第13話 オンブレ

文字数 2,453文字

午後の会議は大臣の急死もあり、数時間は遅れたものの開始された。
デガータは濡れた雑巾で会議室近くの棚を拭きながら、脇目で会議室に入室する人物を見ていた。
そして、全員が入るのを確認すると、分厚い会議室の扉の近くへと移動した。
再び探知能力を駆使して聞き耳を立てた。
多少はくぐもって聞こえる物の、確実に会話の内容は聞き取れる。
椅子を引いたり、紙束を広げる音が止むと、部屋の全員に聞こえる声が響く。
若いが、聡明そうな響きを持った男性の声だ。
「皆の者、既に聞いているだろうが、経済大臣が急死なされた。」
彼の言葉を受け、ヒソヒソと話す声が聞こえるが、流石に内容は聞き取れない。
「このような国家の非常時に暗殺を怪しむ者もおるが、とにかく今は時間が足りない。」
一呼吸置いてから、椅子に着席する音が響く。
「調べるのは後にして、副大臣を繰り上げで暫定の大臣に昇格させた、よろしく頼む。」
聡明そうな男の声のみが、なおも会議室に響き渡る。
声の主はサミュエルの息子で現役の国王、ミカエルのものだろう。
「さて、知っての通り我が父、サミュエルはおとといの未明、この国から出国なされた。」
小さくどよめく会議室。
それを聞いたミカエルは先ほどよりも大きな声で一同に言う。
「父は以前より私に語っていた。」
会議室にはすぐに静寂が戻った。
「再び魔族が立ち上がるとき、すなわち儂が立ち上がるときでもある、と。」
「それでは、サミュエル様はご自分の目で確かめる為に出て行かれたと?」
軍参謀の一人であろう、重く低いが冷静な老人の声が尋ねた。
そうだ、と答えるミカエル王。
「それならば幸いでもあります。」
先ほどの参謀の声。
「サミュエル様は立身出世の英雄で聡明な方だ、老練でもある、この国のどんな兵士よりもはるかに役に立つと考えます。」
先ほどとは別の老人の声がした。
別の軍参謀のものであろうか?
「役立つかは別として、ご家族の皆さんは承諾なされたのですか?」
初老の女性の声。
メリンダの物ではなく、おそらく暫定の経済大臣のものだろう。
「渋々承諾した、というのが実のところである。」
「頑固なお人だ。」
ミカエルと参謀が言うと、本格的に会議が始まる。
「さて、本題に入ろう、陸軍、海軍の元帥殿、報告を頼む。」
「承知いたしました。」
「先ほど入った情報によりますと東の果てに位置する島国と一切の連絡が取れなくなってしまっているそうです。」
「おそらくは、陥落したものと。」
両元帥からの感情が無い報告にどよめく会議室。
「偵察に海兵の最精鋭を行かせましたが、皆、忽然と姿を消しました。」
「拿捕されたものと見て間違いありません。」
違う参謀の声。
低く冷静な声が陸軍元帥、しゃがれた声が海軍元帥のようだ。
「では、敵軍は何か新兵器、新技術を駆使しているか、こちらの遥か上を行く戦闘技術を持っていると?」
初老の女性が尋ねる。
「・・・恐らくはそうであろう。」
女性の質問にミカエルが答える。
「まったく、周辺国の対応はどうなっているのだ?」
甲高い男性の声。
明らかに呆れと苛立ちを隠せない様子だ。
「落ち着きなされ、外務大臣。」
彼をたしなめる陸軍元帥。
「連中の取る作戦としては東の島国を拠点にして東大陸に上陸し、そこから侵攻するものと思われます。」
海軍元帥がなおも努めて事務的な口調で報告する。
「彼らの侵攻スピードですが、非常に素早い侵攻であると考えます。」
海軍元帥の話を聞き、少しざわめく会議室。
「東の島国は軍事的には列強で知られていました。」
陸軍元帥が彼の話を引き継いだ。
「彼らを防波堤とし、東の大陸国は軍備強化には懐疑的で、サミュエル様の防衛戦略にも賛同していませんでした。」
「そのため、軍備は微弱で、赤子の手をひねるように簡単に攻め落とされてしまうでしょう。」
再びどよめく会議室。
「それ以外の作戦はどのような物が考えられる?」
冷静な口調のまま尋ねるミカエル。
「作戦としては、二方面同時侵攻が考えられます。」
「ご存じの通り、連中の本拠地は凍てつく北の大地で、北極点に近いため北からならどの大陸にでも進撃可能です。」
「そして、先の大戦を分析しますと、連中は空から襲ってくると考えます。」
元帥達の報告が致命的なため、再びざわめく会議室。
「君がなぜ冷静で居られるのか分からんが、北には天にも届く山脈地帯が広がっている。」
「どこも活火山地帯ばかりだ、そのため連中は攻めてこなかったのであろう?」
甲高い外務大臣の声が、喧噪を突き抜けて聞こえてくる。
「30年もあればトンネルを掘ることも、迂回するルートを見つけることも可能です。」
経済大臣の女性が彼の意見を突っぱねた。
「だが、考えてみてくれナンシー・・・。」
外務大臣は、彼女を愛称で呼んだ。
どうやら二人は旧知の仲のようだ。
「そこまで。整理するべき点が山積みだ・・・。」
着地点を見失いつつある会議をミカエルの声が止める。
「ひとまず休憩と、各陣営での相談をする時間を設けたい。」
再び静まりかえる会議室。
「では、私が戻るまで一時解散とする。」
椅子が引かれる音が会議室に響き渡ると、重い靴音が会議室のドアに近づく。
慌てて身を引くメグことデガータ。
そして、礼服と王冠を身につけた背の高い男が扉を押し開けて、護衛の兵士と共に会議室を後にした。
デガータはその背中を見送り、冷静に彼を分析する。
(あれがミカエル・・・。)
(サミュエル譲りの武芸を持ち、メリンダの愛情と英才教育を一心に受けた若き王。)
デガータは内心、歯がみしていた。
この国は、実質的に二人の王を抱えて居て、なおかつ優秀な軍事と経済、外交などの専門家がついている。
会議が中断したため部屋を後にする大臣や将校も居るが、大半は室内に留まったようだ。
デガータはお辞儀をして彼らを見送る。
そして、大臣の一人が開け放った会議室のドアをくぐる。
後片付けの為であるので、怪しむ人間は誰も居ない。
しかし、彼女の目的は片付けのみでは無い。
悔しさを抱えながらデガータは思った。
(間違い無く強敵である、これは早急に手を打たねば。)
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登場人物紹介

サミュエル·ドゥーベ:60代の男性。西の大国、ウィンストを30年以上も統治した元国王。前王(ぜんおう)という肩書を与えられ、王宮で引退生活をしていた。しかし、魔王軍の宣戦を受けて最後の旅に出る。政治的駆け引き、作戦立案、各種の法律等に卓越した知識を持つ。また、徒手格闘、盾と剣を用いた剣術も得意な元気な爺様。好きな食べ物は妻の手料理、嫌いな物は生野菜。猟犬フリードの飼い主でもある。

フリード:5歳の猟犬。戦闘と追跡の訓練を受けている。また、魔族を嗅ぎ分ける事が出来る。性格は大人しく、聞き分けが良い。吠えて返事をするクセがある。

好きな食べ物は鹿の生肉、嫌いな食べ物は生野菜。

メリンダ·ドゥーベ:60代の女性。サミュエルの妻。元々、貴族の3女だったため自らお家騒動から身を引く形で14歳の時に修道院に入った。しかし、野戦病院と化した先の大戦中の修道院で「慈悲深き神」の存在に疑問を抱くように。

そんな中、当時から英雄ともてはやされていたサミュエルに出会い、彼を手当てするうちに恋に落ち、駆け落ち同然で修道院を後にした。優しいが気丈な性格。好きな食べ物は、カテリーナの作るお菓子ならなんでも。嫌いな食べ物は塩辛い料理全般。実は乗馬が得意。

ミカエル·ドゥーベ:30代前半。現役のウィンスト国王。小さい頃から英才教育を受けた、「王になるべくして王に」なった人物。冷静沈着な性格だが、冷血な人物ともとれる。愛情や親切さが無い訳ではなく、単に生真面目なだけである。

好きな食べ物は、甘いお菓子。嫌いな食べ物は塩辛い料理全般(母親に似たようだ)実は鎧を着込んでの馬上槍試合で無敵の強さを誇る、文武両道の人物。

カテリーナ·ドゥーベ:30代前半。ウィンスト隣国、セラームのお姫様(国王の娘)

産まれた時からミカエルと結婚する事が決まっていた。しかし、男女の幼なじみとして親交を深めるうちに、政略結婚と恋愛を兼ねてしまう事になった。

華奢な体格で、小さい頃は病気がちだったが、ミカエルが外に連れ出して遊ぶうちに身体は丈夫になったようだ。

好きな食べ物は、セラームの茶菓子、嫌いな食べ物は生焼けのステーキ。実は刺繍が得意で、いつか個展を開きたいと考えている。

ヒルダ:魔王軍の総大将。人間の寿命に直すと、十代後半の女子。父サンゲルは何者かに暗殺され、母エルザは幼いときサミュエルとの一騎打ちで敗れ殺害された悲運な人物。そのため、サミュエルと人類全体に対して底しれぬ憎悪を抱いている。可憐な外見だが、服装も地味で恋愛には一切興味が無い冷酷非情な人物

好きな食べ物はサソリの唐揚げ、嫌いな食べ物は薬味の効いた料理。火を扱う魔法が得意で小さい頃は母親に対して度々、火を使うイタズラを仕掛けていた

デガータ(メイドのメグ):妖艶な美女だが、性格は生い立ちの事もあり「堅物」そのもの。とにかく真面目で職務最優先である。そのため、冗談や笑い話が通じない。ヒルダを姉として母として支える事が生き甲斐となっているため、自身の事は二の次である。外見の共通点が非常に多いため、どうやら魔王一族の親戚なようだが、詳細は不明。好きな食べ物はビーフジャーキ、嫌いな食べ物は生魚。実は料理全般が得意でプロ級。ヒルダを喜ばせるためではなく、毒薬調合の合間に上達したようだ。

エルンスト:2mちょうどくらいの身長をした巨漢。戦争孤児のため、名字と自分の年齢がわからない(生年月日が不詳)

砂漠の国カラリム帝国出身の20代後半男性。双剣の使い手で大道芸の達人という二面性のある肩書を持つ。

が、本人は至って真面目で動物にも優しい人物。卓越した戦闘能力以外では、動物の解体&皮のなめし、木工や鉄工にも詳しい。これは産まれ住んだ地域が関係しているようだ。

ナンス:20代半ばの(元)盗賊団のリーダー。女性にしてはやや身長が高い。

明るく元気だが、少しマヌケな性格。

面倒見が良く家庭的なため、半ば義賊だった盗賊団で引き取った孤児たちの面倒を良く見ていた。手先と身のこなしはプロの盗人らしく卓越している。

旅のメンツのムードメーカー。

ファルニール:エルフの女性。柔和な印象を与える美女だが、エルフ随一の弓の使い手で鷹のような視力を誇る。

森から出た事があまり無いので、何でもかんでも「自己流&エルフ流」にしてしまう。物言いのハッキリした気の強い人物。実はブルンニルに惚れたのは彼女のほう。恥ずかしいので周囲には伏せているが、彼と家族にはバレている。

ブルンニル:エルフの鍛冶屋&大剣の使い手。ファルニールの旦那さん。温厚な性格で周囲に流されやすい。職人らしくDIY精神の塊で大剣とその留め具に留まらず様々な武器、防具を自作しファルニールと旅に出た。彼女の弓矢も彼の手製である。実は弟が居る。兄弟二人で鍛冶屋を経営しているようだ。

アイヒ:痩身の老人。魔王軍と姫の調整役。かなり以前、前魔王、そしてその妃エルザの補佐も長年、務めていた勤勉な人物。常に冷静で声を荒げたりすることはない。貴族出身で社交の場でも存在感がある人物。休暇はもっぱら執筆にいそしむ生活をしている。近年の著作は、「竜人族における飛竜の運用及び調教方法について」魔王軍士官学校のテキストに採用される予定である。ドライデルとは旧知の仲。


ドライデル:竜人族と竜人で構成された軍のトップ。知恵と経験を重んじる性格で筋違いの推論や的外れな批判などには即座に反論する正義感の強い人物。

普段から本の虫で、知識欲が強い。これはエリート竜人全体的に当てはまる傾向である。休暇は愛用の飛竜の世話や騎乗しての空中散歩をしている。同じ空を飛ぶ鳥人には仲間意識があるようだ。

ルフマン:獣人族の男性。部族社会の彼らにおいて満場一致でリーダーに選ばれた実力と幸運を併せ持つ男。獣人においては小柄な方で昔から頭の回転が早い事を活かしてきたようだ。顔に大きな傷跡がある。喧嘩ばかりする彼ららしいと言えばらしい特徴。彼の故郷には妻と小さい娘が帰りを待っている。今回の戦争は家族を養うためでもあるのだ。

イガール:鳥人族の実質トップの女性。一族で最も速く飛べる翼を持ちよく回る舌と頭脳をした才女。弟のアガムと二人三脚で頂点にのし上がったようだ。奸計や相手の裏をかくのが得意だが、善悪の判断はハッキリしている、喰えない性格

特に実子や所帯は持っておらず、婚期を逃すまいと休暇はそういった活動で忙しいようだ。もっとも、彼女の眼鏡にかなうのは彼女の実の弟くらいの様子。

アガム:鳥人族の男性でイガールの弟。

彼女とは違い、彼は根っからの武闘派で昔から姉を守るべく武芸を磨き、知恵を付けた苦労人。他人を突き放す印象を受ける姉とは違い、柔らかい物腰をした皮肉屋。実質的に実働部隊のリーダーを今回は務めている。

休暇は姉につきあわされて荷物持ちや書類作成の手伝いをさせられている。

もっとも、独りで暇なときはひたすら稽古をしているようだが。

ガモー:屈強なオークの男性。真面目で実直な性格で、普段は無口である。

根っからの軍人気質で、部隊の仲間を大切にし、共に過ごす事に喜びを感じているが、陳情も聞く懐の深さもあるようだ。つんつるてんの魔王軍将校の制服を着ているが、これは彼がオークの中でも特に巨体であるためと、わざわざ特注して作らせる事に煩わしさを感じたため。

スナギ:東の果てにある島国に住む鬼一族の頭領。要は忍者をしている彼らの中でも特に腕が立ち、家柄も優れた人物。

武人らしく竹を割った様な豪胆な性格。机上で作戦を練るのはもちろん、現場で指揮を執るのも得意な戦上手。時々、抜けた発言をするのは常に真面目でふざけることがないせい。

休暇は武具の手入れを妹と一緒にするのが日課だ。

魔王サンゲル:物語開始時点から40年前に何者かに暗殺された。知力に優れた人物で周りの意見も良く聞くため頼りにされていたようだ。エルザとは相思相愛で体育会系の彼女を知恵で支えていた様子

読書が趣味。純文学など難解な本を好んだようだ。

魔王妃エルザ:ヒルダの母親。サミュエルとの一騎打ちで敗れ殺害される。夫の死後、引き継いだ公務で領地を飛び回る生活をしていたが、ヒルダの前では明るく優しい母親だったようだ。魔王一族で並ぶ者が居ない剣豪で、これは彼女の家系が陸軍人トップを代々輩出することと関係している

彼女自身も結婚前は陸軍人だったが、社交界で魔王サンゲルからダンスを申し込まれ快諾した事が運命を決めた

沼地の魔女マルゲッタ:妖艶な雰囲気を漂わす中年女性。

エルフと人間の混血で、非常に高い魔力と長い寿命を持つ。

魔法そのものについての造詣も深い

物腰は柔らかく口調も丁寧だが、自分の意志はハッキリと伝える性格。

これは彼ら魔法使いの辿った歴史が関係している

腰に剣を帯びているが、飾りではなく剣技も得意。

もっとも、人の立ち入らない沼地では枝木の剪定にもっぱら使用するようだ

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