第34話 沼地からの来客
文字数 1,375文字
すると、徐々に草木は枯れ、足下はぬかるんでいく。
「皆、沼地に入ったようだ、足下に気を付けるように。」
背嚢から地図を取り出すとサミュエルは注意深く確認する。
「しばらくまっすぐ歩けば魔法使いが迎えにやってくる手筈じゃ。」
地図をしまったサミュエルは一同に告げた。
やや横に広がりながら、一同は尚も歩を進める。
すると、遠くに暗い色のローブを纏った人影が現れた。
一行で最も優れた視力を誇るファルニールが進み出て、その姿を注意深く確認する。
「間違いないですわ、魔法使いです。」
人影もこちらに気がついた様子で杖をつきながら近づいてくる。
「お待ちしておりました、わたくし、沼地の監視役を務めております、マルゲッタと申します。」
エルフと人間の特徴を併せ持ったその中年女性は自己紹介をした。
自分の背丈よりも大きな杖を持ち、腰には剣を帯びている。
妖艶な、という形容詞がしっくりくる美女である。
「どうも、旅のリーダーを務めておる、サミールと申す。」
こちらエルンスト殿、ナンス殿、ファルニール殿とその夫のブルンニル殿。
足下でクーン、と小さくフリードが鳴いた。
「おっと、そうそう、こいつはフリード。」
一同はマルゲッタに礼をすると、彼女は先に進むように促した。
「手紙は届いたかの?」
サミュエルが彼女に尋ねると、マルゲッタはうなずきながら言う。
「ええ、確かに届いております。」
「初めて里の長が出した便りに、我らも驚いております。」
杖をつきながら歩くマルゲッタだが、歩くスピードは沼地のぬかるんだ地面にしてはかなり速い。
どうやら早く一同を目的地に連れていきたい様子だ。
「しかし、状況を鑑みれば致し方ないかと。」
「何かあったようじゃな?」
サミュエルが察する。
「ええ、魔族が以前よりも頻繁にこの沼地を訪れるように。」
歩みを緩める一同。
その様子を見てうっすらと微笑みながらマルゲッタは続けた。
「心配は無用です、魔物の雑兵程度なら、いくらでも相手にできます。」
「向こうもそのことは十分に承知してますので、下手に手出しはしません。」
魔法使いは恐ろしい。
この世界では、一人の魔法使いに脅されただけで城を明け渡した王の話や、一人で竜を倒した魔法使いの話が昔話として言い伝えられている。
魔法使いに憧れるか恐れるかは読み手によるのだが。
「そうですね・・・。」
しばらく考えた後に彼女は続けた。
「いうなれば治外法権の地が、この沼地です。」
両手を広げ、枯れた木々や深い沼地を示すマルゲッタ。
「魔族でも人類でもこの地には立ち入る事が出来ます。」
「そちらの監視の下で、じゃな?」
「その通り。」
マルゲッタは言う。
「いささか窮屈な思いをさせてしまうかもしれません。」
「ですが、我らは自分で自分の身を守るより他は無いのです。」
「見ての通り、ここは不毛の大地。」
「特別な用事が無い限り誰も訪れない場所です。」
サミュエルの持っている地図にも、沼地、とだけ記され詳しい地形や村の位置などは示されていない。
地図を作製した者も魔法使いが恐ろしかったのだろうか。
「魔族連中の用事とは何じゃ?」
「詳しい事は着いてからお話しいたします。」
お茶を濁すマルゲッタ。
妖艶な雰囲気と相まって、一同は警戒を強める。
「・・・そろそろ見えてくるはずです。」
一行はマルゲッタの案内の元、慎重に歩みを進めた。