第32話 メモリア
文字数 2,521文字
カテリーナが寝室から呼ぶ声で、メグことデガータはハッと気がついた。
「今、参ります。」
メグは寝室のドアをくぐった。
「手紙と、読み終えた本とお茶を片付けてくださる?少し眠ります。」
メグはその言葉を受けてテキパキと片付けを済ませ、分厚いカーテンを閉めた。
「寝付くまでお話しに付き合ってくださらない?」
カテリーナが頼むと、メグは頷き承諾した。
ベッドの側の椅子に腰掛け、
「何のお話しをいたしましょう?」
メグは聞いた。
「そうねぇ・・・。あっ、私の話をしようかしら?新任ですものね。」
笑顔を見せながらカテリーナが切り出した。
すると、穏やかな表情でカテリーナは話し出す。
「実は私、産まれた時からミカエルと結婚する事が決まっていたの。」
内心、納得したメグことデガータ。
「お互い隣国の王族同士で、妃は同時期に妊娠と出産をして、産まれた子供は異性だったでしょう?」
「血のつながりも薄いし、これは良い機会だろう、ってサミュエルお義父様とセラーム王で私の父上、ジャン13世は思ったみたい。」
近親での婚姻はなるべく避けたいのは王族ならではだとメグは感じた。
親戚同士での揉め事や、遺伝的な病気はいつの時代でも厄介である。
「サミュエル様とジャン様のご関係は?」
尋ねたメグに対し、カテリーナは素直に答える。
「良く有る話よ、お互い王族でしかも騎士団長だったの。下士官のころから仲良しだったみたい。」
メグは話の合間に丁寧に相槌をうつ。
「お互いの結婚や出産にも必ず立ち会っていたそうよ。」
「もちろん、私たちの結婚式や、ミカエルの戴冠式にも。」
実際には目にしていないメグにも、豪華で、荘厳な式典の様子がはっきりと思い起こされた。
「仲がよろしいんですね。」
静かに言うメグ。
「物心付いて最初に覚えている事は・・・。」
ふと、思い出話を始めるカテリーナ。
波乱のない、幸せな人生を歩んできた彼女にとって思い出というものはいつでも誰かに語りたい存在だ。
「あっ!サミュエルお義父さまに直接、剣の指導を受けているミカエルね。」
うきうきと話すカテリーナ。
メグことデガータはうっすら微笑んで彼女の思い出話に耳を傾ける。
「なんの気なしにお気に入りのお人形を持ってこの王宮を散歩していたらたまたま目にしてね。」
「二人が休憩に入るまでじっと真剣に体を動かす二人を見つめていたわ。」
クスクスと笑いながら尚も語るカテリーナ。
「男の人って大変なんだな、って幼心に思ったものよ?」
さらに小さく笑うカテリーナ。
「サミュエルお義父さまが立ち去ったあと、ミカエルに気づかれたから私の方からミカエルの元に歩いて行ってね、お互い、挨拶したあと手に持ってる物を交換してみたの。」
「それは思い切りましたね。」
驚くメグ。
「でしょう?本当に子供って分からないものよね?」
カテリーナは驚きの表情を浮かべながらも楽しさに浸りながら話を進める。
「私は子供向けの絵本に出てくる伝説の剣みたいな物になんとなく興味あったし、ミカエルの方は毎日体を動かして勉強してばかりだったからお人形なんて持ってなかったのね。」
「ミカエルが、サミュエルお義父さまが戻ってくる前に立ち去った方が良い、って私に言うものだから、その日はお互いに木製の剣と陶器のお人形を交換したまま別れたの。」
「道中、何も言われなかったのですか?」
疑問をぶつけるメグ。
微笑みながらカテリーナは言う。
「それがね、帰りの馬車でも夕食の席でも、私の両親は意味ありげにこっちをみて笑ってばかりで何も言わなかったの。」
「ずいぶん経ってから手紙でミカエルにその日の事を聞いてみたら、ミカエルのご両親もおんなじ反応だったそうよ。」
「大人っていやらしいわよね。」
クスクスと笑うカテリーナ。
「それでね、近所のアンヌが、産まれた時から白馬に乗った王子様が居て羨ましい、ってよく私に言うものだから。」
話すのに疲れたのか、寝相を変えながらメグに話しかける。
「ウィンストに白馬は居ないけど、確かにミカエルはウィンストの王子様ね?って私が言ったら、凄く嫌な顔をされたわ。」
隣国セラームでは、白馬は高貴な身分の象徴だが、ウィンストの地方には栗毛の馬しか存在していない。
セラームから出た経験の無いアンヌにはそれが分からなかったのだろう。
「普通の人が欲しがる物を産まれた時から持っていると、その価値には気がつかないものよね。」
しみじみと語るカテリーナ。
彼女の瞼が重くなってきているのがメグにはわかった。
「・・・では、手紙を出して参ります。」
「おやすみなさい、カテリーナ様。」
「お休みなさい、メグ。」
手紙の束を手に持ち、メグは静かに寝室を後にした。
寝室を出て王宮の郵便係の方向へ歩いていると、メグはメリンダとすれ違った。
「あら、メグ。」
「奥様、ご機嫌麗しゅう。」
挨拶を交わすと、メリンダがメグに尋ねた。
「カテリーナの様子はどうかしら?」
「今はお休みになられております。」
「・・・そう、それはよかった。」
しかし、メリンダの表情は暗い。
「ご両親は内科医だったかしら?」
メリンダはメグに聞いた。
「ええ、そうでございます。」
「お産に立ち会ったこともあるのかしら?」
続けて尋ねるメリンダ。
実はエルザのお産に立ち会った経験がメグことデガータにはあった。
「はい、ございます。」
はっきりと答えたメグに対し、しばらく考えた後、メリンダは尋ねた。
「どうかしら、いつ頃産まれそうか、分かりかねるかしら?」
メグの手を取りながら藁にもすがる思いで尋ねるメリンダ。
「私ったら、最近は公務で城外にばかり行っているから、カテリーナの詳しい状態は知らないのよ。」
心配そうなメリンダ、今にも涙がこぼれそうである。
「・・・判断材料を重ね合わせて考えますと、もう、いつ産まれてもおかしくはないかと。」
メグははっきりとメリンダに言った。
それを聞くと、一瞬表情が明るくなったメリンダであるが、すぐにまた暗い表情に戻った。
「そう、そうなのね・・・。」
「わかりました、今すぐ手配しましょう。」
涙をぬぐうと、はっきりと宣言をするメリンダ。
「手紙を出したのち、すぐお手伝いいたします。」
背筋を伸ばし、お辞儀しながら返事をするメグ。
二人は並んで廊下を歩き出した。