第28話 朝日を浴びて

文字数 2,892文字

「おお、おはようさん。」
早朝、体を洗うために里の近くを流れる小川に出向いたサミュエル。
すると思い思いの用途で澄んだ川の水を利用するために旅の仲間達が集まってきた。
他にも里のエルフ達が続々と川に集まってきている。
ピチャピチャと川の水を飲むフリードの隣で見知らぬエルフ女性が怪訝な顔をする。
「失礼した、見た目ほど不潔な犬ではない。」
女性に対して念を押すサミュエル。
「爺さん、そういえばこのワン公どうしたんだ?」
フリードを撫でながら尋ねるナンス。
「こいつが町の傍らで皮膚病にかかって死にかけていてね。哀れに思った儂はその子犬を連れ帰って看病をした。」
「するとどうだろう、西の大陸で最も優れているといわれる犬種じゃった。」
「へえ。」
とナンス。
「わんわん!」
と得意げなフリード。
「騎士団の調教師に元気を取り戻したこいつの訓練を頼んだ。めきめきと強くなっていったよ。
しみじみ語るサミュエル。
「・・・野菜が嫌いみたいですけどね、」
苦笑するブルンニル。
「ちと甘やかしすぎたかの。」
笑いながら答えるサミュエル。
「傷の具合はどうです?」
エルンストが尋ねた。
「お?大丈夫じゃ、聞かれるまで傷の事を忘れておったよ。」
顔を撫でながら答えるサミュエル。
「包帯は毎日取り替えるべきですわ。里にも沢山ありますわよ。」
「かたじけない。」
とサミュエル。
「さて、これからの数日、どうすべきかのう?」
体を拭きながらサミュエルが仲間に尋ねた。
「新しい双剣の図面を書き起こしているところです。」
「実は里一番の鍛冶職人がブルンニルだそうで。」
「おお、本当かの?」
「照れますが、事実です。」
「あの大剣も私が打った物です。」
答えるブルンニル。
「アタシ、エルフの短剣がガキの頃から欲しかったんだ、頼めそうか?」
「ええ、もちろん。」
「儂も鎧と兜を新しくしたくてのう、余り物で構わんよ。」
「それなら里の倉庫にホコリを被った物がいくつもございますわ。」
「おお、後で見にいこうかの!」
「盾と剣はいかがいたします?」
尋ねるブルンニル。
「いいや、あの二つはサミュエル様より賜った思い出の品でね。」
苦笑いするサミュエル。
「盾はともかく、剣は少しサミール殿には小さいと感じますが?」
「長年研ぎ過ぎてすり減ったかのう?」
とぼけるサミュエル。
「そういえば、エルフは皮革製品も有名だったな、ブーツや背嚢、ベルトなんかを新しくできないか?」
エルンストがエルフの二人に尋ねる。
「構いませんわ、でもお金とられますわよ?」
とファルニール。
「・・・金物は大丈夫で皮製品は別料金かい?」
ぽかんとするナンス。
「まあ、里興しの一環じゃろうて。」
「そういうことですわ。」
「・・・サミール様はおられませんか?」
若いエルフがやってきて尋ねた。
「おお、儂じゃ!」
手を上げて答えるサミュエル。
「手紙が届いております。」
「お、さっそくじゃのう。」
「誰からだい?」
尋ねるナンス。
「王からじゃ。」
答えるサミュエル。
「・・・本当に王の使者なんですね。」
「どれどれ、みなも見てごらん。」

「サミール殿へ、手紙は無事に届いている。
実は懸念すべき点が出てきたため早急に手紙を出した次第である。
大臣達が魔族との和平交渉に入るべく動いている。
私に議会の承認を無視出来る決議案への署名を迫ってきた。
法的な拘束力も持つようだ。
こちらもぎりぎりまで承認を先延ばしにするが、議会と閣僚の賛同が得られた場合、
私としては署名せざるを得ない。
猶予は長くて2週間足らず。
ひいては、偵察任務を無事に終えられたし。
ウィンスト国王 ミカエル・ドゥーベ」

「・・・相変わらず汚い字じゃのう。」
サミュエルが率直な感想を述べた。
「では、筆跡は国王のもので間違いないと?」
尋ねるブルンニル。「うむ、父親サミュエルの文字にそっくりじゃわい。」
「・・・どうすんだい?このまま降参するのかい?」
怪訝な顔をするナンス。
「法的拘束能力があるといっても、それを無効にする事もまた可能じゃ。」
「つまりは・・・?」
はっとするエルンスト。
「うむ、サミュエル前王と国民の投票で決議を棄却すればよい。」
「そのことをミカエル様はご存じですの?」
尋ねるファルニール。
「うむ。」
と頷くサミュエル。
「そのためにはまずは決議に署名せねばな、卵が先か、鶏が先か、じゃ。」
「どういうことだい?」
といぶかしむナンス。
「全体で考えてみればわかる、ぎりぎりまで粘った上であえて決議を通し、その上で国民と前王の投票で法案を無効にすればかなりの時間が稼げるだろう?」
身振り手振りを交えてわかりやすく説明するエルンスト。
「ああ、なるほど。」
と合点がいったナンス。
「つまりは、儂ら責任重大ということじゃ。」
「なんだか二度手間な気がするなあ・・・。」
再び疑問を抱くナンス。
「政治とはそういう物じゃ。」
「それにしても、エルンスト殿が政治に明るいとはおもわなんだ、どこで覚えたかの?」
「故郷の政治情勢は複雑でして・・・。」
暗い顔をして答えるエルンスト。「分かる気がする。」
賛同するナンス。
「お二人は同郷ですの?」
尋ねるファルニール。
「ええと、実はそうらしいんだ。」
頭を掻きながら答えるナンス。
「らしい、とは?」
合点がいかないブルンニル。
「故郷のカラリム帝国は広大な砂漠地帯でね、国土の端から端までの距離はこの大陸の3分の1とほぼ等しい。」
説明するエルンスト。
「まあ!そんなに大きいんですの?」
驚くファルニール。
「想像も付かないな。」
とブルンニル。
「そんな訳で、同郷といっても隣町まで早馬で何十日も掛かるし、おまけに文化風習も全く違うときた。」
「だから故郷が同じ、って言われてもアタシら二人はいまいちピンと来ないのさ。」
なるほど、とエルフの二人。
「似ている所といえば肌の色と髪の色、体格くらい、故郷の言葉で話しても通じない事も多い、方言や訛りが強すぎるからな。」
「幸い、聞き取りづらかったり知らない慣用句はあるものの、俺たち二人は無事に会話出来るがね。」
「おお!あのブツブツ、ゴニョゴニョと呪文のように話しているのがそうかの?」
目を輝かせるサミュエル。
「ハハハ、何を聞いたらそう思うのか知らないけど、そうだ。カラリムを出た二人の会話が母国語で成立するのって奇跡に近いんだぜ?」
答えるナンス。
「思わず母国語で話しかけてしまうくらいには奇跡さ。」
エルンスト。
なるほど、と感心する三人。

朝食を終えると思い思いの場所へ旅の一同は向かった。
サミュエルはフリードに留守番をさせると里のエルフ達に尋ね回って鎧兜の置き場所に向かった。
倉庫には壊れた農具や使い方の分からない工具などがしまわれていて、一番奥まった所に鎧と兜が雑多に積まれていた。
それぞれ三つほど運び出すと、日差しの元で痛み具合や出来映えを確かめた。
(どうやら細身のエルフには合わない鎧兜のようじゃ。儂のせり出た腹には丁度良いわい。)(・・・今の雑兵の鎧兜とは比べるのが可哀想なくらい上質じゃ。)
(これを手本にウィンストの職人ももっと頑張ってくれんかのう・・・。)
一番しっくりくる物を選び出して大きな布袋に入れると、元通りに使わない鎧と兜を戻した。
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登場人物紹介

サミュエル·ドゥーベ:60代の男性。西の大国、ウィンストを30年以上も統治した元国王。前王(ぜんおう)という肩書を与えられ、王宮で引退生活をしていた。しかし、魔王軍の宣戦を受けて最後の旅に出る。政治的駆け引き、作戦立案、各種の法律等に卓越した知識を持つ。また、徒手格闘、盾と剣を用いた剣術も得意な元気な爺様。好きな食べ物は妻の手料理、嫌いな物は生野菜。猟犬フリードの飼い主でもある。

フリード:5歳の猟犬。戦闘と追跡の訓練を受けている。また、魔族を嗅ぎ分ける事が出来る。性格は大人しく、聞き分けが良い。吠えて返事をするクセがある。

好きな食べ物は鹿の生肉、嫌いな食べ物は生野菜。

メリンダ·ドゥーベ:60代の女性。サミュエルの妻。元々、貴族の3女だったため自らお家騒動から身を引く形で14歳の時に修道院に入った。しかし、野戦病院と化した先の大戦中の修道院で「慈悲深き神」の存在に疑問を抱くように。

そんな中、当時から英雄ともてはやされていたサミュエルに出会い、彼を手当てするうちに恋に落ち、駆け落ち同然で修道院を後にした。優しいが気丈な性格。好きな食べ物は、カテリーナの作るお菓子ならなんでも。嫌いな食べ物は塩辛い料理全般。実は乗馬が得意。

ミカエル·ドゥーベ:30代前半。現役のウィンスト国王。小さい頃から英才教育を受けた、「王になるべくして王に」なった人物。冷静沈着な性格だが、冷血な人物ともとれる。愛情や親切さが無い訳ではなく、単に生真面目なだけである。

好きな食べ物は、甘いお菓子。嫌いな食べ物は塩辛い料理全般(母親に似たようだ)実は鎧を着込んでの馬上槍試合で無敵の強さを誇る、文武両道の人物。

カテリーナ·ドゥーベ:30代前半。ウィンスト隣国、セラームのお姫様(国王の娘)

産まれた時からミカエルと結婚する事が決まっていた。しかし、男女の幼なじみとして親交を深めるうちに、政略結婚と恋愛を兼ねてしまう事になった。

華奢な体格で、小さい頃は病気がちだったが、ミカエルが外に連れ出して遊ぶうちに身体は丈夫になったようだ。

好きな食べ物は、セラームの茶菓子、嫌いな食べ物は生焼けのステーキ。実は刺繍が得意で、いつか個展を開きたいと考えている。

ヒルダ:魔王軍の総大将。人間の寿命に直すと、十代後半の女子。父サンゲルは何者かに暗殺され、母エルザは幼いときサミュエルとの一騎打ちで敗れ殺害された悲運な人物。そのため、サミュエルと人類全体に対して底しれぬ憎悪を抱いている。可憐な外見だが、服装も地味で恋愛には一切興味が無い冷酷非情な人物

好きな食べ物はサソリの唐揚げ、嫌いな食べ物は薬味の効いた料理。火を扱う魔法が得意で小さい頃は母親に対して度々、火を使うイタズラを仕掛けていた

デガータ(メイドのメグ):妖艶な美女だが、性格は生い立ちの事もあり「堅物」そのもの。とにかく真面目で職務最優先である。そのため、冗談や笑い話が通じない。ヒルダを姉として母として支える事が生き甲斐となっているため、自身の事は二の次である。外見の共通点が非常に多いため、どうやら魔王一族の親戚なようだが、詳細は不明。好きな食べ物はビーフジャーキ、嫌いな食べ物は生魚。実は料理全般が得意でプロ級。ヒルダを喜ばせるためではなく、毒薬調合の合間に上達したようだ。

エルンスト:2mちょうどくらいの身長をした巨漢。戦争孤児のため、名字と自分の年齢がわからない(生年月日が不詳)

砂漠の国カラリム帝国出身の20代後半男性。双剣の使い手で大道芸の達人という二面性のある肩書を持つ。

が、本人は至って真面目で動物にも優しい人物。卓越した戦闘能力以外では、動物の解体&皮のなめし、木工や鉄工にも詳しい。これは産まれ住んだ地域が関係しているようだ。

ナンス:20代半ばの(元)盗賊団のリーダー。女性にしてはやや身長が高い。

明るく元気だが、少しマヌケな性格。

面倒見が良く家庭的なため、半ば義賊だった盗賊団で引き取った孤児たちの面倒を良く見ていた。手先と身のこなしはプロの盗人らしく卓越している。

旅のメンツのムードメーカー。

ファルニール:エルフの女性。柔和な印象を与える美女だが、エルフ随一の弓の使い手で鷹のような視力を誇る。

森から出た事があまり無いので、何でもかんでも「自己流&エルフ流」にしてしまう。物言いのハッキリした気の強い人物。実はブルンニルに惚れたのは彼女のほう。恥ずかしいので周囲には伏せているが、彼と家族にはバレている。

ブルンニル:エルフの鍛冶屋&大剣の使い手。ファルニールの旦那さん。温厚な性格で周囲に流されやすい。職人らしくDIY精神の塊で大剣とその留め具に留まらず様々な武器、防具を自作しファルニールと旅に出た。彼女の弓矢も彼の手製である。実は弟が居る。兄弟二人で鍛冶屋を経営しているようだ。

アイヒ:痩身の老人。魔王軍と姫の調整役。かなり以前、前魔王、そしてその妃エルザの補佐も長年、務めていた勤勉な人物。常に冷静で声を荒げたりすることはない。貴族出身で社交の場でも存在感がある人物。休暇はもっぱら執筆にいそしむ生活をしている。近年の著作は、「竜人族における飛竜の運用及び調教方法について」魔王軍士官学校のテキストに採用される予定である。ドライデルとは旧知の仲。


ドライデル:竜人族と竜人で構成された軍のトップ。知恵と経験を重んじる性格で筋違いの推論や的外れな批判などには即座に反論する正義感の強い人物。

普段から本の虫で、知識欲が強い。これはエリート竜人全体的に当てはまる傾向である。休暇は愛用の飛竜の世話や騎乗しての空中散歩をしている。同じ空を飛ぶ鳥人には仲間意識があるようだ。

ルフマン:獣人族の男性。部族社会の彼らにおいて満場一致でリーダーに選ばれた実力と幸運を併せ持つ男。獣人においては小柄な方で昔から頭の回転が早い事を活かしてきたようだ。顔に大きな傷跡がある。喧嘩ばかりする彼ららしいと言えばらしい特徴。彼の故郷には妻と小さい娘が帰りを待っている。今回の戦争は家族を養うためでもあるのだ。

イガール:鳥人族の実質トップの女性。一族で最も速く飛べる翼を持ちよく回る舌と頭脳をした才女。弟のアガムと二人三脚で頂点にのし上がったようだ。奸計や相手の裏をかくのが得意だが、善悪の判断はハッキリしている、喰えない性格

特に実子や所帯は持っておらず、婚期を逃すまいと休暇はそういった活動で忙しいようだ。もっとも、彼女の眼鏡にかなうのは彼女の実の弟くらいの様子。

アガム:鳥人族の男性でイガールの弟。

彼女とは違い、彼は根っからの武闘派で昔から姉を守るべく武芸を磨き、知恵を付けた苦労人。他人を突き放す印象を受ける姉とは違い、柔らかい物腰をした皮肉屋。実質的に実働部隊のリーダーを今回は務めている。

休暇は姉につきあわされて荷物持ちや書類作成の手伝いをさせられている。

もっとも、独りで暇なときはひたすら稽古をしているようだが。

ガモー:屈強なオークの男性。真面目で実直な性格で、普段は無口である。

根っからの軍人気質で、部隊の仲間を大切にし、共に過ごす事に喜びを感じているが、陳情も聞く懐の深さもあるようだ。つんつるてんの魔王軍将校の制服を着ているが、これは彼がオークの中でも特に巨体であるためと、わざわざ特注して作らせる事に煩わしさを感じたため。

スナギ:東の果てにある島国に住む鬼一族の頭領。要は忍者をしている彼らの中でも特に腕が立ち、家柄も優れた人物。

武人らしく竹を割った様な豪胆な性格。机上で作戦を練るのはもちろん、現場で指揮を執るのも得意な戦上手。時々、抜けた発言をするのは常に真面目でふざけることがないせい。

休暇は武具の手入れを妹と一緒にするのが日課だ。

魔王サンゲル:物語開始時点から40年前に何者かに暗殺された。知力に優れた人物で周りの意見も良く聞くため頼りにされていたようだ。エルザとは相思相愛で体育会系の彼女を知恵で支えていた様子

読書が趣味。純文学など難解な本を好んだようだ。

魔王妃エルザ:ヒルダの母親。サミュエルとの一騎打ちで敗れ殺害される。夫の死後、引き継いだ公務で領地を飛び回る生活をしていたが、ヒルダの前では明るく優しい母親だったようだ。魔王一族で並ぶ者が居ない剣豪で、これは彼女の家系が陸軍人トップを代々輩出することと関係している

彼女自身も結婚前は陸軍人だったが、社交界で魔王サンゲルからダンスを申し込まれ快諾した事が運命を決めた

沼地の魔女マルゲッタ:妖艶な雰囲気を漂わす中年女性。

エルフと人間の混血で、非常に高い魔力と長い寿命を持つ。

魔法そのものについての造詣も深い

物腰は柔らかく口調も丁寧だが、自分の意志はハッキリと伝える性格。

これは彼ら魔法使いの辿った歴史が関係している

腰に剣を帯びているが、飾りではなく剣技も得意。

もっとも、人の立ち入らない沼地では枝木の剪定にもっぱら使用するようだ

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