3-20

文字数 1,134文字


 ――いつも通りの時刻に鳴り響いたアラームで、目が覚めた。
 しかし、起きた後に取った行動はいつもと違うものだった。
 飛び起きていの一番に探したものは紙とペンだ。
 ……ああもう、どこにあるのか寝ぼけ頭だとわかりづらい! 鞄どこだ!
 寝起きで頭と体がうまく動いてくれないことに苛立ちを感じつつ、なんとか目当てのものを探し出すと、すぐに机に向かった。
 いい夢を見たのだ。
 それは、初めて何かに残したいと思える夢だった。ちゃんと覚えておきたいと、そう思えるものだった。
 それは夢の世界で、ある女性に出会った話だった。
 派手なことは何も無い。
 ただ一緒に居て、短い時間を楽しく過ごしただけのことだ。
 まぁそれを私は実際に起こった出来事であると信じているけれど――仮に違っていたとしても、私の頭が勝手に作り出した妄想であったとしても構わなかった。
 理由は単純だ。
 絶対に残しておきたい思い出だと、私がそう判断したからに他ならない。
「…………」
 机に向かい、ペンを走らせて考えるのは彼女の特徴だ。
 彼女の容姿は? 性格は? 言動は? 口癖は?
 思いついた内容を、片っ端から書き上げていく。
 その作業に没頭するあまり、私にしては珍しく、母の朝食を要らないと断ったほどである。驚いた母から体調を心配されたが、そういうときもあるのだ母よ。ほっといてくれ。
 そんなことを考えながらも、私はペンを動かし続けた。
 しっかりとした、誰から見てもわかる明確な文章である必要はない。拙い絵でも、単文でも構わない。
 ひたすら情報を、その紙の上に積み上げていく。
「…………」
 ただ、何事にも限りはあるもので。
 もう一度鳴ったアラームの音に合わせて、ペンを走らせるのをやめた。
 そのアラームが、準備を始めなければ始業時間に間に合わなくなる、ぎりぎりの時間を知らせるものだったからだ。
 仕方ないなと、溜め息を吐いてからアラームを止めて。
 登校前までの貴重な時間を全て費やして、私が書き残せる全てを記したそれを眺めた。
 そしてその内容を再確認してから納得の頷きを自分に返し、満足の吐息を吐いた後で、その紙をクリアファイルに入れて机の引き出しにしまう。
「ナビくん。私はちゃんと覚えているよ」
 正確に覚えられているかは定かではない。
 けど、確かに私は君と共に過ごした事実を覚えている。
 だから。
「君も忘れてくれるなよ。……私の大事な財布を預けたのだからね」
 誰にでもなく呟くようにそう言って、噛み殺すような苦笑を浮かべる。
 そしてその笑みを吐息と共に消してから――いつも通りの日常を送るべく、急いで登校の準備を始めることにするのだった。



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登場人物紹介

名前:佐藤茜

特徴/特技:記憶力がいい、割り切りが早い、意思が強い


このお話のネタ元さん、もとい中心人物。

彼女の育ってきた環境に特筆すべき点はひとつもないけれど。

彼女自身が体験した出来事は、"普通"とはちょっとかけ離れているようです。

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