第41話 ビフォアDデイ

文字数 3,050文字

出港し、船で揺られること数日。
鳥人族の見回りのお陰でこの時代では考えられないほど正確な航路で魔王軍の精鋭たちは上陸地点へと進んでいた。
事前工作を完了した鬼の一族は一部が堤防と関の爆破のため残り、それ以外の人員は上陸地点を偵察している。
時折、定時連絡のため鬼と鳥人達は落ち合い、情報を交換すると鳥人は上陸地点へと進んでいる軍艦へ飛び立つ。
情報を持った鳥人は軍艦へと降り立つと、定時連絡を待っているアガム、ガモー、スナギの元へと向かった。
「報告いたします、現在も敵陣営に目立った動きはなし、数時間前と同じく、沿岸部に布陣しており、見張りの兵士以外は寝静まっている様子、上陸地点を偵察中の鬼たちはスナギ様に行動開始の是非を伺い立てております。」
「ご苦労、しばらく休憩を取ってくれ。」
アガムが言うと、礼をして船室外へと去る鳥人の伝令。
その姿を見送ると、スナギが口を開いた。
「・・・うむ、爆薬の設置は多少の抵抗はあったものの、人員の損失無いまま完了いたした、悟られぬよう徹底的に偵察し、敵が設置に気づいた様子が無いことも確認済みである。」
揺れる船内でスナギは他の幹部二人に報告する。
「まさに完璧な仕事ぶり、という訳だね、流石だ。」
笑顔を見せて褒めるアガム。
「だが拍手を送るのはまだ早い、ここからが正念場、いよいよ行動開始だ。」
背中を丸め腕組みをしたガモーが言う。
狭い船室は巨体の魔人には窮屈そうだ。
「・・・うむ。耳にたこであろうが、再び流れを確認いたす、それぞれの陣営には正確に伝達願いたく。」
他の二人が頷くのを確認するとスナギは続ける。
「まず、我ら一族が行動開始の合図を受け、鳥人族に輸送され、秘密裏に敵陣へと潜入。」
いつの間に記したのであろうか、非常に正確な東国軍陣営の見取り図を机に広げ、四隅を留めた。
「敵軍高級将校の居所も判明している、この時間であれば、兵舎のこの位置に居るはず。」
小さな筆で丸を記すスナギ。
「全員片付けるのにどれくらい掛かる?」
ガモーが尋ねる。
「半時も掛からぬ、全員始末したのち、今度は兵糧、武器、火薬の貯蔵庫に爆薬を仕掛け、同時に起爆いたす。」
「派手な花火になりそうだね?」
笑みを浮かべて言うアガム。
「それを合図に我らは沖合より速度を上げ艦砲の射程まで前進し、起爆を確認した鳥人と鬼の一団は敵の反撃を受ける前に帰投いたす。」「ガモー殿、獣人と魔人たちの様子はいかがであるか?」
「既に報告は上がっている。」
質問を受け、背中を丸めたままガモーは腕組みしながら答えた。
「船酔いも無くなり、艦砲の手入れは済んでいて、武器、防具も完全に分配した。」
「砲弾の数は?」
アガムが尋ねる。
「この船には150、足りなくなり次第、補給船から積む予定だ。」「口径は小さいが、その分飛距離と精度がある砲を全ての軍艦は積んでいる。」
「・・・まあ、飛龍の火球はデカイからね。」
ガモーの回答を受け、自らの鋭い爪で顎を掻きながらアガムは思慮しながら二人に述べる。
「正確さには欠けるけど、ある程度広い範囲を燃やすなら彼らに任せよう。」
「竜人と飛龍、そして鳥人達の様子はそれぞれどうであるか?」
船内の床にしっかり固定された机に腕をおろし、スナギがアガムに尋ねる。
「船酔いとは無縁だよ?酔い始めたら飛び立てばいいからね。」
顎を掻く手を止めてスナギを見つめ答えるアガム。
「だが、多少は疲れてきている、作戦開始が待ち遠しいだろう。」
両腕を組み直すとアガムはため息を吐きながら答えた。
「承知いたした、では、次の手順に。」
二人が頷くと説明に戻るスナギ。
「敵が配置につく合間に我らは上陸いたす。」
今度は浜辺の詳細な地図を取り出し、卓上に広げるスナギ。
「上陸船の推進力は、専用の訓練を積んだ飛龍と竜人である。」
小舟に兵士たちが乗り込み、飛龍が海上で牽引するのだ。
考案者はアガムで、実際に訓練前の試用をしたのはスナギとガモーであった。
「もし彼らが打ち落とされた場合の備えも、忘れ無きよう。」
「文字通り、飛ぶように速い。」
訓練前の体験を思い浮かべると微笑みながらガモーが言う。
「我とガモー殿が搭乗した船を先頭に、手筈通りやや波状に広がり上陸いたす。」
小さな筆を使い、地図に半円を描くスナギ。
「上陸地点三カ所それぞれの状況は、アガム殿とその手勢が確認し、指令船で指揮を執る竜人と獣人の将校に伝達いたす。」
「獣人の指揮官は話の分かる奴だ、礼儀は足りんが。」
ガモーは首を傾げるとやれやれ、といった表情でスナギに述べた。
「竜人のほうは石頭さ、だが、なんとか言うことは聞いてくれそうだったよ。」
アガムは顎に手をやると目を閉じ、肩をすくめて述べた。
実際に会った時の印象を述べるガモーとアガム。
「・・・浜辺に付き、兵員が降り立ち次第、空になった上陸船は軍艦へと引き返して頂く。」
二人の様子を見て若干、呆気にとられながらも話を進めるスナギ。
「そののちは・・・。」
「軍艦が空っぽになるまでその手順の繰り返し、だね。」
アガムが言うと、無言で大きく頷く二人。
「砂浜では魔人たちが先頭に立ち、大盾を隙間無く構え、前進して頂く。」
筆を置くと両手を使い、前進する兵士達の様子を地図上で指し示すスナギ。
「その後ろを付かず離れず歩兵が随伴いたす。」
「上から見ると、まるで後ろ向きに歩く亀みたいだったよ?」
訓練中の風景を思い出し、笑みを浮かべるアガム。
「・・・そうであったか?」
意外な言葉に目を見開くスナギ。
「各小隊の間隔は多少開いた方が良いだろう。」
顎を撫でながら、訓練時に得た教訓を述べるガモー。
「防御力よりも速さだ。盾を持つ部下にもそう厳命してある。」
前進が遅れると川の関所の爆破も遅れてしまう。
予定が早まる分には余裕が生まれるが、遅くなると敵の増援が来てしまうかもしれない。
「おそらく我とガモー殿の小隊が最初であろうが、味方第一陣が浜辺から離れ敵陣に到達し次第、艦砲は撃ち方を止めて頂く。」
ガモーとスナギは敵の注意を引くためにあえて最前列を志願した。
もっとも、彼らが多少、好戦的なのは周囲も知っていた。
「敵陣に切り込んだ際は、各種の砲陣地、野戦司令部、そして人員、物資の補給路と伝令を断ち切るよう攻撃いたす。」
ただ単純に攻めるのは効率的ではない。
今回のように明確な別の目的が有るなら尚更であった。
「各小隊に必ず一人は鳥人を連絡役として随伴させるよ、歩兵の救護も担当する。」
地図を指し示し、付け加えるように二人に述べるアガム。
「この作戦の最終目標はあくまで、関と堤防を切っての敵軍殲滅であることをお忘れ無く。」
念を押すスナギ。
「濁流の行き先は想像も付かないからね、僕らが逐一その様子を確認して例の笛と口頭で連絡する。」
この作戦には適材適所と呼べる采配が既にしてあり、アガムを含めた鳥人たちはもっぱら身軽な伝令役であった。
「俺たちは常に前進し、敵を追い込む。」
「だが、限界点に達したら進撃は停止し待機する。」
大きく太い緑色の指で地図の海岸線を指し示すと力強く述べるガモー。
「そして、敵が濁流に飲まれたのを遠目で確認したら・・・。」
「僕らがさっとすくいあげる訳だ。」
アガムの言葉に頷く二人。
「後は軍艦へと全軍撤退し、濁流が収まるのを待つ。」
「その後、再上陸し効果確認をする。」
「そして作戦終了だ。」
ガモーがまとめると、他の二人は頷いた。
「・・・じゃ、まずは花火を上げるとしようか。」
そう言うと、船室から歩み出るアガム。
アガムを見送ると他の二人もゆっくりと船室を後にした。
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登場人物紹介

サミュエル·ドゥーベ:60代の男性。西の大国、ウィンストを30年以上も統治した元国王。前王(ぜんおう)という肩書を与えられ、王宮で引退生活をしていた。しかし、魔王軍の宣戦を受けて最後の旅に出る。政治的駆け引き、作戦立案、各種の法律等に卓越した知識を持つ。また、徒手格闘、盾と剣を用いた剣術も得意な元気な爺様。好きな食べ物は妻の手料理、嫌いな物は生野菜。猟犬フリードの飼い主でもある。

フリード:5歳の猟犬。戦闘と追跡の訓練を受けている。また、魔族を嗅ぎ分ける事が出来る。性格は大人しく、聞き分けが良い。吠えて返事をするクセがある。

好きな食べ物は鹿の生肉、嫌いな食べ物は生野菜。

メリンダ·ドゥーベ:60代の女性。サミュエルの妻。元々、貴族の3女だったため自らお家騒動から身を引く形で14歳の時に修道院に入った。しかし、野戦病院と化した先の大戦中の修道院で「慈悲深き神」の存在に疑問を抱くように。

そんな中、当時から英雄ともてはやされていたサミュエルに出会い、彼を手当てするうちに恋に落ち、駆け落ち同然で修道院を後にした。優しいが気丈な性格。好きな食べ物は、カテリーナの作るお菓子ならなんでも。嫌いな食べ物は塩辛い料理全般。実は乗馬が得意。

ミカエル·ドゥーベ:30代前半。現役のウィンスト国王。小さい頃から英才教育を受けた、「王になるべくして王に」なった人物。冷静沈着な性格だが、冷血な人物ともとれる。愛情や親切さが無い訳ではなく、単に生真面目なだけである。

好きな食べ物は、甘いお菓子。嫌いな食べ物は塩辛い料理全般(母親に似たようだ)実は鎧を着込んでの馬上槍試合で無敵の強さを誇る、文武両道の人物。

カテリーナ·ドゥーベ:30代前半。ウィンスト隣国、セラームのお姫様(国王の娘)

産まれた時からミカエルと結婚する事が決まっていた。しかし、男女の幼なじみとして親交を深めるうちに、政略結婚と恋愛を兼ねてしまう事になった。

華奢な体格で、小さい頃は病気がちだったが、ミカエルが外に連れ出して遊ぶうちに身体は丈夫になったようだ。

好きな食べ物は、セラームの茶菓子、嫌いな食べ物は生焼けのステーキ。実は刺繍が得意で、いつか個展を開きたいと考えている。

ヒルダ:魔王軍の総大将。人間の寿命に直すと、十代後半の女子。父サンゲルは何者かに暗殺され、母エルザは幼いときサミュエルとの一騎打ちで敗れ殺害された悲運な人物。そのため、サミュエルと人類全体に対して底しれぬ憎悪を抱いている。可憐な外見だが、服装も地味で恋愛には一切興味が無い冷酷非情な人物

好きな食べ物はサソリの唐揚げ、嫌いな食べ物は薬味の効いた料理。火を扱う魔法が得意で小さい頃は母親に対して度々、火を使うイタズラを仕掛けていた

デガータ(メイドのメグ):妖艶な美女だが、性格は生い立ちの事もあり「堅物」そのもの。とにかく真面目で職務最優先である。そのため、冗談や笑い話が通じない。ヒルダを姉として母として支える事が生き甲斐となっているため、自身の事は二の次である。外見の共通点が非常に多いため、どうやら魔王一族の親戚なようだが、詳細は不明。好きな食べ物はビーフジャーキ、嫌いな食べ物は生魚。実は料理全般が得意でプロ級。ヒルダを喜ばせるためではなく、毒薬調合の合間に上達したようだ。

エルンスト:2mちょうどくらいの身長をした巨漢。戦争孤児のため、名字と自分の年齢がわからない(生年月日が不詳)

砂漠の国カラリム帝国出身の20代後半男性。双剣の使い手で大道芸の達人という二面性のある肩書を持つ。

が、本人は至って真面目で動物にも優しい人物。卓越した戦闘能力以外では、動物の解体&皮のなめし、木工や鉄工にも詳しい。これは産まれ住んだ地域が関係しているようだ。

ナンス:20代半ばの(元)盗賊団のリーダー。女性にしてはやや身長が高い。

明るく元気だが、少しマヌケな性格。

面倒見が良く家庭的なため、半ば義賊だった盗賊団で引き取った孤児たちの面倒を良く見ていた。手先と身のこなしはプロの盗人らしく卓越している。

旅のメンツのムードメーカー。

ファルニール:エルフの女性。柔和な印象を与える美女だが、エルフ随一の弓の使い手で鷹のような視力を誇る。

森から出た事があまり無いので、何でもかんでも「自己流&エルフ流」にしてしまう。物言いのハッキリした気の強い人物。実はブルンニルに惚れたのは彼女のほう。恥ずかしいので周囲には伏せているが、彼と家族にはバレている。

ブルンニル:エルフの鍛冶屋&大剣の使い手。ファルニールの旦那さん。温厚な性格で周囲に流されやすい。職人らしくDIY精神の塊で大剣とその留め具に留まらず様々な武器、防具を自作しファルニールと旅に出た。彼女の弓矢も彼の手製である。実は弟が居る。兄弟二人で鍛冶屋を経営しているようだ。

アイヒ:痩身の老人。魔王軍と姫の調整役。かなり以前、前魔王、そしてその妃エルザの補佐も長年、務めていた勤勉な人物。常に冷静で声を荒げたりすることはない。貴族出身で社交の場でも存在感がある人物。休暇はもっぱら執筆にいそしむ生活をしている。近年の著作は、「竜人族における飛竜の運用及び調教方法について」魔王軍士官学校のテキストに採用される予定である。ドライデルとは旧知の仲。


ドライデル:竜人族と竜人で構成された軍のトップ。知恵と経験を重んじる性格で筋違いの推論や的外れな批判などには即座に反論する正義感の強い人物。

普段から本の虫で、知識欲が強い。これはエリート竜人全体的に当てはまる傾向である。休暇は愛用の飛竜の世話や騎乗しての空中散歩をしている。同じ空を飛ぶ鳥人には仲間意識があるようだ。

ルフマン:獣人族の男性。部族社会の彼らにおいて満場一致でリーダーに選ばれた実力と幸運を併せ持つ男。獣人においては小柄な方で昔から頭の回転が早い事を活かしてきたようだ。顔に大きな傷跡がある。喧嘩ばかりする彼ららしいと言えばらしい特徴。彼の故郷には妻と小さい娘が帰りを待っている。今回の戦争は家族を養うためでもあるのだ。

イガール:鳥人族の実質トップの女性。一族で最も速く飛べる翼を持ちよく回る舌と頭脳をした才女。弟のアガムと二人三脚で頂点にのし上がったようだ。奸計や相手の裏をかくのが得意だが、善悪の判断はハッキリしている、喰えない性格

特に実子や所帯は持っておらず、婚期を逃すまいと休暇はそういった活動で忙しいようだ。もっとも、彼女の眼鏡にかなうのは彼女の実の弟くらいの様子。

アガム:鳥人族の男性でイガールの弟。

彼女とは違い、彼は根っからの武闘派で昔から姉を守るべく武芸を磨き、知恵を付けた苦労人。他人を突き放す印象を受ける姉とは違い、柔らかい物腰をした皮肉屋。実質的に実働部隊のリーダーを今回は務めている。

休暇は姉につきあわされて荷物持ちや書類作成の手伝いをさせられている。

もっとも、独りで暇なときはひたすら稽古をしているようだが。

ガモー:屈強なオークの男性。真面目で実直な性格で、普段は無口である。

根っからの軍人気質で、部隊の仲間を大切にし、共に過ごす事に喜びを感じているが、陳情も聞く懐の深さもあるようだ。つんつるてんの魔王軍将校の制服を着ているが、これは彼がオークの中でも特に巨体であるためと、わざわざ特注して作らせる事に煩わしさを感じたため。

スナギ:東の果てにある島国に住む鬼一族の頭領。要は忍者をしている彼らの中でも特に腕が立ち、家柄も優れた人物。

武人らしく竹を割った様な豪胆な性格。机上で作戦を練るのはもちろん、現場で指揮を執るのも得意な戦上手。時々、抜けた発言をするのは常に真面目でふざけることがないせい。

休暇は武具の手入れを妹と一緒にするのが日課だ。

魔王サンゲル:物語開始時点から40年前に何者かに暗殺された。知力に優れた人物で周りの意見も良く聞くため頼りにされていたようだ。エルザとは相思相愛で体育会系の彼女を知恵で支えていた様子

読書が趣味。純文学など難解な本を好んだようだ。

魔王妃エルザ:ヒルダの母親。サミュエルとの一騎打ちで敗れ殺害される。夫の死後、引き継いだ公務で領地を飛び回る生活をしていたが、ヒルダの前では明るく優しい母親だったようだ。魔王一族で並ぶ者が居ない剣豪で、これは彼女の家系が陸軍人トップを代々輩出することと関係している

彼女自身も結婚前は陸軍人だったが、社交界で魔王サンゲルからダンスを申し込まれ快諾した事が運命を決めた

沼地の魔女マルゲッタ:妖艶な雰囲気を漂わす中年女性。

エルフと人間の混血で、非常に高い魔力と長い寿命を持つ。

魔法そのものについての造詣も深い

物腰は柔らかく口調も丁寧だが、自分の意志はハッキリと伝える性格。

これは彼ら魔法使いの辿った歴史が関係している

腰に剣を帯びているが、飾りではなく剣技も得意。

もっとも、人の立ち入らない沼地では枝木の剪定にもっぱら使用するようだ

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