくださる!?」
一同は思い思いの感想を述べた。
「さあ、こちらが近道でございます、付いてきてください。」
草木を纏ったエルフの指し示す方向へと一同は歩を進めた。