第30話 エリバル
文字数 5,644文字
すると、珍しい形をした木の実がなる大木を見つけ、身軽によじ登ると木の実をひとつひっつかんで木から飛び降りた。
手にしたその実の臭いをクンクンと嗅ぎ、かじりつき味に満足しニンマリ笑うナンス。
すると、
「なんだい、騒がしいよ!」
と木の根元から怒鳴り声が響き、腰を抜かすナンス。
かじり跡のついた実を落としてしまった。
「木がしゃべった?」
あんぐり口を開けて驚くナンス。
「そんな訳あるかいよ。」
と先ほどの声。
すると木の根元の土が盛り上がり、大穴が開くと中からエルフの老人が姿を現した。
ナンスが落とした木の実は大きな鳥がかっさらっていった。
「・・・誰だい、アンタ?」
ナンスが尋ねると老人エルフは、
「こっちの台詞だよ。」
と返した。
しばらく見つめ合っていると、気が変わったのか、
「・・・まあいいよ、来なさい。」
と手招きしながら穴の中へ戻っていった。
ナンスが恐る恐る穴に近づくと、
「はやくしなさいよ!」
老人は急かした。
腹を決め、ナンスは穴に飛び込んだ。
穴の中には広い空間が広がっていた。
老人が明かりを灯すと、そこには大小様々な珍品が並んでいた。
「いったい、なんだあこりゃあ?」
驚くナンスの顔を見てご満悦な老人。
「カッカッカッ、驚いたかよ?長い年月を掛けて集めたよ。」
と老人。
ざっと見ただけでも、竜の牙、鱗、翼の膜、亀の甲羅や珍しい虫の抜け殻といった物から見た事もないキノコや獣肉の燻製。
そしてすでに絶滅した動物の毛皮なども並んでいた。
「これ、買い集めたのか?」
ナンスが尋ねると、
「ほとんど自力で集めたよ。」
と老人。
「竜なんてどうやって倒したんだい?」
尋ねるナンスに、
「連中もただの動物よ、ワイらと同じで倒しようもある。」
と老人。
並んでいる品々にすっかり魅了されているナンス。
それもそのはず、売れば王族の年収ほどの値が付く品も中にはあったからだ。
うずうずする手を抑えながらも棚に並んだ品々を品定めしていると、目を引く物があった。
生物的な物が並んでいる中でそれは一際、異彩を放っていた。
「・・・コレってもしかして?」
ナンスが老人に尋ねると老人は、
「おっ、お目が高い。そうその、もしかして、よ。」
と答えた。
「手に取っても?」
ナンスは尋ねた。
「ワイの目が届く範囲に居れば構わんよ。」
と老人は答えた。
目を輝かせながらそれを手に取り、握りしめるナンス。
「エルフの魔短刀だ・・・。」
感嘆して言うナンスを見て、うんうん、と嬉しそうに頷く老人。
その昔、エルフが魔力を秘めた鉱石を使って打ったと伝わる伝説の武器である。
羽のように軽く、鋼よりも丈夫で、他のどんな刃物よりも鋭い。
持ち手は拳を覆い隠す意匠になっていて体術と組み合わせて振るう事で最大の威力を発揮する。
ナンスが少女の頃、夢中になった古い冒険物語に登場し、物語の主人公が愛用していた武器である。
「・・・本当は刀を作ろうとしたんだがなーにぶん貴重な鉱石でよ?結局、短刀二本に落ち着いた訳よ。」
老人が語る。
「・・・何で知ってるんだい?」
「実際に作ってる所見たよ?」
老人が答える。
「ジイさん、今いくつだい?」
尋ねるナンスに
「知らん、300を超えたところで数えるの止めたよ。」
と老人。
ハッとして尋ねるナンス。
「じゃあ、エリバル冒険譚の主人公って?実在すんのか?」
すると。
「ああ。でもよ、あいつは史上最低のゴミクズ野郎よ?」
と首を振りながら答える老人。
「何だって?どうしてだい?」
少女時代の淡い思い出を傷つけられてムッとするナンス。
本の中では、貧しい身の上ながらも冒険を重ねて成長し、最終的には一国の王にまで出世するエリバル。
美貌と知性を兼ね備え、献身的にエリバルを支えるその妻の二人が主人公。
少女ナンスは自分の姿を時にエリバル、時にその妻に重ねあわせて何度も読み返した。
「例えばよ、自分の嫁さん助ける為に魔王の娘さんをエリバルの野郎は口説き落としただろ?」
「ああ!あれは感動したなあ。真実の愛を貫く為に苦悩するエリバルと必ずエリバルが助けに来ると信じて気丈に待つエリバルの妻。」
キラキラと目を輝かせ、語るナンス。
「・・・牢獄で助けに来たエリバルの姿を見て妻は涙する!くーっ。」
こぶしを握り締め、悦に浸るナンスに老人は真顔で訂正した。
「あれ実は魔王の娘さんにすっかり惚れ込んじまってて、自分の嫁さんなんてどうでも良くなってたんよ。」
「・・・強い魔法で誘惑されてたんだろ?」
文中の内容を思い出し、言い返すナンスだったがまたも老人は訂正を入れた。
「そんな魔法あるかいよ。この魔王の娘さん凄い常識人でよ、はやく奥さんの所に戻りなさいって100回は説教したそうよ?」
腕を組みながら渋々と語る老人。
「それでも渋るエリバルの野郎についにブチ切れて奥さん同意の下、誘拐して監禁したって訳よ。」
やれやれ、とため息をつく老人を尻目に文中の場面を思い出したナンス。
「むー、じゃあ人を喰うオークの集団に奪われた、村人の財宝を奪い返した話は?スリル満載で冒険の醍醐味が濃縮された名場面だ!」
今度は情熱的に語るナンスに、老人は三度、訂正を入れた。
「あーあれか、あれね、実はあの野郎がオークに罪着せたんよ。」
「ええっ、そうなのか!?」
ギョッとするナンス。
「最初っから宝箱の鍵を持ってたのはあの野郎だけだったろ?オークたちが宝を盗んだことにしてエリバルは自分の物にしたんよ。」
苦虫を噛み潰したような表情でなおも語る老人。
「それにオークは滅多に人間なんて襲わんよ?恨み買ったら逆襲されちまうって分かる連中だろうがよ?」
「あっ、それもそうか・・・。じゃあじゃあ、大航海に出て海賊を倒したって話は?」
これならどうだ、と言わんばかりの勢いで鼻息を荒くするナンス。
「冒険のクライマックスで海賊退治を国の王様から依頼されるエリバル。無事に奴らを倒して国王の跡取りに任命され、遂に奥さんと末永く幸せに暮らす!」
しかし、老人のため息とともにあっさり否定されてしまった。
「それもよ、何を隠そうってあの野郎が奥さんと一緒に海賊やってたんよ。」
尚もしみじみと語る老人。
「取り締まりしてた海軍の軍艦に捕まりそうになって奥さん身代わりに逃げ出して、エリバル本人はそのあと海賊止めたんよね。」
「んー、どうりで海賊の手口が妙に詳しく書かれてると思った・・・。身代わりとか奥さん可哀想・・・最低だな、エリバル。」
すっかり幻滅するナンス。
「・・・じゃあ、これは?」
手にした短刀を振りながら老人に尋ねるナンス。
「それだけは本物よ、実はワイが本当にちびっ子だったときに持ち主が殺されて盗まれたんよね。」
「犯人がエリバル冒険譚の主人公、エリバル?」
ブンブンと首を縦に振りながら老人は肯定する。
「そうそう。ある日、ジジイになったエリバルが申し訳なさそーうにこの里に返しに来たんよ。」
意外な出来事に目を丸くしながら耳を傾けるナンス。
「そんで、今までの悪事を洗いざらいべーらべらしゃべりおってよ。」
「そのすっかり観念した様子に感動しちまった里の者が、聞いた話に尾ヒレ胸ビレ付けて冒険譚なんて名前付けて世に出したらこの本が売れに売れちまってよ。」
ナンスが手にしたのはそのうちの一冊、という事になる。
「とうの本人はそのあとすーぐに墓の中なもんだから、もう確かめようもありゃしなくてよ。」
「へえ、そうだったんだ。」
感心するナンス。
老人は難しい顔をしながら尚も話を続ける。
「ワイ、どーうにもこの本の話が怪しいと思ってよ。」
腕を組み、髭を撫でながら語る老人。
「ガキの頃に実際にジジイのエリバルが話した事とまるっきり違ってるしよ。」
老人の表情が急に明るくなる。
「それでよ、こうなりゃ自分の足で確かめようと思って旅に出たんよ。」
手で空間全体を指し示し、
「・・・そしたら、ここにある物をぜーんぶふんだくる羽目になってた訳よ。」
老人はそう告げた。
「へーっ!じゃあ、あの竜の鱗とやらは?」
目を輝かせて老人に尋ねるナンス。
嬉しそうに身振り手振りを交えて話す老人。
「すっかりバアさんになった当時の魔王の娘さんに会いに行く途中で襲われちまってよ、どうにかこうにかぶっ倒して、戦利品として切り取って持って帰って来た訳よ。」
「じゃあ、あのよくわかんない、キノコや虫の抜け殻は?」
「その当時のエリバルを実際に見たっていうオークの長老に会いに行ったら、珍しい客人なもんで大歓迎されちまってよ。」
ありがたいが迷惑な話である。
老人の表情がその事実を物語っているようだ。
「なんだか良く分からんうちにあれこれ渡されちまったよ、もったいないんで全部貰って持って帰ったけどよ。」
「それじゃ、あの馬鹿デカイ亀の甲羅は!?」
続きを急かすようにナンスは尋ねる。
「話を確かめる為に海に出て海軍の軍艦を探してたら嵐に遭って難破しちまってよ。」
やれやれ、と肩をすくめながら語る老人。
「必死で大海原をでっかい海亀の背中に捕まって漂った訳よ。」
「そしたら運良く海軍の連中が拾ってくれてよ、海亀の肉と引き替えに頼みこんだらエリバルが海賊だったって記録を見つけてきてくれた訳よ。」
「・・・なんだかエルフのジイさんの方がよっぽど冒険してないかい?」
当然の疑問を抱くナンスに、
「そうだろ?まったく、こっちはあの野郎の尻ぬぐいしてやってるってのによ、エライ目に遭ったもんよ。」
やれやれ、とため息をつき、答えるエルフの老人。
しばらく沈黙したのち、
「・・・で、これいくらだい?」
とナンスは老人に恐る恐る尋ねた。
「散々エリバルを馬鹿にされてもまーだ欲しがるかよ?」
と老人は笑いながら言った。
「だってこれ、本物なんだろ?」
とナンス。
「うーむ。」
と唸る老人エルフ。
「・・・タダでくれてやっても良いよ。」
と老人。
「ホントかい!?」
目を輝かせるナンスに対し、
「ただし、嬢ちゃんには一肌脱いでもらうからよ。」
と言った。
「ええっ!?」
ぎょっとして開いた胸元を慌てて隠すナンス。
すると老人はブンブンと頭を振り、
「違うよ、違うよ、そういう意味じゃ無いよ。」
ホッとするナンス。
「嬢ちゃん、実は歌って踊るのが大得意だろうがよ?」
と尋ねた。
「あ、うん。実はそうだけど、どうしてわかったんだい?」
頷きながらも驚くナンス。
「なあによ、実は死んだワイのカミさんが里で一番の踊り子でよ、嬢ちゃんの雰囲気見てたらなんとなーく思い出したって訳よ。」
なるほど、と感心するナンス。
「・・・だいいちによ、ワイはエルフの女にしか興味無いよ。」
ナンスを眺めて鼻で笑いながら言う老人を見て少しムッとするナンス。
「で、いつどこで踊れば良いんだい?」
しばらく手元にある短刀に視線を落としたのち、老人の方を見ると、その姿は忽然と消えていた。
「・・・あれっ、ジイさん?おーい、エルフのジイさーん?」
呼びかけるも返事はない。
すると急に彼女の意識は遠のいていった。
しばらくすると、ナンスは頬をべろべろ、ぴちゃぴちゃ、となにかに舐められている気色の悪い感覚で意識を徐々に取り戻していった。
「おお、気がついたかの?」
目を開けると、そこには心配そうに覗き込む獰猛な犬の顔があった。
「今度は喋る犬かい・・・?」
背中に大地を感じながらうーん、と唸り、先ほどまでの出来事を何とか思い出そうとする。
両手が何か鉄の塊を掴んでいる感覚でとたんに気がついた。
「あれっ!エルフの短刀!?」
起き上がって両手を見ると、確かに古びた短刀が握られている。
すっかり錆び付いているものの丁寧に研ぎ直せばまだまだ使えそうである。
それはナンスが小さい時に読んだエリバル冒険譚の挿絵に幾度となく登場した物と寸分違わぬ形をしていた。
「・・・お前さん、また盗みを働いたんか?」
怪訝な顔をし、疑いの目を向けるサミュエルに慌てて取り繕う。
「いやいやいや、違うってサミール爺さん、コレは変なしゃべり方をするエルフの老人から確かに譲り受けた物で・・・。」
「ほお?本当かのう?怪しいもんじゃ・・・。」
うぅーっと小さく唸るフリード。
「アハハ・・・。」
冷や汗をかくナンス。
「まあ、もうどうでもいいわい。」
視線をナンスの背後に移して尋ねるサミュエル。
「にしてもお前さん、なぜこんなところで昼寝しとったんじゃい?」
「えっ?こんな所って?」
ハッとして慌ててあたりを見回すナンス。
すぐ後ろに変わった形の実を付けた大木があり、根元に古い記念碑のような物があった。
非常に古くすっかり苔むしているが石碑の文字は何とか読めた。
自らの罪を告白し改心した人の子エリバル、ここに眠る。
里一番の踊り子にして清い心を持った女、ここに眠る。
里の史上最も勇敢な冒険者にして長寿の男、ここに眠る。
「うげっ、墓のそばで寝てたのかアタシ・・・。」
背筋が寒くなるナンス。
「あっ、そんな所にいましたの、お二人とも昼食の準備ができましてよ、父がご一緒するようにと。」
慌てて錆びた短刀をしまうナンスにファルニールが歩み寄る。
「ファルニール、この木と墓について何か知ってるかい?」
素朴な疑問をぶつけるナンス。
「いいえ、初めて見るお墓ですわ。父なら何か知ってるかと。」
眉をひそめ、考え込むファルニール。
「うーん、あのオジさん、忙しそうだからなあ・・・じゃあ、この変な実がなる木は?」
「これですの?これは眠りの実がなる大木ですわ。」
今度はさも当然のごとく即答が返ってきた。
「眠りの実って?」
「そのままの意味ですわ、味は良いんですけど、もの凄い催眠作用がございますの。」
「里の者は寝付けない時以外は滅多に手を出しませんわ、丸かじりした日には命の保証ございませんもの。」
(どうりですぐに寝ちまった訳だ。良く無事だったな、アタシ・・・。)
再び背筋が凍りつくナンス。
「ご婦人がた、話は済んだかの?儂とフリードはもう腹ぺこじゃ。」
「さ、行きますわよ。」
さっさと立ち去る二人。
一度だけ墓と大木を振り返ったものの、すぐに後を追いかけるナンスであった。