第37話 エンプレサリオ
文字数 1,756文字
「かしこまりました。」
すっかり元気を取り戻したカテリーナは手に抱いた赤子をメグに引き渡した。
赤子もメグを受け入れている様子だ。
(赤子は赤子だな、魔族も人間も関係ないようだ。)
レミアと名付けられた赤子を腕に抱きながらメグは思った。
思えば、忙しく公務をこなすエルザのために子育てを献身的に手伝った事もデガータにはあった。
「・・・ええわかったわ、夫にもそう伝えてちょうだい。」
扉のそばで伝令の兵士達と話し合うカテリーナ。
長い間続く非常事態宣言のため町民の不安は頂点へと達している。
そのため、王に息女が誕生し、母子ともに健康であるという明るい知らせを届けるとともに一段落した政治情勢を直接ミカエルから王宮に集まった町民に伝えるという催しが明日の午後に控えている。
その準備で王宮は慌ただしかった。
「はあ、流石に疲れてきたわ。」
大きく息を吐きながらカテリーナは言った。
「ミカエル様にはお会いになられないのですか?」
「駄目だそうよ。メリンダお義母さまと共に明日の打ち合わせで忙しいみたい。私たちはまだ平和なほうよ。」
「左様ですか。」
「合間を縫ってお義母さまと一緒にここに来るはず。」
「私もここに居た方が良いのですか?」
「ええ、お願い。レミアも懐いているみたいだし。」
「まるで私の身体から取り出すのを手伝った人が誰なのか分かっているみたいね?」
メグに近づきながら冗談めかしてカテリーナは言った。
「では・・・。」
母親の腕に赤子を返すメグ。
「何かご入り用のものは?」
「そう、そうねえ・・・。少しお腹が空いたかしら。」
「では、今すぐお持ちいたします。」
「メグも一緒にどう?」
「それではカテリーナ様と私の手が塞がってしまいますが・・・。」
「大丈夫よ、ちゃんと赤子用の寝台があるじゃない。」
「・・・かしこまりました。では、二人分をお持ちいたします。しばしお待ちを。」
しばらくするとメグは手ぶらで戻ってきた。
「・・・私をこの部屋で待たせたまま、他の侍女がお茶と食事をお持ちするそうです。」
目を丸くして言うメグ。
「すっかりこの王宮の仲間入りをしたみたいね。やったじゃない、メグ。毎日、素晴らしい働きぶりですものね。」
「もったいないお言葉です。」
「食事が来るまでお話ししましょうか。」
寝台にレミアをそっと寝かせるとカテリーナは提案した。
「かしこまりました、何のお話をいたしますか。」
「そうね、私の話はもう済んだから、貴方の話を今度は私にしてちょうだい。」
「・・・承知しました。」
内心、落ち着かないメグ。
流石に個人的な思い出までは調べ切れていない。
実際に自分の身に起きた出来事を、個人名を伏せたまま伝える事に決めた。
「・・・私が最初に仕えたのは、ある国の主を務めるご家族でした。」
「へえ!それでそんなに慣れた様子なのね。続けて?」
「仲の良いご夫婦で、ご主人は毎日、朝早くからご自分の書斎で本を読まれていました。」
「そして、大きな書斎の窓から、剣や馬術の鍛錬に励む奥様を見つめ、時折手を振っておられたのです。」
「・・・ずいぶんと強そうな妃様ね?」
「ええ、それはもう。」
「ご主人は稀代の智将と言われた方で、奥様は将軍家の長女でいらしたのです。」
「・・・なんだか私の家庭に少し似てるわね。」
「言われてみれば、そうでございますね。」
「ある日、いつものように書斎で本をお読みになるご主人にお茶をお出ししていたところ、窓から見ている私たち二人の前で、奥様が落馬なされたのです。」
「まあ!大丈夫だったのかしら。」
「急いで駆け寄りますと、倒れていた奥様は急に起き上がり、お腹を抱えて笑い出したのです。」
「・・・なぜ?」
「私たちを書斎から誘い出す為になされたのですよ。」
「落馬したのは演技と冗談だったのね。」
「どうりで悲鳴も上げずに馬から落ちた訳だ、とご主人はすぐに納得されたご様子でした。」
「お怪我が無いか本気で心配する私をよそに、お二人はいつまでも笑っておいででした。」
「・・・そう、いつまでも・・・。」
気がつくとメグは必死で涙を堪えている自分に気がついた。
「どうしたの?メグ・・・。様子が変よ。」
「もう、お二人のお顔は、見られません・・・。」
「そんな・・・。」
絶句するカテリーナ。
気がつくとメグは、カテリーナの腕に抱かれ泣いていた。