第15話 マードレ

文字数 2,867文字

買い出しから戻ったメグはハーブ茶を調合しそれをカテリーナに与えると、しばらくして落ち着いた表情のままカテリーナは眠りについた。
メリンダはメグにカテリーナの世話を言いつけるとミカエルと共に部屋をあとにし、寝室の前には近衛兵士が二人、見張りに立った。
 半ば見張られている状態に陥ったメグことデガータはため息をつくと、すやすやと眠る若い母親を見つめた。
非常に可憐な女性だ。
出産時に持つかどうか不安になるくらい線が細い。
事前に調べた情報や他のメイド達の噂を聞けば、相当な箱入り娘で運動は苦手、普段から本を読んだり執筆したり、文通ばかりしているそうだ。
あのミカエルとの馴れそめはデガータには想像も付かなかった。
(見合いでの結婚だろうか、そういえば・・・。)
とデガータはヒルダの両親について思い出していた。
 ヒルダの父親、サンゲルは武力よりも知性で名の知れた魔王であった 。
計算しつくされた人間の領土への侵略で功名をあげ、人類軍の英知を結集した作戦や新兵器もことごとくはね除けた稀代の智将であった。
ヒルダの母、エルザはどちらかというと武芸に秀で学問には疎かった。
それもそのはず、エルザの実家は陸軍人将校の家系であった。
二人の馴れそめは社交会でサンゲルがエルザにダンスを申し込んだところから始まったという。
二人とも名の知れた一族の長男・長女で互いに成人し独身であったため、周囲の後押しもあり、トントン拍子に見合い結婚が成立してしまった。
初めはお互いに良く知る暇も与えられなかったという。
(・・・私が覚えているのは、朝早くから書斎で本を読むサンゲル様の姿だ。)
同時に、書斎の大きな窓から良く見渡せる中庭で腕の立つ兵士を相手に剣や乗馬の訓練をするエルザも思い出された。
二人は時折、お互いの姿を見て手を振りあっていた。
端からみても仲の良い夫婦であった。
とある会議で給仕をデガータがしていたときだ。
ある日の国防や軍事戦略、国の懸案事項などを話し合う定例会議で慌ただしくサンゲルは側近から耳打ちを受け、舌打ちをした。
「頼みがある。」
と若き日のデガータを呼び寄せると彼は言ってきた。
「しばらく遠征するのでエルザとお腹の子を頼む、長引くようなら手紙を出す。」
それだけ告げて彼は会議を後にした。
手紙は届くことはなかった。
魔王サンゲルはその日のうちに何者かに暗殺されたのだ。
その後の調査で分かった事は少ない。
サンゲルは背後を見せる事をよしとする何者かに襲われた。
高い生命力を持つ魔王を一刀のもとに倒しているので、相当な手練れの犯行である。
犯人はまんまと逃げおおせているので、側近でなおかつ高い地位を利用した人物だろう。
あとは、こういった事件の例にもれず新聞がゴシップまがいの事をかきたてているのみ。
彼の葬儀は国を挙げて行われた。
犯人の配慮であろうか、棺に収まった魔王は眠っているように安らかな顔をしていた。
棺のそばで崩れ落ち、泣きじゃくるエルザの肩にデガータはそっと手を置いた。
反りの合わないところもあるにはあったが、お互い心の底から愛し合っていたのであろう。
しかし、たった数年の短い夫婦生活であった。
 同じ苦しみを人間達に味あわせる事は簡単にできる。
目の前で眠るカテリーナの命を奪えば良いのだ。
毒を盛ってもいいし、短剣でとどめを刺してもよい。
事故死に見せかけることだってできる。
お腹の子も始末出来ればまさしく一石二鳥である。
しかし、今はその時では無いようだ。
まだ、すぐに怪しまれてしまう。
ただでさえ、一家の信頼を得始めたばかりなのだ。
 幸運なカテリーナを内心羨ましく思いながら、物音を立てぬよう気をつけて寝室のテーブルに目をやった。
(何か重要な情報が見つかるかもしれないな。)
 すると、机の上で書きっぱなしの、お手本のように綺麗な筆記体で書かれた手紙を見つけた。
インクを乾かしている間に彼女の具合が少し悪くなったのだろう、そうデガータは分析した。
カテリーナが記した物で、宛先は隣国セラームのとある住所。
高級住宅街の一角だ。
どうやら、同性の幼なじみに宛てた、たわいのない内容の手紙である。
(今は戦時だと言うのに・・・くだらない。)
そう思いつつもデガータは手紙を読み進めた。
「拝啓、アンヌ様へ。日に日に私のお腹は膨れつつあります。最近、吐き気も酷くなってきました。辛いですが、ミカエルの顔を思い浮かべれば、不思議と耐えられます。許しが出たのでここに記しますが、私の義理のお父様、サミュエル前王が旅に出ました。詳しい行き先は分かりませんが、おそらく魔族への偵察に向かったようだ、とミカエルは話してくれました。無鉄砲なところはミカエルそっくりです。不思議な事に、騎士団長を務めていたころに愛用していた剣では無く、長い間宝物保管庫に眠っていた古めかしい、細身の長剣を携えて行きました。その剣の詳細はミカエルも知らず、詳しい事を知っているのは当時の騎士団員とメリンダ様、そして本人のみだそうです。」
(あの剣だ!)
デガータはハッとした。
あれは特殊な配合の合金製で、エルザの実家にのみ代々伝わるいわゆる宝剣である。
折れず、曲がらず、良く切れ、なおかつ若干の魔力も秘めている。
小国の全財産とほぼ同等の価値があるようだが、人間がその事を知っているとは思えない。
それに魔法を使えるのは魔族と、一部の特異体質の人間とエルフのみである。
デガータは更に読み進める。
「剣と共に、傷だらけの盾と鎧兜、私に良く懐いていたフリードという猟犬も連れて行きました。かわいいフリードは元気に過ごして居るでしょうか。心配です。」
訓練された猟犬は魔族を嗅ぎ分けることが出来る。
正体を見破られる危険性もあったので、この城にもう居ないというのは幸いだった。
しかし奇襲を仕掛けても事前に察知され失敗に終わるだろう、という事は安易に予想できた。
「私は、ミカエルと釣り合っているのでしょうか?気がつくと、そのことばかり気に病んでしまいます。ミカエルは私の事を愛していると言ってくれますし、私がミカエルのことが大好きなのは以前からお伝えしている通りです。そちらはどのような状況でしょうか?アンヌが以前から好きだと言っていた、図書館員のデミトリとはうまく行きそうですか? 敬具 カテリーナ・ドゥーベより」
(これは案外有益かもしれないな。)
とデガータは内心ほくそ笑んでいた。
 誰しも肉親や親密な関係の友人には心を開き、あれこれ話してしまう。
特に手紙や、寝室での会話、密会の模様などは重要度の高い情報が得られる。
本人たちは誰にも読まれて居ない、知られていないと自然に思い込んでしまうためだ。
しかも、侍女は影ながら仕えるので上流階級の人間にとっては壁紙同然の存在である。
手紙を読む限り、カテリーナは気弱で繊細な性格のようだ。
メグが彼女を案ずるフリをし、代理で手紙の投函を申し出れば難なく盗み読めるだろう。
元通りに手紙をそっと置き、デガータことメグはカテリーナが目覚めるのを、ベッド脇でじっと待つことにした。
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登場人物紹介

サミュエル·ドゥーベ:60代の男性。西の大国、ウィンストを30年以上も統治した元国王。前王(ぜんおう)という肩書を与えられ、王宮で引退生活をしていた。しかし、魔王軍の宣戦を受けて最後の旅に出る。政治的駆け引き、作戦立案、各種の法律等に卓越した知識を持つ。また、徒手格闘、盾と剣を用いた剣術も得意な元気な爺様。好きな食べ物は妻の手料理、嫌いな物は生野菜。猟犬フリードの飼い主でもある。

フリード:5歳の猟犬。戦闘と追跡の訓練を受けている。また、魔族を嗅ぎ分ける事が出来る。性格は大人しく、聞き分けが良い。吠えて返事をするクセがある。

好きな食べ物は鹿の生肉、嫌いな食べ物は生野菜。

メリンダ·ドゥーベ:60代の女性。サミュエルの妻。元々、貴族の3女だったため自らお家騒動から身を引く形で14歳の時に修道院に入った。しかし、野戦病院と化した先の大戦中の修道院で「慈悲深き神」の存在に疑問を抱くように。

そんな中、当時から英雄ともてはやされていたサミュエルに出会い、彼を手当てするうちに恋に落ち、駆け落ち同然で修道院を後にした。優しいが気丈な性格。好きな食べ物は、カテリーナの作るお菓子ならなんでも。嫌いな食べ物は塩辛い料理全般。実は乗馬が得意。

ミカエル·ドゥーベ:30代前半。現役のウィンスト国王。小さい頃から英才教育を受けた、「王になるべくして王に」なった人物。冷静沈着な性格だが、冷血な人物ともとれる。愛情や親切さが無い訳ではなく、単に生真面目なだけである。

好きな食べ物は、甘いお菓子。嫌いな食べ物は塩辛い料理全般(母親に似たようだ)実は鎧を着込んでの馬上槍試合で無敵の強さを誇る、文武両道の人物。

カテリーナ·ドゥーベ:30代前半。ウィンスト隣国、セラームのお姫様(国王の娘)

産まれた時からミカエルと結婚する事が決まっていた。しかし、男女の幼なじみとして親交を深めるうちに、政略結婚と恋愛を兼ねてしまう事になった。

華奢な体格で、小さい頃は病気がちだったが、ミカエルが外に連れ出して遊ぶうちに身体は丈夫になったようだ。

好きな食べ物は、セラームの茶菓子、嫌いな食べ物は生焼けのステーキ。実は刺繍が得意で、いつか個展を開きたいと考えている。

ヒルダ:魔王軍の総大将。人間の寿命に直すと、十代後半の女子。父サンゲルは何者かに暗殺され、母エルザは幼いときサミュエルとの一騎打ちで敗れ殺害された悲運な人物。そのため、サミュエルと人類全体に対して底しれぬ憎悪を抱いている。可憐な外見だが、服装も地味で恋愛には一切興味が無い冷酷非情な人物

好きな食べ物はサソリの唐揚げ、嫌いな食べ物は薬味の効いた料理。火を扱う魔法が得意で小さい頃は母親に対して度々、火を使うイタズラを仕掛けていた

デガータ(メイドのメグ):妖艶な美女だが、性格は生い立ちの事もあり「堅物」そのもの。とにかく真面目で職務最優先である。そのため、冗談や笑い話が通じない。ヒルダを姉として母として支える事が生き甲斐となっているため、自身の事は二の次である。外見の共通点が非常に多いため、どうやら魔王一族の親戚なようだが、詳細は不明。好きな食べ物はビーフジャーキ、嫌いな食べ物は生魚。実は料理全般が得意でプロ級。ヒルダを喜ばせるためではなく、毒薬調合の合間に上達したようだ。

エルンスト:2mちょうどくらいの身長をした巨漢。戦争孤児のため、名字と自分の年齢がわからない(生年月日が不詳)

砂漠の国カラリム帝国出身の20代後半男性。双剣の使い手で大道芸の達人という二面性のある肩書を持つ。

が、本人は至って真面目で動物にも優しい人物。卓越した戦闘能力以外では、動物の解体&皮のなめし、木工や鉄工にも詳しい。これは産まれ住んだ地域が関係しているようだ。

ナンス:20代半ばの(元)盗賊団のリーダー。女性にしてはやや身長が高い。

明るく元気だが、少しマヌケな性格。

面倒見が良く家庭的なため、半ば義賊だった盗賊団で引き取った孤児たちの面倒を良く見ていた。手先と身のこなしはプロの盗人らしく卓越している。

旅のメンツのムードメーカー。

ファルニール:エルフの女性。柔和な印象を与える美女だが、エルフ随一の弓の使い手で鷹のような視力を誇る。

森から出た事があまり無いので、何でもかんでも「自己流&エルフ流」にしてしまう。物言いのハッキリした気の強い人物。実はブルンニルに惚れたのは彼女のほう。恥ずかしいので周囲には伏せているが、彼と家族にはバレている。

ブルンニル:エルフの鍛冶屋&大剣の使い手。ファルニールの旦那さん。温厚な性格で周囲に流されやすい。職人らしくDIY精神の塊で大剣とその留め具に留まらず様々な武器、防具を自作しファルニールと旅に出た。彼女の弓矢も彼の手製である。実は弟が居る。兄弟二人で鍛冶屋を経営しているようだ。

アイヒ:痩身の老人。魔王軍と姫の調整役。かなり以前、前魔王、そしてその妃エルザの補佐も長年、務めていた勤勉な人物。常に冷静で声を荒げたりすることはない。貴族出身で社交の場でも存在感がある人物。休暇はもっぱら執筆にいそしむ生活をしている。近年の著作は、「竜人族における飛竜の運用及び調教方法について」魔王軍士官学校のテキストに採用される予定である。ドライデルとは旧知の仲。


ドライデル:竜人族と竜人で構成された軍のトップ。知恵と経験を重んじる性格で筋違いの推論や的外れな批判などには即座に反論する正義感の強い人物。

普段から本の虫で、知識欲が強い。これはエリート竜人全体的に当てはまる傾向である。休暇は愛用の飛竜の世話や騎乗しての空中散歩をしている。同じ空を飛ぶ鳥人には仲間意識があるようだ。

ルフマン:獣人族の男性。部族社会の彼らにおいて満場一致でリーダーに選ばれた実力と幸運を併せ持つ男。獣人においては小柄な方で昔から頭の回転が早い事を活かしてきたようだ。顔に大きな傷跡がある。喧嘩ばかりする彼ららしいと言えばらしい特徴。彼の故郷には妻と小さい娘が帰りを待っている。今回の戦争は家族を養うためでもあるのだ。

イガール:鳥人族の実質トップの女性。一族で最も速く飛べる翼を持ちよく回る舌と頭脳をした才女。弟のアガムと二人三脚で頂点にのし上がったようだ。奸計や相手の裏をかくのが得意だが、善悪の判断はハッキリしている、喰えない性格

特に実子や所帯は持っておらず、婚期を逃すまいと休暇はそういった活動で忙しいようだ。もっとも、彼女の眼鏡にかなうのは彼女の実の弟くらいの様子。

アガム:鳥人族の男性でイガールの弟。

彼女とは違い、彼は根っからの武闘派で昔から姉を守るべく武芸を磨き、知恵を付けた苦労人。他人を突き放す印象を受ける姉とは違い、柔らかい物腰をした皮肉屋。実質的に実働部隊のリーダーを今回は務めている。

休暇は姉につきあわされて荷物持ちや書類作成の手伝いをさせられている。

もっとも、独りで暇なときはひたすら稽古をしているようだが。

ガモー:屈強なオークの男性。真面目で実直な性格で、普段は無口である。

根っからの軍人気質で、部隊の仲間を大切にし、共に過ごす事に喜びを感じているが、陳情も聞く懐の深さもあるようだ。つんつるてんの魔王軍将校の制服を着ているが、これは彼がオークの中でも特に巨体であるためと、わざわざ特注して作らせる事に煩わしさを感じたため。

スナギ:東の果てにある島国に住む鬼一族の頭領。要は忍者をしている彼らの中でも特に腕が立ち、家柄も優れた人物。

武人らしく竹を割った様な豪胆な性格。机上で作戦を練るのはもちろん、現場で指揮を執るのも得意な戦上手。時々、抜けた発言をするのは常に真面目でふざけることがないせい。

休暇は武具の手入れを妹と一緒にするのが日課だ。

魔王サンゲル:物語開始時点から40年前に何者かに暗殺された。知力に優れた人物で周りの意見も良く聞くため頼りにされていたようだ。エルザとは相思相愛で体育会系の彼女を知恵で支えていた様子

読書が趣味。純文学など難解な本を好んだようだ。

魔王妃エルザ:ヒルダの母親。サミュエルとの一騎打ちで敗れ殺害される。夫の死後、引き継いだ公務で領地を飛び回る生活をしていたが、ヒルダの前では明るく優しい母親だったようだ。魔王一族で並ぶ者が居ない剣豪で、これは彼女の家系が陸軍人トップを代々輩出することと関係している

彼女自身も結婚前は陸軍人だったが、社交界で魔王サンゲルからダンスを申し込まれ快諾した事が運命を決めた

沼地の魔女マルゲッタ:妖艶な雰囲気を漂わす中年女性。

エルフと人間の混血で、非常に高い魔力と長い寿命を持つ。

魔法そのものについての造詣も深い

物腰は柔らかく口調も丁寧だが、自分の意志はハッキリと伝える性格。

これは彼ら魔法使いの辿った歴史が関係している

腰に剣を帯びているが、飾りではなく剣技も得意。

もっとも、人の立ち入らない沼地では枝木の剪定にもっぱら使用するようだ

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