第1話 三度目の門出

文字数 2,975文字

果たして世界には中心部、と呼べる物が存在するのであろうか。
この物語の舞台となる大陸において言えば、中心は明らかに西の大国、ウィンスト王国である。
古代より発展と他国との共働の道を突き進んできた経済大国ウィンスト。
他民族や他文化を柔軟に受け入れてしまう懐の深い国民性も古代より養われている。
そのため、エルフ、ドワーフといった人間に近い種族は里を出たらまず、ウィンスト王国を目指す、と言われているほどである。
といっても、現在のこの世界は中世の火薬と帆船が欠かせなくなってきた時代背景となっている。
するとどうであろうか。
以前にも増して地域におけるウィンスト王国の存在感は増し、良質で大規模な港を抱えていた事が、それに拍車を掛けた。
大量物流と、果てしない冒険の時代へと100年ほど前から突入しているのである。
だが、この事を快く思わない種族がいた。
人間から見て異形の者たちである。
魔族(まぞく)
とは、そういった者達に人間が勝手に付けた呼び名である。
緑色や毛皮を纏った肌をし、目の色や体格も人間とは異なる。
思えば、遥かに小規模ではあるものの、以前から彼らとの紛争は絶えなかった。
土地、文化、そして人命と資産を守る戦い。
そこに常識的な正義など介在する余地は無かった。
勝利と敗戦を幾度と無く繰り返し、人類も魔族も離合集散の末にようやく地盤を確保しつつあった。
しかし、大戦は勃発した。
魔族も人類も総力を挙げた血みどろの戦い。
土地も、文化も、そして人命も資産も全てつぎ込み、互いが互いの生存のみを賭けて戦った。
この世界は、既に2度の大戦を経験している。
70年前と、30年前の二度である。
一度目は、お互い初体験という事もあり手探りで始まった。
しかし、あっという間により効率的に相手を倒す手法、戦術を生み出すと即座に戦場に投入した。
犠牲者の数は膨れあがったが、戦場において彼らは捨て置かれた。
すると、人類軍は魔族と比べより高度な戦術を、次々生み出すと瞬時に投入する。
また、様々な体格、体型、そして言語と文化をした魔族に対し、人類はそれら三つをおおむね統一し対抗する。
初めは小さな差異に過ぎなかったが、戦況を鑑みると徐々に歴然とした差になっていく。
そして人類は魔族に対し、勝利したのである。
敗戦した魔族は土地と資産を戦後賠償という形で大量に手放し未開地だった極北の地へと追いやられた。
二度目の大戦は、戦場の様相以外は戦争とは呼べなかった。
滅多に人命が失われないからである。
あらゆる手段で互いを偵察し、分析すると共に先手を常に打ち続ける。
先の大戦の記憶が鮮明な事も手伝い、お互いの国民は反戦的だった。
特に勝利した人類側は栄光の日々を謳歌していた。
しかし、職業軍人達は全く違う現実を当時は生きていた。
あるときは、息も凍る、凍てつく大地で。
またあるときは、うだるような暑さと湿気の密林地帯で。
互いに極限状態へと追い込まれながら、それでも戦う。
国民は遠く離れた安全地帯から、それを日報として受け取る。
自らが勝利しつつある事を確認するか、負けつつあると分かっても今の現状には支障が出ない事を確認すると、忙しい各自の生活へと戻って行く。
身内に軍人が居る者以外は彼らの心中は察する事が出来なかった。
そうした軍人の一人にして彼らの頂点に立っていた男が、物語の主人公、サミュエルである。
今でこそ愛する妻と息子、そして息子の妻、愛犬に囲まれて平和な暮らしを謳歌しているサミュエル。
しかし、彼の身体と心には深い爪痕が残っている。
その事を詳しく知るのは、当時から付き合っていた彼の妻メリンダと、間近で彼の様子を見ていた側近たち、そして本人のみである。

いつものように朝日が昇る直前に悪夢にうなされ、目覚めたサミュエル。
思えば、先の大戦から30年が経ち、今日が終戦記念日で自分がウィンストに凱旋した日でもある。
だが、即位してからというもの常に勝って兜の紐を締める状態が今日まで続いている。
絶対に終わりは来ない。
彼ら魔族の長、魔王は倒れ、そして引き続いて指揮を執るその妃。
自分が30年前に妃を倒した。
妃が息絶える直前に自分に放った言葉が常に頭から離れなかった。
そのため、平和な世になっても他国との軍事演習、経済協力、兵士の質と量の強化を怠らなかった。
その過剰とも言える政策に周囲の首脳陣はおろか、他国の首相から苦言を呈されることも少なくなかったが、世界平和のため、と強硬に押し切ってきた。
数年前、息子が即位しおととしには近隣国の姫と挙式をした。
もう人生の重要なイベントは既に見納めかもしれない。
そう思った矢先である。
息を切らした伝令たちが慌てながら会議室と軍参謀、そして大臣の寝室を行ったり来たりしている。
伝令の兵士に何事か、と訪ねると詳細は分からないがどうやら魔物が総力を挙げて北から攻めてくるらしい、その宣戦布告があったようだ、と。
遂に来たか、サミュエルは不思議と冷静だった。
常に心構えをしていたためだ。
朝食を食べる暇も惜しみ、首脳陣が結集した会議がすぐに行われた。
もちろんサミュエルも参加した。
陸・海軍の元帥による分析、各大臣の情報提供をまとめると・・・。
30年前、北の果てに追いやった魔物達だが、討ち漏らした軍勢はどうやら各国に潜伏し、北の総本山と密接な連絡を取っていたようだ。
今日はこの国のみならず、人類世界全体にとっても重要な祝日であるが、彼らにしてみれば王族を殺された苦い記憶を思い起こさせる日である。
宣戦布告は明確でまるで法律文書のように整った文言で各国首脳陣に直接届けられたが、配達方法は不明。
具体的な魔物軍の規模や練度・装備などは全く分からないが、30年間の鍛錬と蓄えがあると見てまず間違いない。
具体的な進行開始の日時、場所は不明なので防御策を取りにくい。
慌てる首脳たちにサミュエルの息子、現役の国王であるミカエルが臨戦態勢と非常事態宣言の伝達、そして各国の首脳たちにもそうするよう勧める文書をすぐに送る事を決定し、会議は終了した。
手塩に掛けて育て、たくましく成長したミカエルの姿を見て、サミュエルの心は決まった。
最小限の装備のみを携えて魔王軍を偵察する旅に出よう、と。
自分はもう、すっかり役目を終えたのだ。
こう言った形で不本意ではあるものの、以前から世界中を旅して回りたい、と常々思ってはいた。
今回の場合、見聞を広げると共に、軍人だった自分の技術を活かす事もできる。
また、30年間国王を務めた経験と地位を利用し、兵卒と比べて遥かに多くの貢献が出来る。
一石二鳥どころの話ではない。
義務が生じた場合、それを果たすのみ。
古代より軍人に戒められてきた訓示である。
国民や首脳の見送りは必要ない。
手紙で随時連絡すれば良いだろう。
明らかに偵察任務の様相を呈しているからである。
盛大に見送られては、とても偵察とは言えない。
会議を終えると、半ば放心状態で自室へと戻るサミュエル。
そして、長い間仕舞い込んでいた鎧や兜、大きな背嚢や寝具をクローゼットやベッドの下から引っ張り出し、埃を丁寧に払う。
ゆっくりと旅支度をするサミュエルを妻のメリンダが見つけ、彼女はすぐに悟った。
止めても無駄で、自分に出来る事は見送ることと、準備を手伝うことのみであると。
30年前、魔王妃を討伐したあの日と同じように。
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登場人物紹介

サミュエル·ドゥーベ:60代の男性。西の大国、ウィンストを30年以上も統治した元国王。前王(ぜんおう)という肩書を与えられ、王宮で引退生活をしていた。しかし、魔王軍の宣戦を受けて最後の旅に出る。政治的駆け引き、作戦立案、各種の法律等に卓越した知識を持つ。また、徒手格闘、盾と剣を用いた剣術も得意な元気な爺様。好きな食べ物は妻の手料理、嫌いな物は生野菜。猟犬フリードの飼い主でもある。

フリード:5歳の猟犬。戦闘と追跡の訓練を受けている。また、魔族を嗅ぎ分ける事が出来る。性格は大人しく、聞き分けが良い。吠えて返事をするクセがある。

好きな食べ物は鹿の生肉、嫌いな食べ物は生野菜。

メリンダ·ドゥーベ:60代の女性。サミュエルの妻。元々、貴族の3女だったため自らお家騒動から身を引く形で14歳の時に修道院に入った。しかし、野戦病院と化した先の大戦中の修道院で「慈悲深き神」の存在に疑問を抱くように。

そんな中、当時から英雄ともてはやされていたサミュエルに出会い、彼を手当てするうちに恋に落ち、駆け落ち同然で修道院を後にした。優しいが気丈な性格。好きな食べ物は、カテリーナの作るお菓子ならなんでも。嫌いな食べ物は塩辛い料理全般。実は乗馬が得意。

ミカエル·ドゥーベ:30代前半。現役のウィンスト国王。小さい頃から英才教育を受けた、「王になるべくして王に」なった人物。冷静沈着な性格だが、冷血な人物ともとれる。愛情や親切さが無い訳ではなく、単に生真面目なだけである。

好きな食べ物は、甘いお菓子。嫌いな食べ物は塩辛い料理全般(母親に似たようだ)実は鎧を着込んでの馬上槍試合で無敵の強さを誇る、文武両道の人物。

カテリーナ·ドゥーベ:30代前半。ウィンスト隣国、セラームのお姫様(国王の娘)

産まれた時からミカエルと結婚する事が決まっていた。しかし、男女の幼なじみとして親交を深めるうちに、政略結婚と恋愛を兼ねてしまう事になった。

華奢な体格で、小さい頃は病気がちだったが、ミカエルが外に連れ出して遊ぶうちに身体は丈夫になったようだ。

好きな食べ物は、セラームの茶菓子、嫌いな食べ物は生焼けのステーキ。実は刺繍が得意で、いつか個展を開きたいと考えている。

ヒルダ:魔王軍の総大将。人間の寿命に直すと、十代後半の女子。父サンゲルは何者かに暗殺され、母エルザは幼いときサミュエルとの一騎打ちで敗れ殺害された悲運な人物。そのため、サミュエルと人類全体に対して底しれぬ憎悪を抱いている。可憐な外見だが、服装も地味で恋愛には一切興味が無い冷酷非情な人物

好きな食べ物はサソリの唐揚げ、嫌いな食べ物は薬味の効いた料理。火を扱う魔法が得意で小さい頃は母親に対して度々、火を使うイタズラを仕掛けていた

デガータ(メイドのメグ):妖艶な美女だが、性格は生い立ちの事もあり「堅物」そのもの。とにかく真面目で職務最優先である。そのため、冗談や笑い話が通じない。ヒルダを姉として母として支える事が生き甲斐となっているため、自身の事は二の次である。外見の共通点が非常に多いため、どうやら魔王一族の親戚なようだが、詳細は不明。好きな食べ物はビーフジャーキ、嫌いな食べ物は生魚。実は料理全般が得意でプロ級。ヒルダを喜ばせるためではなく、毒薬調合の合間に上達したようだ。

エルンスト:2mちょうどくらいの身長をした巨漢。戦争孤児のため、名字と自分の年齢がわからない(生年月日が不詳)

砂漠の国カラリム帝国出身の20代後半男性。双剣の使い手で大道芸の達人という二面性のある肩書を持つ。

が、本人は至って真面目で動物にも優しい人物。卓越した戦闘能力以外では、動物の解体&皮のなめし、木工や鉄工にも詳しい。これは産まれ住んだ地域が関係しているようだ。

ナンス:20代半ばの(元)盗賊団のリーダー。女性にしてはやや身長が高い。

明るく元気だが、少しマヌケな性格。

面倒見が良く家庭的なため、半ば義賊だった盗賊団で引き取った孤児たちの面倒を良く見ていた。手先と身のこなしはプロの盗人らしく卓越している。

旅のメンツのムードメーカー。

ファルニール:エルフの女性。柔和な印象を与える美女だが、エルフ随一の弓の使い手で鷹のような視力を誇る。

森から出た事があまり無いので、何でもかんでも「自己流&エルフ流」にしてしまう。物言いのハッキリした気の強い人物。実はブルンニルに惚れたのは彼女のほう。恥ずかしいので周囲には伏せているが、彼と家族にはバレている。

ブルンニル:エルフの鍛冶屋&大剣の使い手。ファルニールの旦那さん。温厚な性格で周囲に流されやすい。職人らしくDIY精神の塊で大剣とその留め具に留まらず様々な武器、防具を自作しファルニールと旅に出た。彼女の弓矢も彼の手製である。実は弟が居る。兄弟二人で鍛冶屋を経営しているようだ。

アイヒ:痩身の老人。魔王軍と姫の調整役。かなり以前、前魔王、そしてその妃エルザの補佐も長年、務めていた勤勉な人物。常に冷静で声を荒げたりすることはない。貴族出身で社交の場でも存在感がある人物。休暇はもっぱら執筆にいそしむ生活をしている。近年の著作は、「竜人族における飛竜の運用及び調教方法について」魔王軍士官学校のテキストに採用される予定である。ドライデルとは旧知の仲。


ドライデル:竜人族と竜人で構成された軍のトップ。知恵と経験を重んじる性格で筋違いの推論や的外れな批判などには即座に反論する正義感の強い人物。

普段から本の虫で、知識欲が強い。これはエリート竜人全体的に当てはまる傾向である。休暇は愛用の飛竜の世話や騎乗しての空中散歩をしている。同じ空を飛ぶ鳥人には仲間意識があるようだ。

ルフマン:獣人族の男性。部族社会の彼らにおいて満場一致でリーダーに選ばれた実力と幸運を併せ持つ男。獣人においては小柄な方で昔から頭の回転が早い事を活かしてきたようだ。顔に大きな傷跡がある。喧嘩ばかりする彼ららしいと言えばらしい特徴。彼の故郷には妻と小さい娘が帰りを待っている。今回の戦争は家族を養うためでもあるのだ。

イガール:鳥人族の実質トップの女性。一族で最も速く飛べる翼を持ちよく回る舌と頭脳をした才女。弟のアガムと二人三脚で頂点にのし上がったようだ。奸計や相手の裏をかくのが得意だが、善悪の判断はハッキリしている、喰えない性格

特に実子や所帯は持っておらず、婚期を逃すまいと休暇はそういった活動で忙しいようだ。もっとも、彼女の眼鏡にかなうのは彼女の実の弟くらいの様子。

アガム:鳥人族の男性でイガールの弟。

彼女とは違い、彼は根っからの武闘派で昔から姉を守るべく武芸を磨き、知恵を付けた苦労人。他人を突き放す印象を受ける姉とは違い、柔らかい物腰をした皮肉屋。実質的に実働部隊のリーダーを今回は務めている。

休暇は姉につきあわされて荷物持ちや書類作成の手伝いをさせられている。

もっとも、独りで暇なときはひたすら稽古をしているようだが。

ガモー:屈強なオークの男性。真面目で実直な性格で、普段は無口である。

根っからの軍人気質で、部隊の仲間を大切にし、共に過ごす事に喜びを感じているが、陳情も聞く懐の深さもあるようだ。つんつるてんの魔王軍将校の制服を着ているが、これは彼がオークの中でも特に巨体であるためと、わざわざ特注して作らせる事に煩わしさを感じたため。

スナギ:東の果てにある島国に住む鬼一族の頭領。要は忍者をしている彼らの中でも特に腕が立ち、家柄も優れた人物。

武人らしく竹を割った様な豪胆な性格。机上で作戦を練るのはもちろん、現場で指揮を執るのも得意な戦上手。時々、抜けた発言をするのは常に真面目でふざけることがないせい。

休暇は武具の手入れを妹と一緒にするのが日課だ。

魔王サンゲル:物語開始時点から40年前に何者かに暗殺された。知力に優れた人物で周りの意見も良く聞くため頼りにされていたようだ。エルザとは相思相愛で体育会系の彼女を知恵で支えていた様子

読書が趣味。純文学など難解な本を好んだようだ。

魔王妃エルザ:ヒルダの母親。サミュエルとの一騎打ちで敗れ殺害される。夫の死後、引き継いだ公務で領地を飛び回る生活をしていたが、ヒルダの前では明るく優しい母親だったようだ。魔王一族で並ぶ者が居ない剣豪で、これは彼女の家系が陸軍人トップを代々輩出することと関係している

彼女自身も結婚前は陸軍人だったが、社交界で魔王サンゲルからダンスを申し込まれ快諾した事が運命を決めた

沼地の魔女マルゲッタ:妖艶な雰囲気を漂わす中年女性。

エルフと人間の混血で、非常に高い魔力と長い寿命を持つ。

魔法そのものについての造詣も深い

物腰は柔らかく口調も丁寧だが、自分の意志はハッキリと伝える性格。

これは彼ら魔法使いの辿った歴史が関係している

腰に剣を帯びているが、飾りではなく剣技も得意。

もっとも、人の立ち入らない沼地では枝木の剪定にもっぱら使用するようだ

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