第18話 プリペア・フォー・ウォー

文字数 2,604文字

来たか。
 新月の真夜中、東の島国の沿岸部。
愛用の刀を携えて腹心の部下と共に待つスナギの前。
軍艦が数隻、その上を竜、更にその上を鳥人が群れをなして現れた。
「狼煙に火を着けよ!」
スナギが叫ぶと即座に狼煙があがった。
それを目印に鳥人達が速度を上げて近づいてきた。
凄まじい速さだ。
あっという間にスナギ達の目の前にリーダー格の鳥人が降り立った。
「イガールの弟、アガムと申します、以後お見知りおきを。」
その鳥人は名乗った。
鎧は着ておらず着心地の良さそうな洋服に短剣と弓矢を背負っている。
スナギにも負けず劣らずの鋭い眼光と武人の佇まいだが、イガールの放つ気品も持ち合わせている。
その直後、鳥人たちは速度を保ったまま、頭上を駆け抜けていった。
「鬼の頭領、スナギと申す。」
チラリと頭上を見やると、お辞儀をする鬼の一同。
「ここまでは予定通りだね。」
とアガムは、スナギに先に進むよう手で促すと、スナギに言った。
「うむ、ここからが肝要。」
それを受け歩きながら、スナギは言う。
「後片付けの首尾は?」
尋ねるアガム。
「あらかた済みました。魔人たちは素晴らしい働きをしてくれたのです。」
スナギのすぐ脇に歩く男鬼がすかさず報告した。
「結構、姉も喜ぶ。」
目元をほころばせるアガム。
「イガール殿はあの一団におわすのか?」
尋ねるスナギに、いいえ、と答えるアガム。
「姉は魔王城に残ったよ。その方が姫のお役に立てるとの考えで。実際、そうだろうね。」
と続けるアガム。
「身内の方が申すならそうであろうな。」
残念そうなスナギ。
「船にはルフマン様、ガモー様が乗船しておいでだ。」
とアガム。
「それならば、我が出迎えねばなるまい。」
とスナギ。
「では、ごきげんよう。」
お辞儀の後飛び立つアガム。
「いよいよですね。」
と眼帯の男鬼。「うむ。」
と大きく頷くスナギ。

「・・・ガモー殿!船旅はどうであった?」
 続々と上陸する獣人たちの中に、棍棒を背負った魔人を見つけ、スナギは話しかけた。
「やはり酔うな、地に足つけてホッとしている。」
とガモー。
「合同訓練は完了いたした。予定通り、作戦は決行される。」
「そうか、あいつらの顔を早く見たいよ。
とガモー。
二人は並んで内陸へと歩き出した。

 沿岸部のほど近く、里山の大きな平屋で軍議が行われた。
スナギとその腹心の面々、ルフマン、ガモー、アガム、そして作戦の実働部隊リーダーたち。
「では、これより軍議を開始いたす。」
とスナギ。
「アガム殿、大陸国はどんな様子であった?」
彼に尋ねるスナギ。
「連中は慌てて軍備を敷いていて、主に沿岸部に防衛線を張ったね。」
と、アガムが答える。
「詳細な位置はわかりかねるか?」
スナギが尋ねる。
「わかるとも、ここと、ここと、ここ。」
自分の尾羽を飛ばし、壁に貼り付けた大陸の地図に突き刺した。
刺さった羽の位置を見てガモーとスナギが息を吐いて安堵する。
「これが正しければ、作戦は上手く運ぶだろう。」
ガモーが言った。
「うむ、では作戦の流れを説明いたす。」
目配せを受け、眼帯の男鬼が地図へと歩み出る。
「我ら鬼の一団は、闇夜に乗じ、この位置より上陸します。」
アガムが記した防衛線のはるか上方を指さす男鬼。
「・・・そこから浸透し、この三カ所の大河の関を爆破します。」
地図に記された大きな川のやや海側に画鋲を刺した。
「・・・移動の手筈は?」
眠そうなルフマンがあくびしながら尋ねた。
「鳥人の中でも特に速く飛べる者を付ける、重い荷物も運べるさ。」
すかさず答えるアガム。
「俺たちはその間、何をすりゃいいんだ?」
疑問をぶつけるルフマン。
「まずは休め。それから再軍備を始めていただく。魔人たちのお陰で戦乱の後片付けは済んでおる。」
スナギが提案すると、ルフマンは笑いながら言った。
「そりゃいい、仕事が一つ減ったわけだ。」
「・・・不満でも?」
真顔で尋ねるガモー。
「・・・いや、無いね。」
答えるルフマン。
「・・・続けよ。」
スナギが先を促す。
「はっ、ガモー殿の軍団には上陸作戦を決行していただく。大規模な上陸に見せかけるため、やや波状に広がり各防衛線を徹底的に叩いていただく。敵は後退せざるを得ないでしょう。」
「・・・艦砲射撃を飛龍の火球が増強する手筈だ。」
続けるルフマン。
「ようは徹底的に耕した畑に種を撒く、って寸法だ。その時点で敵が撤退した場合は、爆破が早まるだけだな。」
言い終えるルフマン。
「・・・高周波を用いて交信いたす。」
男鬼の後を引き継ぐスナギ。「鬼と魔人には聞こえぬが、鳥人と獣人たちには聞こえる。このような音だ。」
取り出した犬笛を吹くスナギ。
すかさず固まるルフマンと慌てて耳を塞ぐアガム。
「・・・目が醒めたぜ。」
「・・・はっきりと聞こえたよ。」
とルフマンとアガム。
「すまぬ、いささか強く吹きすぎた。」
謝るスナギ。
「・・・もちろん、人間には聞こえませぬ。耳の良いエルフや、魔王族、探知魔法を使っている魔法使いには看破されますが、東の大陸はそれらを徹底的に排斥してきた連中。万が一にも備え下調べも済んでございます。」
「確かに居ないんだな?」
目が冴えたルフマンが尋ねると眼帯の男鬼は大きく頷いた。
「その後はどうなる?」
静かにガモーが尋ねた。
「上手く運べば連中は濁流に飲まれます。ガモー様の軍団にはぎりぎりまで敵を追い詰めていただきたく存じます。」
「濁流が近づいたら僕らが魔人たちを捕まえて、船まで運ぶってわけさ。」
アガムが引き継ぐ。
「いい作戦じゃねえか、悪かねえぜ!」
満面の笑みでルフマンが喜んだ。
「船にはルフマン殿が搭乗していただき、艦砲の指示と誤差修正を願いたく。」
スナギが頼むとルフマンが尋ねる。
「おまえらはどうすんだ?」
「一番槍さ。」
とアガムが答える。
ため息をつくルフマン。
「正確には俺とスナギが一番槍だ、アガムは伝令と視察だ。」
とガモー。
「まあ、寄ってくる蟻は倒すけどね。」
そう告げるアガム。
「・・・羨ましいねえ。」
と肩を落とすルフマン。
「成功した暁にはアガム殿が直接姉上のイガール殿に伝えていただく。」
「・・・それなんだけどね?」
とアガム。
「僕の腹心を行かせて僕自身は船に戻る。その際、スナギかガモーのどちらか、時間に余裕が有れば両方を運んであげよう。」
「恩に着る。」
「かたじけない。」
とガモーとスナギ。
フン、と鼻を鳴らすルフマン。
「では、作戦決行まで自由解散といたす、皆の者、遅れなきよう。」
立ち上がりお辞儀をするスナギ。
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登場人物紹介

サミュエル·ドゥーベ:60代の男性。西の大国、ウィンストを30年以上も統治した元国王。前王(ぜんおう)という肩書を与えられ、王宮で引退生活をしていた。しかし、魔王軍の宣戦を受けて最後の旅に出る。政治的駆け引き、作戦立案、各種の法律等に卓越した知識を持つ。また、徒手格闘、盾と剣を用いた剣術も得意な元気な爺様。好きな食べ物は妻の手料理、嫌いな物は生野菜。猟犬フリードの飼い主でもある。

フリード:5歳の猟犬。戦闘と追跡の訓練を受けている。また、魔族を嗅ぎ分ける事が出来る。性格は大人しく、聞き分けが良い。吠えて返事をするクセがある。

好きな食べ物は鹿の生肉、嫌いな食べ物は生野菜。

メリンダ·ドゥーベ:60代の女性。サミュエルの妻。元々、貴族の3女だったため自らお家騒動から身を引く形で14歳の時に修道院に入った。しかし、野戦病院と化した先の大戦中の修道院で「慈悲深き神」の存在に疑問を抱くように。

そんな中、当時から英雄ともてはやされていたサミュエルに出会い、彼を手当てするうちに恋に落ち、駆け落ち同然で修道院を後にした。優しいが気丈な性格。好きな食べ物は、カテリーナの作るお菓子ならなんでも。嫌いな食べ物は塩辛い料理全般。実は乗馬が得意。

ミカエル·ドゥーベ:30代前半。現役のウィンスト国王。小さい頃から英才教育を受けた、「王になるべくして王に」なった人物。冷静沈着な性格だが、冷血な人物ともとれる。愛情や親切さが無い訳ではなく、単に生真面目なだけである。

好きな食べ物は、甘いお菓子。嫌いな食べ物は塩辛い料理全般(母親に似たようだ)実は鎧を着込んでの馬上槍試合で無敵の強さを誇る、文武両道の人物。

カテリーナ·ドゥーベ:30代前半。ウィンスト隣国、セラームのお姫様(国王の娘)

産まれた時からミカエルと結婚する事が決まっていた。しかし、男女の幼なじみとして親交を深めるうちに、政略結婚と恋愛を兼ねてしまう事になった。

華奢な体格で、小さい頃は病気がちだったが、ミカエルが外に連れ出して遊ぶうちに身体は丈夫になったようだ。

好きな食べ物は、セラームの茶菓子、嫌いな食べ物は生焼けのステーキ。実は刺繍が得意で、いつか個展を開きたいと考えている。

ヒルダ:魔王軍の総大将。人間の寿命に直すと、十代後半の女子。父サンゲルは何者かに暗殺され、母エルザは幼いときサミュエルとの一騎打ちで敗れ殺害された悲運な人物。そのため、サミュエルと人類全体に対して底しれぬ憎悪を抱いている。可憐な外見だが、服装も地味で恋愛には一切興味が無い冷酷非情な人物

好きな食べ物はサソリの唐揚げ、嫌いな食べ物は薬味の効いた料理。火を扱う魔法が得意で小さい頃は母親に対して度々、火を使うイタズラを仕掛けていた

デガータ(メイドのメグ):妖艶な美女だが、性格は生い立ちの事もあり「堅物」そのもの。とにかく真面目で職務最優先である。そのため、冗談や笑い話が通じない。ヒルダを姉として母として支える事が生き甲斐となっているため、自身の事は二の次である。外見の共通点が非常に多いため、どうやら魔王一族の親戚なようだが、詳細は不明。好きな食べ物はビーフジャーキ、嫌いな食べ物は生魚。実は料理全般が得意でプロ級。ヒルダを喜ばせるためではなく、毒薬調合の合間に上達したようだ。

エルンスト:2mちょうどくらいの身長をした巨漢。戦争孤児のため、名字と自分の年齢がわからない(生年月日が不詳)

砂漠の国カラリム帝国出身の20代後半男性。双剣の使い手で大道芸の達人という二面性のある肩書を持つ。

が、本人は至って真面目で動物にも優しい人物。卓越した戦闘能力以外では、動物の解体&皮のなめし、木工や鉄工にも詳しい。これは産まれ住んだ地域が関係しているようだ。

ナンス:20代半ばの(元)盗賊団のリーダー。女性にしてはやや身長が高い。

明るく元気だが、少しマヌケな性格。

面倒見が良く家庭的なため、半ば義賊だった盗賊団で引き取った孤児たちの面倒を良く見ていた。手先と身のこなしはプロの盗人らしく卓越している。

旅のメンツのムードメーカー。

ファルニール:エルフの女性。柔和な印象を与える美女だが、エルフ随一の弓の使い手で鷹のような視力を誇る。

森から出た事があまり無いので、何でもかんでも「自己流&エルフ流」にしてしまう。物言いのハッキリした気の強い人物。実はブルンニルに惚れたのは彼女のほう。恥ずかしいので周囲には伏せているが、彼と家族にはバレている。

ブルンニル:エルフの鍛冶屋&大剣の使い手。ファルニールの旦那さん。温厚な性格で周囲に流されやすい。職人らしくDIY精神の塊で大剣とその留め具に留まらず様々な武器、防具を自作しファルニールと旅に出た。彼女の弓矢も彼の手製である。実は弟が居る。兄弟二人で鍛冶屋を経営しているようだ。

アイヒ:痩身の老人。魔王軍と姫の調整役。かなり以前、前魔王、そしてその妃エルザの補佐も長年、務めていた勤勉な人物。常に冷静で声を荒げたりすることはない。貴族出身で社交の場でも存在感がある人物。休暇はもっぱら執筆にいそしむ生活をしている。近年の著作は、「竜人族における飛竜の運用及び調教方法について」魔王軍士官学校のテキストに採用される予定である。ドライデルとは旧知の仲。


ドライデル:竜人族と竜人で構成された軍のトップ。知恵と経験を重んじる性格で筋違いの推論や的外れな批判などには即座に反論する正義感の強い人物。

普段から本の虫で、知識欲が強い。これはエリート竜人全体的に当てはまる傾向である。休暇は愛用の飛竜の世話や騎乗しての空中散歩をしている。同じ空を飛ぶ鳥人には仲間意識があるようだ。

ルフマン:獣人族の男性。部族社会の彼らにおいて満場一致でリーダーに選ばれた実力と幸運を併せ持つ男。獣人においては小柄な方で昔から頭の回転が早い事を活かしてきたようだ。顔に大きな傷跡がある。喧嘩ばかりする彼ららしいと言えばらしい特徴。彼の故郷には妻と小さい娘が帰りを待っている。今回の戦争は家族を養うためでもあるのだ。

イガール:鳥人族の実質トップの女性。一族で最も速く飛べる翼を持ちよく回る舌と頭脳をした才女。弟のアガムと二人三脚で頂点にのし上がったようだ。奸計や相手の裏をかくのが得意だが、善悪の判断はハッキリしている、喰えない性格

特に実子や所帯は持っておらず、婚期を逃すまいと休暇はそういった活動で忙しいようだ。もっとも、彼女の眼鏡にかなうのは彼女の実の弟くらいの様子。

アガム:鳥人族の男性でイガールの弟。

彼女とは違い、彼は根っからの武闘派で昔から姉を守るべく武芸を磨き、知恵を付けた苦労人。他人を突き放す印象を受ける姉とは違い、柔らかい物腰をした皮肉屋。実質的に実働部隊のリーダーを今回は務めている。

休暇は姉につきあわされて荷物持ちや書類作成の手伝いをさせられている。

もっとも、独りで暇なときはひたすら稽古をしているようだが。

ガモー:屈強なオークの男性。真面目で実直な性格で、普段は無口である。

根っからの軍人気質で、部隊の仲間を大切にし、共に過ごす事に喜びを感じているが、陳情も聞く懐の深さもあるようだ。つんつるてんの魔王軍将校の制服を着ているが、これは彼がオークの中でも特に巨体であるためと、わざわざ特注して作らせる事に煩わしさを感じたため。

スナギ:東の果てにある島国に住む鬼一族の頭領。要は忍者をしている彼らの中でも特に腕が立ち、家柄も優れた人物。

武人らしく竹を割った様な豪胆な性格。机上で作戦を練るのはもちろん、現場で指揮を執るのも得意な戦上手。時々、抜けた発言をするのは常に真面目でふざけることがないせい。

休暇は武具の手入れを妹と一緒にするのが日課だ。

魔王サンゲル:物語開始時点から40年前に何者かに暗殺された。知力に優れた人物で周りの意見も良く聞くため頼りにされていたようだ。エルザとは相思相愛で体育会系の彼女を知恵で支えていた様子

読書が趣味。純文学など難解な本を好んだようだ。

魔王妃エルザ:ヒルダの母親。サミュエルとの一騎打ちで敗れ殺害される。夫の死後、引き継いだ公務で領地を飛び回る生活をしていたが、ヒルダの前では明るく優しい母親だったようだ。魔王一族で並ぶ者が居ない剣豪で、これは彼女の家系が陸軍人トップを代々輩出することと関係している

彼女自身も結婚前は陸軍人だったが、社交界で魔王サンゲルからダンスを申し込まれ快諾した事が運命を決めた

沼地の魔女マルゲッタ:妖艶な雰囲気を漂わす中年女性。

エルフと人間の混血で、非常に高い魔力と長い寿命を持つ。

魔法そのものについての造詣も深い

物腰は柔らかく口調も丁寧だが、自分の意志はハッキリと伝える性格。

これは彼ら魔法使いの辿った歴史が関係している

腰に剣を帯びているが、飾りではなく剣技も得意。

もっとも、人の立ち入らない沼地では枝木の剪定にもっぱら使用するようだ

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