第27話 シンキング・タイム

文字数 1,974文字

城の屋上で風に当たりながら、イガールは遠くを見つめている。
すると、視線の方向から鳥人族の一人が現れた。
向こうもイガールに気がついた様子で速度を落としながら柔らかく屋上に着地した。
「良く来たね、首尾はどうだい?」
イガールは弟に尋ねる。
「侵攻作戦はもう間もなく、といったところさ。」
飛んでいる最中に服に着いた埃を払いながらアガムが言う。
「・・・ところで姉さん、ルフマンから直接聞いたよ。」
払いのける手を止めると姉に向き直って弟が告げた。
「どうだって?」
イガールは不安げに尋ねると弟アガムは答えた。
「確実に10万用意出来るそうだ。」
微笑みながら語るアガム。
「残りの5万は置き土産にするそうだよ。」
「多少は姫様に花を持たせようって魂胆かい、まったくキザなアイツらしいねえ。」
笑いながら言うイガール。
「それで、何か良い提案はあるかい?」
弟は姉にやんわりと尋ねる。
「あるにはある、だけど慎重かつ素早く実行しないとねえ。」
愛用の扇を打ち鳴らしながら笑顔を浮かべるイガール。
「やれるかい?」
打ち鳴らす手が止まる。
「もちろん。」
すかさず頷くアガム。
「口頭で説明するのは難しいから図面と文書にしたよ。」
紙束をアガムに差し出すイガール。
「見ても?」
アガムが尋ねるとイガールはゆっくりと頷いた。
紙を広げるアガム。
時折目を大きく見開きながら、内容を確認する。
「凄い、流石姉さんだ。」
紙を再び丸めながら笑顔で言うアガム。
それを受け満足そうに頷くイガール。
「早速、届けに行くよ、あの堅物二人ならなんとか丸め込めるだろう。」
紙束を懐にしまい、静かに言うアガム。
「気をつけるんだよ、逃げ道は塞がってるんだから。」
心底、心配そうに忠告するイガールに、
「なに、飛んで逃げればいいさ。」
弟は静かに答えた。

「ん?入りたまえ。」
扉のノックの音に答えるドライデル。
城からあてがわれた彼の部屋には分厚い書物が収まった本棚がいくつも並んでいる。
その中心に置かれた小さな机と椅子に座り、彼は書物を記している。
扉が開くと手を止めた。
「おお、君か。」
視線の先に、彼と同じ竜人族の女性が立っていた。
魔王軍将校の軍服を着ている。
「報告いたします。」
「聞こう。」
女性の言葉に静かに答えるドライデル。
「確かに当時、彼が裏で動いていたようです、証拠を掴みました。」
「物的な物なんだろうな?」
静かに尋ねるドライデルに、大きく頷く女性将校。
「見せてみろ。」
女性は折りたたまれた大きな紙と、やや小さな紙を広げてドライデルに差し出した。
2枚の紙を机の上で広げると、その内容を確認するドライデル。
「当時の警護部隊の配置図と巡回ルートか・・・。」
大きな紙を見ながら静かに呟くドライデル。
「小さい方の紙は、当時彼が記したメモです。」
比較対象のその人物の署名を差し出す。
「筆跡は完全に一致しております。」
メモに目を通すと驚きながら言うドライデル。
「・・・どうしてこんな物を彼は残しておいたんだ!?」
語気を荒くし、誰に尋ねるでもなく大声で叫ぶ。
「さあ、私にそこまでは分かりかねます、申し訳ございません。」
表情を曇らせながら陳謝する女性将校。
「直接問いただすしかないという訳か・・・。」
苦々しく呟くドライデル。
女性将校の表情はなおも暗い。
「君の腕を見込んで頼みたい。」
虚空を見つめながらしばらく考えた後、ドライデルは言う。
「もし、私の身に何かあった時の為にもこれらの証拠はすべて君に預ける。」
「・・・公表されないのですか!?」
驚いた女性将校は慌てて尋ねた。
「するだけ無駄だ、君も彼の事は良く知っているだろう?」
書面を綺麗に折りたたみながら言うドライデル。
「ですが陛下・・・。」
悲しい目をしながら訴えかける女性将校。
それを見て励ますように微笑むドライデル。
「君にとって、仕えるべき相手は私ではない、あくまでヒルダ様だ。」
「その軍服に袖を通した、その時から。」
ドライデルは女性将校に折りたたんだ書類を手渡すと、ゆっくりとそう語った。
「・・・そう、そうですね、心得ております。」
手渡された書類を見つめながら、女性将校は呟いた。
「そこまで気を落とすな。」
笑顔を見せるドライデル。
「真実を信じて突き進んでいれば、必ず正義は果たされる。」
かつての教え子にやさしく語り掛ける。
「いつまでも彼の好きなようにはさせん。」
力強く語るドライデル。
それを受け女性将校の表情は再び引き締まる。
「はい、承知いたしました。」
「それと、くれぐれもこの件は内密にな、証拠を渡す相手を間違えないように。」
「了解いたしました。」
力強い女性将校の返事を聞き、微笑むドライデル。
「では、下がってよろしい。」
静かに部屋を後にする女性将校。
それを見送ると、机の引き出しの中から短剣を取り出すドライデル。
鞘から刀身を抜き、切っ先と刃先の鋭さを確認すると、再び引き出しの中へと戻した。
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登場人物紹介

サミュエル·ドゥーベ:60代の男性。西の大国、ウィンストを30年以上も統治した元国王。前王(ぜんおう)という肩書を与えられ、王宮で引退生活をしていた。しかし、魔王軍の宣戦を受けて最後の旅に出る。政治的駆け引き、作戦立案、各種の法律等に卓越した知識を持つ。また、徒手格闘、盾と剣を用いた剣術も得意な元気な爺様。好きな食べ物は妻の手料理、嫌いな物は生野菜。猟犬フリードの飼い主でもある。

フリード:5歳の猟犬。戦闘と追跡の訓練を受けている。また、魔族を嗅ぎ分ける事が出来る。性格は大人しく、聞き分けが良い。吠えて返事をするクセがある。

好きな食べ物は鹿の生肉、嫌いな食べ物は生野菜。

メリンダ·ドゥーベ:60代の女性。サミュエルの妻。元々、貴族の3女だったため自らお家騒動から身を引く形で14歳の時に修道院に入った。しかし、野戦病院と化した先の大戦中の修道院で「慈悲深き神」の存在に疑問を抱くように。

そんな中、当時から英雄ともてはやされていたサミュエルに出会い、彼を手当てするうちに恋に落ち、駆け落ち同然で修道院を後にした。優しいが気丈な性格。好きな食べ物は、カテリーナの作るお菓子ならなんでも。嫌いな食べ物は塩辛い料理全般。実は乗馬が得意。

ミカエル·ドゥーベ:30代前半。現役のウィンスト国王。小さい頃から英才教育を受けた、「王になるべくして王に」なった人物。冷静沈着な性格だが、冷血な人物ともとれる。愛情や親切さが無い訳ではなく、単に生真面目なだけである。

好きな食べ物は、甘いお菓子。嫌いな食べ物は塩辛い料理全般(母親に似たようだ)実は鎧を着込んでの馬上槍試合で無敵の強さを誇る、文武両道の人物。

カテリーナ·ドゥーベ:30代前半。ウィンスト隣国、セラームのお姫様(国王の娘)

産まれた時からミカエルと結婚する事が決まっていた。しかし、男女の幼なじみとして親交を深めるうちに、政略結婚と恋愛を兼ねてしまう事になった。

華奢な体格で、小さい頃は病気がちだったが、ミカエルが外に連れ出して遊ぶうちに身体は丈夫になったようだ。

好きな食べ物は、セラームの茶菓子、嫌いな食べ物は生焼けのステーキ。実は刺繍が得意で、いつか個展を開きたいと考えている。

ヒルダ:魔王軍の総大将。人間の寿命に直すと、十代後半の女子。父サンゲルは何者かに暗殺され、母エルザは幼いときサミュエルとの一騎打ちで敗れ殺害された悲運な人物。そのため、サミュエルと人類全体に対して底しれぬ憎悪を抱いている。可憐な外見だが、服装も地味で恋愛には一切興味が無い冷酷非情な人物

好きな食べ物はサソリの唐揚げ、嫌いな食べ物は薬味の効いた料理。火を扱う魔法が得意で小さい頃は母親に対して度々、火を使うイタズラを仕掛けていた

デガータ(メイドのメグ):妖艶な美女だが、性格は生い立ちの事もあり「堅物」そのもの。とにかく真面目で職務最優先である。そのため、冗談や笑い話が通じない。ヒルダを姉として母として支える事が生き甲斐となっているため、自身の事は二の次である。外見の共通点が非常に多いため、どうやら魔王一族の親戚なようだが、詳細は不明。好きな食べ物はビーフジャーキ、嫌いな食べ物は生魚。実は料理全般が得意でプロ級。ヒルダを喜ばせるためではなく、毒薬調合の合間に上達したようだ。

エルンスト:2mちょうどくらいの身長をした巨漢。戦争孤児のため、名字と自分の年齢がわからない(生年月日が不詳)

砂漠の国カラリム帝国出身の20代後半男性。双剣の使い手で大道芸の達人という二面性のある肩書を持つ。

が、本人は至って真面目で動物にも優しい人物。卓越した戦闘能力以外では、動物の解体&皮のなめし、木工や鉄工にも詳しい。これは産まれ住んだ地域が関係しているようだ。

ナンス:20代半ばの(元)盗賊団のリーダー。女性にしてはやや身長が高い。

明るく元気だが、少しマヌケな性格。

面倒見が良く家庭的なため、半ば義賊だった盗賊団で引き取った孤児たちの面倒を良く見ていた。手先と身のこなしはプロの盗人らしく卓越している。

旅のメンツのムードメーカー。

ファルニール:エルフの女性。柔和な印象を与える美女だが、エルフ随一の弓の使い手で鷹のような視力を誇る。

森から出た事があまり無いので、何でもかんでも「自己流&エルフ流」にしてしまう。物言いのハッキリした気の強い人物。実はブルンニルに惚れたのは彼女のほう。恥ずかしいので周囲には伏せているが、彼と家族にはバレている。

ブルンニル:エルフの鍛冶屋&大剣の使い手。ファルニールの旦那さん。温厚な性格で周囲に流されやすい。職人らしくDIY精神の塊で大剣とその留め具に留まらず様々な武器、防具を自作しファルニールと旅に出た。彼女の弓矢も彼の手製である。実は弟が居る。兄弟二人で鍛冶屋を経営しているようだ。

アイヒ:痩身の老人。魔王軍と姫の調整役。かなり以前、前魔王、そしてその妃エルザの補佐も長年、務めていた勤勉な人物。常に冷静で声を荒げたりすることはない。貴族出身で社交の場でも存在感がある人物。休暇はもっぱら執筆にいそしむ生活をしている。近年の著作は、「竜人族における飛竜の運用及び調教方法について」魔王軍士官学校のテキストに採用される予定である。ドライデルとは旧知の仲。


ドライデル:竜人族と竜人で構成された軍のトップ。知恵と経験を重んじる性格で筋違いの推論や的外れな批判などには即座に反論する正義感の強い人物。

普段から本の虫で、知識欲が強い。これはエリート竜人全体的に当てはまる傾向である。休暇は愛用の飛竜の世話や騎乗しての空中散歩をしている。同じ空を飛ぶ鳥人には仲間意識があるようだ。

ルフマン:獣人族の男性。部族社会の彼らにおいて満場一致でリーダーに選ばれた実力と幸運を併せ持つ男。獣人においては小柄な方で昔から頭の回転が早い事を活かしてきたようだ。顔に大きな傷跡がある。喧嘩ばかりする彼ららしいと言えばらしい特徴。彼の故郷には妻と小さい娘が帰りを待っている。今回の戦争は家族を養うためでもあるのだ。

イガール:鳥人族の実質トップの女性。一族で最も速く飛べる翼を持ちよく回る舌と頭脳をした才女。弟のアガムと二人三脚で頂点にのし上がったようだ。奸計や相手の裏をかくのが得意だが、善悪の判断はハッキリしている、喰えない性格

特に実子や所帯は持っておらず、婚期を逃すまいと休暇はそういった活動で忙しいようだ。もっとも、彼女の眼鏡にかなうのは彼女の実の弟くらいの様子。

アガム:鳥人族の男性でイガールの弟。

彼女とは違い、彼は根っからの武闘派で昔から姉を守るべく武芸を磨き、知恵を付けた苦労人。他人を突き放す印象を受ける姉とは違い、柔らかい物腰をした皮肉屋。実質的に実働部隊のリーダーを今回は務めている。

休暇は姉につきあわされて荷物持ちや書類作成の手伝いをさせられている。

もっとも、独りで暇なときはひたすら稽古をしているようだが。

ガモー:屈強なオークの男性。真面目で実直な性格で、普段は無口である。

根っからの軍人気質で、部隊の仲間を大切にし、共に過ごす事に喜びを感じているが、陳情も聞く懐の深さもあるようだ。つんつるてんの魔王軍将校の制服を着ているが、これは彼がオークの中でも特に巨体であるためと、わざわざ特注して作らせる事に煩わしさを感じたため。

スナギ:東の果てにある島国に住む鬼一族の頭領。要は忍者をしている彼らの中でも特に腕が立ち、家柄も優れた人物。

武人らしく竹を割った様な豪胆な性格。机上で作戦を練るのはもちろん、現場で指揮を執るのも得意な戦上手。時々、抜けた発言をするのは常に真面目でふざけることがないせい。

休暇は武具の手入れを妹と一緒にするのが日課だ。

魔王サンゲル:物語開始時点から40年前に何者かに暗殺された。知力に優れた人物で周りの意見も良く聞くため頼りにされていたようだ。エルザとは相思相愛で体育会系の彼女を知恵で支えていた様子

読書が趣味。純文学など難解な本を好んだようだ。

魔王妃エルザ:ヒルダの母親。サミュエルとの一騎打ちで敗れ殺害される。夫の死後、引き継いだ公務で領地を飛び回る生活をしていたが、ヒルダの前では明るく優しい母親だったようだ。魔王一族で並ぶ者が居ない剣豪で、これは彼女の家系が陸軍人トップを代々輩出することと関係している

彼女自身も結婚前は陸軍人だったが、社交界で魔王サンゲルからダンスを申し込まれ快諾した事が運命を決めた

沼地の魔女マルゲッタ:妖艶な雰囲気を漂わす中年女性。

エルフと人間の混血で、非常に高い魔力と長い寿命を持つ。

魔法そのものについての造詣も深い

物腰は柔らかく口調も丁寧だが、自分の意志はハッキリと伝える性格。

これは彼ら魔法使いの辿った歴史が関係している

腰に剣を帯びているが、飾りではなく剣技も得意。

もっとも、人の立ち入らない沼地では枝木の剪定にもっぱら使用するようだ

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