第36話 前王の素顔
文字数 1,427文字
最初に口を開いたのはナンスだった。
「それで、いったい爺さんは何者なんだい?」
腕組みをして聞くナンスにサミュエルは答えた。
「儂か?儂は、そうじゃ、大道芸人じゃ。盾を使ったのう。」
それを聞き、エルンストが思い出し笑いをする。
「そうそう、盗賊を捕まえた事もあったのう。」
「そのとき、手助けしてくれたのがそこに居るファルニール殿とブルンニル殿じゃ。」
「市場の案内役も買って出たかの。どこにでも居る、兵卒のジジイじゃよ。」
「いまさら信じるとお思いですか?」
少し苦笑しながらブルンニルは言った。
一呼吸置いて、サミュエルは話を始めた。
「・・・儂の父親は先々代のウィンスト国王、そして実の息子は現役の国王、ミカエルじゃ。」
「改めて自己紹介させてもらおう。何を隠そう、儂の名はサミュエル・ドゥーベ。30年の間、ウィンストを治めた前王とは、他でもない儂のことじゃ。」
兜を脱ぐと、一同に深々とお辞儀をするサミュエル。
「・・・陛下と呼んだほうがよろしいですの?」
ファルニールが不安そうな顔をして尋ねる。
「いやいや、その呼び方は嫌いでの、町の者はサミュエル前王とか、サミュエル様とか、はたまたサミュエル爺さん、なんて皆、呼ぶのじゃよ。」
「前王であるという証拠は何かございますか?にわかには信じがたい・・・。」
エルンストはサミュエルを切りつけた事もあり、戦々恐々としている。
「ん?そうじゃのう・・・。皆は儂の義理の娘が妊娠しておるのは知っているじゃろう?ミカエル王の妻じゃ。」
頷く一同。
「実は、既に子の名前は決めてあっての、男子ならジョシュア、女子ならレミアじゃ。」
「何を隠そう、儂が付けた名前での、いにしえからのしきたりじゃよ。」
「儂が最後に会った時は、いつ産まれてもおかしくなかったからの、ひょっとしたらそのうち儂の元に、儂に孫が出来たことを知らせる手紙が届くかもしれんの。そのときは皆にも見せよう。」
「・・・じゃが、その様子を見るに皆、早くも合点がいってしまったようじゃのう?」
若干、残念そうに言うサミュエル。
「そりゃあ、ねえ?」
皆に賛同を促すナンス。
一同、黙ったまま頷く。
「しまったのう、王宮に長い間閉じこもり過ぎたかのう。」
うーん、と唸りながら頭を掻くサミュエル。
「まあ、これからもよろしく頼む。ウィンスト前王からのお願いじゃ。」
するとサミュエルは一人一人、握手を求めながら語りかけた。
「エルンスト、儂を傷つけたことは水に流そう。お互い様じゃ。」
「もったいないお言葉です。・・・ですが、未だ受けた痣は痛むんですよね。」
苦笑しながら返事をするエルンスト。
「ナンス、思えば自分から旅の仲間入りをするとは思いもよらん申し出。」
「えっと、実は昔から憧れてたんだ。」
照れくさそうに言うナンス。
「理想の旅路とはとても言えんが、これからもよろしく頼む。」
微笑みかけるサミュエル。
「ファルニール殿、ブルンニル殿、思えばこんな面倒に巻き込んでしまい、本当にすまない。」
申し訳なさそうに言い、頭を下げるサミュエル。
「構いませんわ、里帰りに付き合ってくださいましたし。」
「遅かれ早かれ、沼地の者には察知されてしまったでしょう。」
微笑みながら言う二人。
「すまんの、これからもよろしく頼む。」
クーン・・・。フリードが寂しそうに鳴く。
「おっと、お前を忘れてはいけないな、これからも頼むぞ、フリード。
ワン!と元気に返事をするフリード。