4-13

文字数 1,683文字


 ――目が覚めた。
 意識が戻った事実に驚いて飛び起きようとしたけれど、気持ちに体が全くついてこなかった。
 なぜなら、まるで関節が錆び付いてるように動かなかったからだ。
「~~っ!」
 あまりの痛みに声をあげることもできなかったが、なんとか痛みに耐えて体を動かして。
 どうにか上半身を起こしきったときには、息があがっていた。
 頭がずきずきと痛む。瞼が異様に重くて開けていられない。そんな状態ではあったものの、気力を搾り出してゆっくりと視線を動かし、周囲の様子を確認する。
 私が居るのは、白い部屋だった。
 薬品くさい清潔な空気を感じながらさらに視線をめぐらせれば、真っ白なシーツ、簡易ベッドが見える。
 そして私の体に視線を移せば、身に着けているのは見慣れない衣服だった。
「……病室、かな?」
 声もかすれてうまく出せなかったが、口にした結論はまず間違いないだろうとそう思う。
 自ら手首を切り、意識を失う直前にはそんな行為に出た自分に思わず呆れてしまったものの――生きている。そのことにほっとした。
 次に考えるのは、私が意識を失ってからどれくらい時間が経ったのだろうということだった。
 この病室には時計やカレンダーといったものは置かれておらず、確認ができなかった。周囲に人影もないので、今の日付や時刻を確認する術もない。
 窓の外に見える空模様から、少なくとも夜と呼べる時間帯でないことはわかるけれど、それだけだ。
 ……誰か来るまで待たなきゃダメかな、これは。
 そう思ったところで、病室の何かが動く音がした。
 音源に視線を向けると、扉が開き始めていて――そこから入ってきた人影は母のものだった。
 母は私が起きていることに驚いた様子で少しの間かたまって動かなかったけれど、すぐに気を取り直したのかこちらに近づいてきた。
 ちょうどよかったと、母に向かって口を開こうとして、
「あの、母さん。今日の日付を――」
 私の発言は乾いた音に中断された。
 頬を張られたのだと気づいたのは、音が響き終わって、張られた頬がわずかに熱を持ったように傷んだからだ。
 衝撃で逸れていた視線を戻すと、母は少し泣いていた。そして母は私と視線が合うやいなや、口を開いて叫ぶように言った。
「あんたは、自分が何をやったかわかってるの!? 自分で自分を傷つけるなんて――どうしてそうする前に相談しなかったの!?」
 母の口からそんな言葉が飛び出して。言われた内容を理解して。
 ああ、本当に私は馬鹿なことをしていたんだなぁという実感が――後悔に近い感情が胸に溜まって重くなるような感覚に、わずかな息苦しさを感じたから。
「……ごめんなさい。心配をかけて」
 謝罪の言葉が素直に口から漏れていた。
 母はこちらの謝罪を聞き、自分の気持ちを整えるように深呼吸を繰り返した後で、流した涙を袖で拭いながら言う。
「……本当に、もう、こういうのはなしにしてちょうだい」
「うん、ごめん。もうしない」
 母は私の言葉を聞いて一応納得してくれたのか、わずかに涙のあとが残る顔をこちらに向けて聞いてくる。
「それで、話はしてくれるんでしょうね?」
 その視線に込められた感情は怒気そのものだ。
 元々逆らうつもりもなかったけれど、思わず引きつるような笑みを浮かべながら応じる。
「う、うん、話すよ。当然、包み隠さずにね。ただ、一緒にお願いしたいこともあって――父さんは?」
「今から連絡する」
 こちらの問いに対して返ってきた母の即答に、表に出していない怒りの深さを察して笑みが更に引きつってしまったのがわかったものの、言葉を続ける。
「じゃあ、申し訳ないんだけど。こちらに来る前に自宅に戻ってもらって、私の部屋の机に置いてある封筒を、持ってきてもらうようにお願いしてくれないかな?」
「なんで」
「説明するのに必要だから」
「――わかった。ちょっと待ってなさい」
 そう言って、母は一度病室を出た。
 母が病室から出て行った後で、ほっと溜め息を吐いてからベッドに再び横になった。

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登場人物紹介

名前:佐藤茜

特徴/特技:記憶力がいい、割り切りが早い、意思が強い


このお話のネタ元さん、もとい中心人物。

彼女の育ってきた環境に特筆すべき点はひとつもないけれど。

彼女自身が体験した出来事は、"普通"とはちょっとかけ離れているようです。

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