第26話 デコード・イット
文字数 1,876文字
険しい表情をして参謀達に尋ねるヒルダ。
「はい、確認は済んでございます、間違い無く事実のようでございます。」
重苦しくアイヒが言うと、
「いったい何が書かれた物なんだい?」
腕組みをしながらイガールが他の二人に尋ねた。
「あの地域を進んでいた部隊に持たせたのは・・・。」
魔王陸軍の情報を一挙に担うドライデルは、記憶力に優れていることもありすぐに答えを出した。
「そう、抜け道を記した物です。」
顎を触りながらドライデルが言うと、
「抜け道?」
ヒルダが眉をひそめる。
「左様、この北の大地、ひいては魔王城に至る抜け道で、我らが記した詳細な地図と照らし合わせながら使う物です。」
致命的なミスを発見した一同は驚きを隠せない様子である。
イガールに至っては、驚きのあまり毛羽が逆立っている。
「なんだって!?ここはもう安全じゃないのかい!?」
イガールが慌てて言うと、
「早とちりなさるな。」
とアイヒが静かに言った。
「続けなさい。」
ヒルダはドライデルに言った。
「はい、文書は最新の暗号を用いてあり、その上地図は持たせてありませんでした。」
身振りを交えながら詳しく語るドライデル。
竜人族で構成された空軍の士官学校で教鞭を執る立場でもある彼はゆっくりとした口調で説明を続けた。
「そのため万が一にもすぐにこの城が襲撃される心配はないかと。」
ホッと息をつくイガール。
「解読するとしたら?奪った連中はどんな手段を使うのかしら?」
姫からの質問を受けてアイヒが言う。
「沼地に向かう筈です、あの地域で暗号を解読するとしたら沼地に住む魔法使いの一団が適任者です。」
「どんな連中かしら?」
ヒルダが尋ねると、イガールが答えた。
「特異体質のエルフをさらい、数を増やしている連中ですよ。」
やれやれ、とため息をつきながら語るイガール。
交易や商談を担う立場の彼女にとっては扱い辛いようだ。
「そのため、魔王一族と同じか、それ以上の魔力を持った者も多く存在します。」
この事実は魔王軍全体にとっても脅威になりうることを示している。
魔力を持つ相手に生身で立ち向かうのが自殺行為であるのは、この世界の常識である。
「何を隠そう、アタシらの取引先です。」
残念そうに首を振りながら言うイガール。
「アタシら魔王軍としても連中の助けを借りられれば、戦力と情報収集能力の増強につながります。」
「そのため、長い年月、取引してきたって訳です。」
言い終えると奇妙な沈黙が一同の間に流れた。
全員、神妙な面持ちで考え込んでしまう。
大軍を差し向けないと倒せない相手というのは、厄介事の塊であるからだ。
「・・・その中には暗号の作成依頼も含まれていました。」
沈黙を破りドライデルがイガールの話を引き継ぐ。
「文書を強奪した連中も部分的には解読出来ても完全に看破するのは難しいはずです。」
「具体的に何が書かれた文書だったのかしら?」
ヒルダが一同に尋ねると、こちらへ、とアイヒが円卓を指し示す。
一同は紙と地図が置かれた円卓へと進み出る。
「解読済みの文書と我ら魔王軍が使用している地図をご用意いたしました。」
「これは・・・確かなのね?」
ヒルダが息をのんだ。
色の付いたインクで暗号文の示す道順が地図に記されている。
「赤色が暗号文のみを解読した場合に判明する道順で、青色が地図と照らし合わせて解読した場合に判明する道順です。」
長い木の棒で指し示しながら詳細を語るドライデル。
「ご覧の通り険しい山道ですが、確かにこの城へと続くものです。」
棒の先端が山道をなぞる。
「文書を輸送していた部隊は暗号文が示すルートを辿りながら、この道順が実際の使用に耐えうるか検証する任務を帯びていました。」
ドライデルが説明を終える。
「検証して正解だったね、姫様、このルートは使えませんよ、現に見つかってしまった訳ですから。」
イガールが語気を強めてヒルダに言う。
しかしヒルダは地図を見つめたまま考え込んでいる。
「ドライデル?この赤いルートは確かなのね?」
ヒルダが尋ねるとすかさず頷くドライデル。
「何か策でも?」
アイヒが尋ねると、
「・・・いいえ、策と呼べるほどの物ではないわ。」
目を細めながらヒルダは答えた。
「ところで、わたしのペットは元気にしているかしら?」
顔を上げて尋ねるヒルダ。
「ええ、もちろん、早く戦いたくてウズウズしている様子です。」
ドライデルが嬉しそうに答えた。
「・・・任務に失敗して逃げ帰ってきた連中はいかがいたしましょう?」
申し訳なさそうにアイヒが尋ねた。
「全員縛り首にしたあと、死体を私のペットの餌にしなさい。」
ヒルダは冷たく言い放った。