第35話 村の長と正義
文字数 4,215文字
村の入口には大きな橋が架かっており、下には小川が流れている。
対岸を指し示すと、マルゲッタは一同にそう告げた。
「アンタの村?」
疑問に思うナンス。
「そう、改めて自己紹介いたします。」
胸に手を置くと、深々と一同にお辞儀をしながら言う。
「わたくしがこの村の村長、マルゲッタです。」
顔を上げると微笑みを浮かべてマルゲッタは一同を見つめた。
「これは驚いた、村長自らの出迎えとは。」
頭を掻きながら苦笑するサミュエルに、マルゲッタは微笑んだまま告げる。
「礼儀にはそれなりの礼儀を持って返すもの、そうでしょう?サミュエル前王。」
一同の歩みが止まる。
驚きを隠せない様子だ。
「なんだ、もうバレてしもうたか・・・。」
悔しがるサミュエル。
沈黙を保ったまま、一同は村の中へと入った。
村というよりは固めた地面に小屋を並べただけ、という様相の場所を進んでいき、一際大きな小屋にたどり着く。
すると、小屋の扉が開く。
「お帰り、母さん。」
マルゲッタによく似た少女が小屋から出てくる。
手に大きな桶を両手で抱えている。
「ただいま、ビルギッタ。」
彼女の後ろに回ると、頭を撫でながらマルゲッタは促す。
「ほら、お客さんに挨拶なさい。」
母親に促され、一同の前へ歩み出る少女ビルギッタ。
「こんにちは、洗濯物の片付けがあるからこれで。」
お辞儀をしながら無表情でそれだけ言うと、桶を抱えたままさっさと小屋の裏へと歩いて行ってしまった。
「変わった性格のお子さんじゃのう。」
サミュエルは感想をもらした。
「この場所は社会性をはぐくむ子育てには向いてないのです。」
苦笑しながらマルゲッタは言った。
小屋に入ると一同は玄関の扉付近に荷物を置いた。
マルゲッタも杖と剣を置き、お茶を淹れて一同に差し出した。
「椅子の数が足りなくて申し訳ありません。」
大きなテーブルの近くには、見るからに手作りの椅子が並んで居る。
しかし、旅の面子はこの家の来客としては大人数過ぎたようだ。
「今すぐに魔法で作ったりできないのかい?」
きょとんとしたナンスが聞くと、
「我々は魔法をそういった使い方では扱えないのです。」
マルゲッタが申し訳なさそうに答えた。
「ご説明しますね、今から300年ほど前に起こった排斥運動はご存じでしょう?」
お茶を置くと、すかさずサミュエルが答えた。
「うむ、いわゆる魔女狩りじゃな?」
頷くマルゲッタ。
「魔法使いの一族だけでなく、ごく僅かでも魔力を持っていたり、探知したりできる者は老若男女すべてが火あぶりの対象になりました。」
まるで昨日の出来事のように、スラスラと説明をするマルゲッタ。
「初めは東国でのみ起こった運動でしたが次第に飛び火し、この大陸全土で似たような運動が数十年に渡り続いたのです。」
一呼吸置くと、苦悶の表情でマルゲッタは続ける。
「わたしたち魔法使いは絶滅寸前にまで追い込まれました。」
「そこからどうやって盛り返したんじゃ?」
サミュエルの疑問に首を振るマルゲッタ。
「できませんでした、おそらく永久に不可能でしょう。」
苦悶の表情のまま、なおも話を続ける。
「なぜなら、魔道書の多くが焼かれてしまったからです。」
合点がいったサミュエルは再びお茶を飲むと顎ひげを触り始めた。
「魔道書とは、世間一般で言われるようないかがわしい内容の本ではなく、我々魔法使いにとって参考書や教科書のような内容の本でした。」
静かに立ち上がると、マルゲッタは卓上に一本のロウソクを置いた。
「例えば、火の魔法。」
「ろうそくに灯りを灯す時は指先に精神を集中させ、一瞬かつ小さく火を起こすだけに留める。」
実際に卓上のろうそくに火を灯すマルゲッタ。
一同は手品を見る心境でその光景を見つめていた。
「しかし、これでは敵を倒すどころか、怯ませることすら出来ませんよね?」
「そのため、先ほどとは逆の考えで、持続的かつ大きく魔力を、今度は指先では無く手の平に集中させると・・・。」
何も置いていない部屋の隅を目掛け、持続的な火炎の噴射がマルゲッタの手の平から放たれる。
おおっ、とどよめく一同。
「何も燃えてませんよね?」
炎を止めると周りを確認するマルゲッタ。
「と、このような内容がずらずらと書き連ねられているだけです。」
再び静かに席に座るマルゲッタ。
「しかし、これでは禁書に指定することができません、大学の参考書よりもつまらない内容ですからね。」
「それで、悪魔がどうとか、黒いミサがどうとか、世間一般の悪い魔法使いと魔道書の内容がねつ造されたんじゃな?」
大きく頷くマルゲッタ。
「初めのうちは、誰も信じなかったのです。」
うつむきながら暗い表情でマルゲッタは続ける。
「一般的な魔法使いは人々に仇をなすどころか、医者の代わりに病気を治し、薬を処方したり、兵士の代わりに魔物を倒したり研究していましたからね。」
魔族が使役する動植物の中には、人間には見慣れない物も多数存在し、この世界ではそれらを魔物と総称している。
民間伝承の中には、魔法使いが通りすがりに討伐してくれた、というような話も聞かれる。
「しかし、一部の魔法使いは、実際に魔族と密接な関係をもち、人をさらって供物として差し出し、共働して村々を襲っていたのです。」
能力が高い人間は、その力を悪用する方向に使う者も多い。
最後に求められるのは、人間としてのモラルなのだろう。
「我々だって人間なのです、善人も居れば悪人も居ます。」
「中には魔族に脅されて仕方なく協力していた魔法使いも居たことでしょう・・・。」
更に表情が曇るマルゲッタ。
「一般市民は信じなかったのです、いくら我々が無実を訴え、事実と証拠を突きつけようとも信じず、彼らは魔法という未知の力を内心で恐れた。」
机の上を照らすロウソクの炎を睨みつけながら、語気を強くし語り続けるマルゲッタ。
「すると排斥が始まった。初めは、通りすがりに石を投げられる、というようなかわいいものだったのですが、段々とエスカレートしていき、ついには無差別な殺戮へと発展しました。」
一度、タガが外れてしまうと、状況は悪化の方向へ進み続けたのだろう。
人間の本性がむき出しになった瞬間だ。
「治安の急激な悪化を受け、当時の政府は状況を掌握するために、大々的かつ組織的に、表立って魔女狩りを行うようになったのです。」
静かに話を聞いていたサミュエルが疑問を口にする。
「しかし、どうして魔法使いが判別できたんじゃ?」
サミュエルをチラリと見つめると即答するマルゲッタ。
「簡単なことです。生き残るため政府に協力する魔法使いが居たのです。」
「恐らくは、先ほどお話しした悪事を行う魔法使いが保身のため協力したのでしょう。」
悪人はどこまでも悪人なのだろう。
ビルギッタは整った顔を苦痛に歪めながら続ける。
「こうしてどんどん魔法使いは数を減らして行き、そこで我々は最後の手段を講じました。」
「絶滅した、と見せかけたんじゃな?」
「その通り。」
サミュエルの聡明な回答に、スッと表情が元に戻ったマルゲッタ。
「破棄すべき魔道書は既に存在せず、魔法使いも一人残らず全て死んだ。」
「そう思わせるため、陸の孤島とも言うべきこの場所に移り住み、徹底的に他者を遠ざけた。」
「魔道書は記憶のみを頼りに必死で書き起こした。」
「大変な苦労じゃったろう・・・。」
「ですが、我々エルフをさらっていい理由にはなりませんわ!」
とうとう我慢できずファルニールが訴えた。
前のめりになり叫んだファルニールを夫のブルンニルは静止した。
しかし、彼も苦悶の表情を浮かべている。
「ええ、その通り。」
穏やかにエルフの夫妻に微笑むと、回答するマルゲッタ。
「しかし我々も必死なのです。」
次の瞬間には眉をひそめて語気を荒くする。
「はじめのうちは、捨て子や親の同意が得られた赤子のみを受け入れていましたが、そのうち彼らも出し渋るようになったのです。」
魔法使いの一族を束ねる身としては、生存戦略が最優先だったようだ。
「不本意でしたが、実力行使せざるを得ませんでした。」
「物資の件も同じ話の流れです。」
椅子に座り直し、長い脚を組み直すとマルゲッタは続ける。
「初めてエルフの里を焼き払った時は、心労のあまり自ら命を絶つ者すら居ました。」
「だからと言って・・・。」
感極まりブルンニルが呟く。
お互い、正義に裏打ちされた言い分を持っているので、妥協点は見いだせないようだ。
「・・・そちらのエルフ女性の方?」
無表情でファルニールに向き直るマルゲッタ。
「ええ?なんですの?」
「妊娠していらっしゃいますね。」
あっさりと告げられ、驚くファルニール。
「子供の父親は、そちらの方ね。」
今度はブルンニルの方を向くとこれもあっさりと宣告する。
「なぜ分かるんです?まさか・・・。」
すぐに合点が行き、驚愕する。
「ええ、おそらく強い魔力を持って生まれる赤子かと思います。」
絶句する一同。
「無理に差し出せ、とは口が裂けても言えません。」
彼女も母親の身である。
一族の存続を天秤に掛けると村長としての義務を優先したようだ。
「しかし、暗号文の解読は明確な魔族への反逆です、大軍を差し向けられないとも限りません。」
「もしそうなった場合、今度こそ我々魔法使いに最後の瞬間が訪れるのです。」
「交換条件、という訳じゃな?」
頷くマルゲッタ。
「幸い、産まれてくるまでまだまだ時間があります、熟慮していただきたい。」
サミュエルの方を向くと意外な交換条件を更に提示するマルゲッタ。
「引き替えに、と言ってはなんですが私の娘を旅に同行させてください。」
「攻撃と探知魔法の天才です。」
自慢する素振りも見せず、実子の娘の客観的な評価を下す。
「控えめに見積もっても、10人程度の兵士と同等の力がございます。あのような性格ですが、聞き分けはちゃんとしています。」
「魔法使いならではの見解を述べる事も可能です。」
「同じく魔法を使う、魔王一族に対しては非常に有効な対抗策となり得るはずです。」
サミュエルは難しい表情を浮かべ、腕を組んだ。
「うーむ、しばらく考える時間が欲しい。」
「儂の正体について、皆に説明しないといかんし。」
首の後ろを照れくさそうにボリボリと掻きながら言うサミュエル。
「でしたら、正面にある三階建ての建物を宿としてお使いになってください。」
「この村で一番大きな建物です。」
微笑みながらマルゲッタは告げた。
その言葉を受けて一同は荷物を背負うと指定された高い建物に向かった。