4-18(蛇足)

文字数 2,234文字


 ――相手が聞きたいという話について、語るべき部分は全て話した。

 そう考えた私はそこで言葉を切って、話し相手を見たのだけども。
「…………」
 その話し相手がどことなく物足りないと思っていることのわかる表情を浮かべていたので、溜め息を吐きながら聞いてやる。
「……何か不満でも?」
 こちらの問いかけに、それは多分に芝居掛かった大袈裟な動作を交えながら口を開いて言う。
「いや、君がそこでこの話は終わりだと言うのであれば、そうなのだろうとは思うのだが。話を聞いている側としては、少し気になるところがあってね」
 回りくどい聞き方をするもんだ、と溜め息を追加しながら言う。
「……そもそもこの話自体が、聞いていて面白いものなのかどうか、私には判断しかねるんだけどね。
 ただ、聞かれたことに対して話そうと思ったことは既に全て話している。
 それでも気になる点があると言うのなら、具体的に言ってくれなければ話しようがない」
 こちらの言葉を聞いて、それは笑いながら言う。
「なに、単純な話さ。わかりやすい悪役が出てくる話において、読者はそれらに訪れる悲惨な末路を期待するものだ。
 君が話してくれた内容にはそれが足りない。そのちょうど一歩手前で終わってしまっているから、気になってしまう」
 そして言われた内容を理解して、ああなるほど、と聞きたいことが何なのかを理解した。
 それらは私にとっては語るに値しない――というより元より興味もない出来事であったから話さなかったけれど。言われてみれば、お話としてはオチが足りないのかもしれないと、そんな風にも思いはする。
 だから。
 一息。黙って口にする内容を考えた後で言う。
「正直に言えば、覚えていないことの方が多いんだけれどね。
 それでも、私が今把握している範囲でいいと言うのであれば話そう」
 相手は私の言葉に頷きを返すと、視線で先を促してきたので、私は言葉を続ける。
「長く語ることでもないので簡潔にまとめてしまうけれど。
 あえて語るのなら、みっつくらいだろうか」
 言って、私は相手に示すように右手の人差し指を立てて言う。
「ひとつめは、加害者との決着がどうなったかについてだ。
 結論だけを言えば、いじめを行った生徒たちとは示談で話をつけることにした。
 少しだけ具体的に言うと、こちらの言い分に従って賠償金の額や支払い方法、今後の付き合い方に関する契約事項について、ほぼ全てに同意させた。
 だから、私と彼女達はこれから先、一生話すことはないだろう」
 次に、中指も立てた後で続けて言う。
「ふたつめ、私のその後についてだけれど。
 学校生活に関しては、その後特に問題は起こらなかった。
 変わったことがあるとすれば、それは何人かの教員の顔を見なくなった気がするというところだけれど――私からすればどうでもいい話でしかない」
 最後に親指を立てて、
「最後のみっつめ、私と敵対した人間のその後についてだが――」
 一息。このまま話すのも芸がないかと、そう考えて。
 ふと思いついたやり方で話してやろうと、にやりと笑ってみせてから、右手の指先をそのまま相手に向けた後で言う。
「折角だ、少し考えてみるといい。ヒントはあげよう。
 ヒントそのいち。私の家は決して裕福ではないけれど、生活することに支障はない。
 ヒントそのに。生活に支障がない以上、私は自らの生活を豊かにするためにゴミから出てきた金を使いたいとは思わないけれど。お金そのものに綺麗も汚いもないのだから、そのお金で何かをすることに抵抗はない。
 ヒントそのさん。人間とは忘れる生物であり、それは罪を犯した人間であっても例外ではないけれど――前科を忘れてのうのうと暮らすなんてことを敵対者に許すほど、私は優しくない」
 こちらが与えたヒントを聞いて――相手は嫌な想像でもしてしまったのか、随分と苦い表情を浮かべてからこう言った。
「……それは、君の身内にまで危険が及ぶんじゃないかい?」
 相手が何を想像して、そんな言葉を口にしたのかなんて私にはわからない。
 だけど、もしも私の知る正解に近いものを想像できた上で、その可能性を口にしたのであれば――大変残念なことであると言わざるを得なかった。
 だから言う。
「それ、というのが具体的に何を指しているのかはあえて聞かないが。
 その言葉を聞く限り、あなたに花丸をあげることはできなさそうだ」
 言って、右手の指先が向く先を変えながら、親指を畳むようにした後で人差し指と中指を立てて見せつつ言葉を続ける。
「私にわざわざ話をさせた内容だというのに、あなたはひとつ見落としをしているようだね。
 今まで私はよっつの話をしているが、その中のひとつにおいて、私は誰かとある約束を交わしている。
 そしてそれは、相手を限定していない約束でもあるんだよ」
「――っ」
 ここまで言えば、相手も思い当たる節があったのだろう。
 目を見開いて驚いたような表情になった相手を見て、なんでもないことを言うように、小さく笑いながら言ってやった。
「人間と同じように、彼らもたまには天然物が欲しいと思うこともあるだろう。利害は一致しているというわけだ。それだけのことだよ」
 そしてこちらが口にした内容を聞いて、
「聞かない方が良かったかもしれないな」
 相手は何とも言えない表情を浮かべながらそう言うのだった。

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登場人物紹介

名前:佐藤茜

特徴/特技:記憶力がいい、割り切りが早い、意思が強い


このお話のネタ元さん、もとい中心人物。

彼女の育ってきた環境に特筆すべき点はひとつもないけれど。

彼女自身が体験した出来事は、"普通"とはちょっとかけ離れているようです。

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