第24話 森の町
文字数 3,883文字
すると、段々と視界が開けてきた。
「すっげえ・・・。」
「これは・・・?」
南国の砂漠地帯出身のナンスとエルンストが息をのみ、感銘を受けていた。
「話には聞いていたがこれほどとは、見事なもんじゃわい。」
「ワンワン!」
「着きましたわ、我らが里、エルバールですわ。」
見ると気の遠くなるような樹齢を重ねた太い樹木の内部をくり抜き家としているようだ。
主要な木々の間には橋が架けてあり、エルフの少年たちが駆け回って遊んでいる。
「・・・では、任務に戻ります。」
口を開けて感銘を受けている一同をよそに、お辞儀をすると草木を見に纏ったエルフは来た道を戻っていった。
「さ、いきますわよ。」
と、今度はしっかりと舗装された道を進むファルニール。
「どこへ?」
サミュエルが尋ねると、
「わたくしの実家ですわ。」
さも当然のように答えるファルニール。
彼女の先導で道を進むと途中、畑や戦士の訓練所、学校などが見て取れた。
どれもすっかり苔むして森と一体化し、まるで何百年もその場所にそのままの姿で鎮座している印象だ。
「まさか生きてこのような物を目にするとは。」
「アタシ、泣きそうだよ・・・。」
エルンストとナンス。
突如、一同の前にいっそう苔むした巨木が姿を現した。
窓が三つ付いているのでどうやら三階建ての建物になっているようだ。
「さ、中へ。」
当然のように扉を開き、一同を招き入れるファルニール。
中は樹木の内部ともあり多少の圧迫感はあるものの、見事としか言い様のない内装をしていた。
テーブル、イス、タンス、そして床などすべて木製である。
よく見るとどれも丁寧にニスが塗られている。
重ね塗りされたニスは見事な光沢があり、わずかな光も反射するので内部は明るかった。
「しばらくお待ちくださいまし、父を呼んで参ります。」
と一同に告げるとファルニールは去っていった。
ブルンニルは勝手を知っているようで棚から茶葉を取り出し、小さな暖炉でお茶をいれて一同に出した。
出されたお茶の臭いを嗅ぎ、おおっ、と感銘を受けるナンス。
「驚きました?」
とイスに腰掛けて置いてあったリュートを爪弾きながら尋ねるブルンニル。
黙ってうなずくナンス。
一口飲んだサミュエルは合点がいった。
「うむ、エルド茶じゃ、それも上質の。」
茶葉はこの付近の森でしか取れず品質管理のため少量しか生産されない。
そのため熟成にも非常に手間が掛けられる。
エルフ達にとっては武具などと同じ大事な交易品で、上流階級でしか出回らない高級品である。
「おや、ご存じで?」
演奏の手を止めて尋ねるブルンニル。
「いやあ、サミュエル王が飲んでいるのを一口だけ頂いた事があるんじゃよ、大事な思い出じゃ。」
と慌てて取り繕うサミール。
みんな、納得がいったようだ。
ナンスはその昔、倉庫から盗み出した茶葉の臭いだけ覚えていた。
一同がしみじみとお茶を飲んでいると、扉を開けてファルニールと初老のエルフ男性が入ってきた。
いかにも高貴な雰囲気を醸し出しているその男性を見て一同は慌てて立ち上がり、礼をしようとしたが、男性は慌ててとりなした。
「皆さん、どうかそのままで。」
申し訳なさそうに笑顔を浮かべ、彼は自己紹介をする。
「わたくしがファルニールの父親でここの里の長、ガルムニルでございます。」
それを受けて、一同も挨拶を始める。
「どうも、旅のリーダーを務めておる、サミールと申す。」
兜を脱ぐとお辞儀するサミールことサミュエル。
「この度の魔族侵略を偵察するためにサミュエル前王から特命を受けた身じゃ。」
エルンストに目配せするサミール。
「旅の傭兵にして大道芸人、エルンストと申します、以後お見知りおきを。」
「ナンスだ、よろしくお願いします!」
すかさずナンスが言うと、
「わん!」
ガルムニルに対して短く吠えるフリード。
それぞれ順番に自己紹介を終えると、席に座り茶を飲みながらの話し合いが始まった。
世間話が終わると本題に入っていった。
「途中、オークが率いるゴブリンの一団に遭ったが・・・。」
飲み終え空になった木製の湯呑みを置きながらサミュエル。
「ええ、存じております。」
と、口を付けようとした湯呑を置きながらガルムニルが答える。
「連中がなぜこのあたりをうろついていたか心当たりはないかの?」
サミールが尋ねると、
「おそらく偵察と、何かしらの運搬任務についていたようなのですが。」
眉間に皺を寄せて考え込むガルムニル。
すぐさまピンときたナンスは、
「ひょっとしてコレのことかい?」
と丸まった紙束を手提げ袋から取り出すとガルムニルに差し出した。
「どこでこれを?」
といぶかしむガルムニル。
「オークの懐をあさったら大事そうにしまってあったんだ。」
とはにかみながら答えるナンス。
「スリ取ったんじゃな?」
と苦笑しながら言うサミュエル。
空になった木製の湯飲みを文鎮にして大きなその紙を広げると一同は覗き込んだ。
「ふむ、暗号文書かの。」
「ええ、恐らくは。」
サミュエルとガルムニルが顔を見合わせる。
見た事も無い記号、図形、そして計算式のようなものがびっしりと紙の隅々まで並んでいる。
「一応、何かしらの規則性は見いだせますが・・・。」
ざっと目を通すと言うブルンニル。
「うーむ、さっぱりじゃのう。」
唸るサミュエル。
「長年生きてきましたが初めて見る暗号です、お力になれず申し訳ない。」
ガルムニルが首を振りながら告げる。
なおも首をかしげるナンスとエルンスト。
「解読出来る者に心当たりはないかの?」
ガルムニルに尋ねると、
「あるにはありますが・・・。」
急にお茶を濁すガルムニル。
「まさか・・・?」
ギョッとするファルニールとブルンニル。
「そうだ、沼地の魔法使いたちが適任だろう。」
「父様、考え直してくださらない?」
訴えかけるファルニール。
「いや、他に適任者はいない。」
とガルムニルはきっぱりと娘に告げた。
「どんな連中かの?」
尋ねられたガルムニルは順を追って説明した。
エルフは魔法を使える特異体質の赤子が数十年に一度だけ産まれてくる。
すると、沼地から魔法使いたちが現れ、その赤子を差し出すように要求してくる。
拒めば、炎の魔法を使い、里を焼き払い、強引に赤子を連れ去ってしまう。
また、定期的に献上品を要求してくる。
これも拒めば命はない。
エルフの血が混じった魔法使いたちは非常に長寿で、戦闘能力も高い。
噂によれば、魔族や人間たちとも交流があるようだ。
特に一部の魔法使いは同じく魔法を扱える魔王族と密接な関係にあるらしい。
そのため、この暗号文の解読が出来るはずだ。
「・・・なるほど、やっかいな連中じゃの。」
サミュエルが唸った。
「ええ、私たちエルフは長寿ですので昔から何度となく彼らを目にしています。」
遠い目をしながら机から離れ、語るガルムニル。
「泣きながら我が子を手放す夫婦の姿は見るに堪えませんでした。」
「寝首をかいたりして倒せないのか?」
ナンスが首をかしげながら言う。
「以前試みましたが失敗でした、探知できる魔法があるようです。」
ブルンニルがすかさずポツリと呟く。
「実はこの里以外にもいくつか里があり、彼らと連合軍を組織して奇襲を仕掛けた事が私の若い時にありました。」
苦い顔をするガルムニル。
「コテンパンにされたんじゃな?」
サミュエルは察した。
黙ったままうなずくガルムニル。
「それだけではありませんわ。」
話を続けるファルニール。
「この里と、あと3つの里を残してすべて跡形もなく焼かれてしまったんですの。」
一様に悲しい顔をするエルフ達。
「私が物心ついたときに里は9つありました。」
ガルムニルは消えた暖炉を見つめながら語る。
「規模は大小様々でしたが、現在のこの里より発展していた大きな里もあったのです。」
彼は懐かしそうに眼を細める。
「圧倒的な力、というよりは我々の戦法がまるで通用しないのです。」
拳を握りしめながら言い放つガルムニル。
「まさしく水と油、水に油を注げばそのうち浮かんで来ます。」
「・・・後は火を付けるだけじゃ。」
とサミュエルは付け加えた。
恐ろしい例えに一同は沈黙する。
「なんとか交渉できんかの?」
尋ねると、手段はあります、とガルムニル。
「実は先ほど話した献上品の納期が近いのです。」
頬杖をついて思い出すように語る。
「矢文を使い置き場所を指定して来て、我々も矢文で返答し彼らが荷物を受け取ったら完了です。」
懐から立派な羽ペンを取り出すガルムニル。
「その返答と献上品の両方に私直筆の手紙を同封しましょう、何かしらの返答が期待出来ます。」
ようやく希望が見えてきて一同は安堵する。
「納期はいつじゃ?」
サミュエルの問いにガルムニルはすかさず答える。
「5日後です。」
一同はそれぞれ空き家を宿としてあてがわれた。
魔物の襲撃を恐れ、家財を持ち出し里を離れるエルフが後を絶たないという。
(難儀な話じゃのう・・・。)
サミュエルは思った。
短い挨拶だけ交わすと、一同は解散した。
夜も更けてきた。
仮の宿を得たサミュエルは暖炉の明かりを頼りに手紙を書くことにした。
「無事にエルフの森里、エルバールに着いた。
聞けばあと3つ似たような里があるらしい。
新事実じゃ。
道中、魔族にでくわした。
ゴブリンの大群とオークの隊長じゃった。
なんとか撃退し、機密文書を強奪した。
じゃが、見た事も無い暗号文じゃった。
解読にはエルフ達が沼地の魔法使いと呼んで恐れる連中が適任だという。
コレを記してから三日後、エルバールの長ガルムニルが手紙をしたためる。
返事は期待出来るそうじゃ。
しばらくこの里に滞在する予定じゃ。
返事を受け取る暇もあろう。サミール」