第25話 諸行無常

文字数 1,633文字

「・・・全く、面白くねえぜ。」
アガムの側でルフマンは吐き捨てた。
背中に大きな弓矢を背負い、鞘に収まった幅広の長剣を杖にしている。
「・・・だろうね、姉も同じ心境だろう。」
やれやれと溜息をつきながらアガムは返した。
二人は沿岸の切り立った崖に立ち、遥か遠方を見つめていた。
魔王城がある方角である。
見下ろすとおびただしい数の帆船が縦横に並んでいる。
遠くに沈む夕日はなおも怪しく赤い光を彼ら二人に投げかけている。
「それで、今後はどうする?」
アガムはルフマンに尋ねた。
「まだだ、まだその時ではねえぜ。」
首を横に振りながら告げる狼男。
「だが、機会が有れば確実に実行する、と姉貴に伝えな。」
「了承したよ、君の軍勢はどうだい?」
続けて尋ねるアガム。
「・・・話の分かる連中だけ連れて行く、その数は10万。」
10万、という数字を聞いて安心し、ホッとため息をつくアガム。
「でも、残りの軍勢5万はどうするんだい?」
尋ねるアガムに、
「ケッ、置き土産にくれてやるさ、どのみちもう潮時だ。」
まっすぐ前を向きながら悪態をつくルフマン。
・・・突然、風向きが追い風に変わった。
その風を背中に受け、「さて、では行くよ。」
とアガム。
ルフマンが頷くと、助走を付けて崖からアガムは飛び立った。
まっすぐ魔王城の方角に飛んでいくアガムを見送ると、剣を握り締めてルフマンは自分の陣地へ戻った。」

「・・・何?兵と共に出立いたすのか?」
鎧を着込んだスナギは愛刀を片手にルフマンに尋ねた。
背後では魔王軍の兵士達が続々と軍艦に乗り込んでいる。
全員、隙の無い重武装だ。
「・・・すまねえな、実は別の任務を任されちまったんだ。」
務めて申し訳なさそうに頭を掻くルフマン。
「お詫びといったらなんだが、5万の兵士は置いていく。」
疑念を抱くスナギを真っ直ぐに見つめると付け加えた。
「そいつらにはちゃんと砲撃の訓練も積ませてある、俺抜きでもやれるさ。」
尚も怪訝な表情のスナギ。
それを見てガモーは言う。
「俺たち魔人にも似たような経験はあるさ、命令にはきちんと従わないとならない。」
スナギの肩を叩きながら尚も続ける。
「さもないと軍隊として機能を果たせなくなるからな。」
頷くルフマン。
「・・・仮に作戦成功が危うくなった場合、確かに踵を返してくださるのか?」
顎に手をやると念を押すスナギ。
「ああ、だが、これほど綿密な作戦だし敵も油断してると来てる。」
言い終えると彼は笑顔で二人を指さした。
「それによ、お前ら二人が居るじゃねえか。」
笑いかけるルフマン。
するとどこからともなく三人の元に、アガムが降り立つ。
「時間だよ、お三方。」
珍しく彼は息を切らしている。
「・・・だそうだ。じゃ、気を付けてな。」
スナギはお辞儀をすると、ガモーと共にその場を離れ、軍艦の一つに乗り込んだ。
その姿を見送ると、アガムはルフマンに話しかける。
「・・・上手く丸め込んだみたいだね。」
しかし、狼男の表情は険しい。
「いいや、連中も半信半疑だろ、そこまでおめでたい奴らじゃねえ。」
軍艦とは逆の方向へ歩みを進める二人。
「5万置いていく、と言われたから納得したのさ。」
その言葉を聞き、合点がいった様子のアガム。
「・・・素早くやるぞ。」
それを聞き頷くと、アガムは飛び立った。

北の港近く。
重武装した10万の獣人たちが小隊単位で野営している。
全員武器を手にしたまま思い思いに過ごして居る。
どうやら待機命令中のようだ。
遠くから歩みよるルフマンの姿を見て、彼との距離が近い小隊は慌てて立ち上がって礼をする。
すると、顔と身体中が傷だらけでルフマンよりも体格の良い獣人の将校が野営地であるテントから出て、ルフマンの元に歩いて行く。
「・・・おお、どうだ?すぐ出発できそうか?」
声が届く範囲に入るなり、その狼男に叫んで尋ねるルフマン。
「待機中だ兄貴、いつでもいけるぜ。」
その獣人は答えた。
それを聞いてルフマンは満足そうに笑顔で叫んだ。
「・・・野郎どもに荷物を持てと伝えろ、出発だ!ウットランドを捻り潰すぞ!」
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登場人物紹介

サミュエル·ドゥーベ:60代の男性。西の大国、ウィンストを30年以上も統治した元国王。前王(ぜんおう)という肩書を与えられ、王宮で引退生活をしていた。しかし、魔王軍の宣戦を受けて最後の旅に出る。政治的駆け引き、作戦立案、各種の法律等に卓越した知識を持つ。また、徒手格闘、盾と剣を用いた剣術も得意な元気な爺様。好きな食べ物は妻の手料理、嫌いな物は生野菜。猟犬フリードの飼い主でもある。

フリード:5歳の猟犬。戦闘と追跡の訓練を受けている。また、魔族を嗅ぎ分ける事が出来る。性格は大人しく、聞き分けが良い。吠えて返事をするクセがある。

好きな食べ物は鹿の生肉、嫌いな食べ物は生野菜。

メリンダ·ドゥーベ:60代の女性。サミュエルの妻。元々、貴族の3女だったため自らお家騒動から身を引く形で14歳の時に修道院に入った。しかし、野戦病院と化した先の大戦中の修道院で「慈悲深き神」の存在に疑問を抱くように。

そんな中、当時から英雄ともてはやされていたサミュエルに出会い、彼を手当てするうちに恋に落ち、駆け落ち同然で修道院を後にした。優しいが気丈な性格。好きな食べ物は、カテリーナの作るお菓子ならなんでも。嫌いな食べ物は塩辛い料理全般。実は乗馬が得意。

ミカエル·ドゥーベ:30代前半。現役のウィンスト国王。小さい頃から英才教育を受けた、「王になるべくして王に」なった人物。冷静沈着な性格だが、冷血な人物ともとれる。愛情や親切さが無い訳ではなく、単に生真面目なだけである。

好きな食べ物は、甘いお菓子。嫌いな食べ物は塩辛い料理全般(母親に似たようだ)実は鎧を着込んでの馬上槍試合で無敵の強さを誇る、文武両道の人物。

カテリーナ·ドゥーベ:30代前半。ウィンスト隣国、セラームのお姫様(国王の娘)

産まれた時からミカエルと結婚する事が決まっていた。しかし、男女の幼なじみとして親交を深めるうちに、政略結婚と恋愛を兼ねてしまう事になった。

華奢な体格で、小さい頃は病気がちだったが、ミカエルが外に連れ出して遊ぶうちに身体は丈夫になったようだ。

好きな食べ物は、セラームの茶菓子、嫌いな食べ物は生焼けのステーキ。実は刺繍が得意で、いつか個展を開きたいと考えている。

ヒルダ:魔王軍の総大将。人間の寿命に直すと、十代後半の女子。父サンゲルは何者かに暗殺され、母エルザは幼いときサミュエルとの一騎打ちで敗れ殺害された悲運な人物。そのため、サミュエルと人類全体に対して底しれぬ憎悪を抱いている。可憐な外見だが、服装も地味で恋愛には一切興味が無い冷酷非情な人物

好きな食べ物はサソリの唐揚げ、嫌いな食べ物は薬味の効いた料理。火を扱う魔法が得意で小さい頃は母親に対して度々、火を使うイタズラを仕掛けていた

デガータ(メイドのメグ):妖艶な美女だが、性格は生い立ちの事もあり「堅物」そのもの。とにかく真面目で職務最優先である。そのため、冗談や笑い話が通じない。ヒルダを姉として母として支える事が生き甲斐となっているため、自身の事は二の次である。外見の共通点が非常に多いため、どうやら魔王一族の親戚なようだが、詳細は不明。好きな食べ物はビーフジャーキ、嫌いな食べ物は生魚。実は料理全般が得意でプロ級。ヒルダを喜ばせるためではなく、毒薬調合の合間に上達したようだ。

エルンスト:2mちょうどくらいの身長をした巨漢。戦争孤児のため、名字と自分の年齢がわからない(生年月日が不詳)

砂漠の国カラリム帝国出身の20代後半男性。双剣の使い手で大道芸の達人という二面性のある肩書を持つ。

が、本人は至って真面目で動物にも優しい人物。卓越した戦闘能力以外では、動物の解体&皮のなめし、木工や鉄工にも詳しい。これは産まれ住んだ地域が関係しているようだ。

ナンス:20代半ばの(元)盗賊団のリーダー。女性にしてはやや身長が高い。

明るく元気だが、少しマヌケな性格。

面倒見が良く家庭的なため、半ば義賊だった盗賊団で引き取った孤児たちの面倒を良く見ていた。手先と身のこなしはプロの盗人らしく卓越している。

旅のメンツのムードメーカー。

ファルニール:エルフの女性。柔和な印象を与える美女だが、エルフ随一の弓の使い手で鷹のような視力を誇る。

森から出た事があまり無いので、何でもかんでも「自己流&エルフ流」にしてしまう。物言いのハッキリした気の強い人物。実はブルンニルに惚れたのは彼女のほう。恥ずかしいので周囲には伏せているが、彼と家族にはバレている。

ブルンニル:エルフの鍛冶屋&大剣の使い手。ファルニールの旦那さん。温厚な性格で周囲に流されやすい。職人らしくDIY精神の塊で大剣とその留め具に留まらず様々な武器、防具を自作しファルニールと旅に出た。彼女の弓矢も彼の手製である。実は弟が居る。兄弟二人で鍛冶屋を経営しているようだ。

アイヒ:痩身の老人。魔王軍と姫の調整役。かなり以前、前魔王、そしてその妃エルザの補佐も長年、務めていた勤勉な人物。常に冷静で声を荒げたりすることはない。貴族出身で社交の場でも存在感がある人物。休暇はもっぱら執筆にいそしむ生活をしている。近年の著作は、「竜人族における飛竜の運用及び調教方法について」魔王軍士官学校のテキストに採用される予定である。ドライデルとは旧知の仲。


ドライデル:竜人族と竜人で構成された軍のトップ。知恵と経験を重んじる性格で筋違いの推論や的外れな批判などには即座に反論する正義感の強い人物。

普段から本の虫で、知識欲が強い。これはエリート竜人全体的に当てはまる傾向である。休暇は愛用の飛竜の世話や騎乗しての空中散歩をしている。同じ空を飛ぶ鳥人には仲間意識があるようだ。

ルフマン:獣人族の男性。部族社会の彼らにおいて満場一致でリーダーに選ばれた実力と幸運を併せ持つ男。獣人においては小柄な方で昔から頭の回転が早い事を活かしてきたようだ。顔に大きな傷跡がある。喧嘩ばかりする彼ららしいと言えばらしい特徴。彼の故郷には妻と小さい娘が帰りを待っている。今回の戦争は家族を養うためでもあるのだ。

イガール:鳥人族の実質トップの女性。一族で最も速く飛べる翼を持ちよく回る舌と頭脳をした才女。弟のアガムと二人三脚で頂点にのし上がったようだ。奸計や相手の裏をかくのが得意だが、善悪の判断はハッキリしている、喰えない性格

特に実子や所帯は持っておらず、婚期を逃すまいと休暇はそういった活動で忙しいようだ。もっとも、彼女の眼鏡にかなうのは彼女の実の弟くらいの様子。

アガム:鳥人族の男性でイガールの弟。

彼女とは違い、彼は根っからの武闘派で昔から姉を守るべく武芸を磨き、知恵を付けた苦労人。他人を突き放す印象を受ける姉とは違い、柔らかい物腰をした皮肉屋。実質的に実働部隊のリーダーを今回は務めている。

休暇は姉につきあわされて荷物持ちや書類作成の手伝いをさせられている。

もっとも、独りで暇なときはひたすら稽古をしているようだが。

ガモー:屈強なオークの男性。真面目で実直な性格で、普段は無口である。

根っからの軍人気質で、部隊の仲間を大切にし、共に過ごす事に喜びを感じているが、陳情も聞く懐の深さもあるようだ。つんつるてんの魔王軍将校の制服を着ているが、これは彼がオークの中でも特に巨体であるためと、わざわざ特注して作らせる事に煩わしさを感じたため。

スナギ:東の果てにある島国に住む鬼一族の頭領。要は忍者をしている彼らの中でも特に腕が立ち、家柄も優れた人物。

武人らしく竹を割った様な豪胆な性格。机上で作戦を練るのはもちろん、現場で指揮を執るのも得意な戦上手。時々、抜けた発言をするのは常に真面目でふざけることがないせい。

休暇は武具の手入れを妹と一緒にするのが日課だ。

魔王サンゲル:物語開始時点から40年前に何者かに暗殺された。知力に優れた人物で周りの意見も良く聞くため頼りにされていたようだ。エルザとは相思相愛で体育会系の彼女を知恵で支えていた様子

読書が趣味。純文学など難解な本を好んだようだ。

魔王妃エルザ:ヒルダの母親。サミュエルとの一騎打ちで敗れ殺害される。夫の死後、引き継いだ公務で領地を飛び回る生活をしていたが、ヒルダの前では明るく優しい母親だったようだ。魔王一族で並ぶ者が居ない剣豪で、これは彼女の家系が陸軍人トップを代々輩出することと関係している

彼女自身も結婚前は陸軍人だったが、社交界で魔王サンゲルからダンスを申し込まれ快諾した事が運命を決めた

沼地の魔女マルゲッタ:妖艶な雰囲気を漂わす中年女性。

エルフと人間の混血で、非常に高い魔力と長い寿命を持つ。

魔法そのものについての造詣も深い

物腰は柔らかく口調も丁寧だが、自分の意志はハッキリと伝える性格。

これは彼ら魔法使いの辿った歴史が関係している

腰に剣を帯びているが、飾りではなく剣技も得意。

もっとも、人の立ち入らない沼地では枝木の剪定にもっぱら使用するようだ

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