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文字数 2,201文字
私が体育館裏から離れて向かった先は、利用者の少ないトイレだった。
周囲に人影がないことを確認してから個室に入って鍵を閉める。便器の蓋を下ろし、鞄をその上に乗せる。
……面倒だけど、一応用心しておかないとね。
そしてそんなことを考えながらやれやれと溜め息を吐いた後で、作業を始める。
まずは鞄を開いて、ゴムベルトを取り出す。次に、スカートのホックを外して、ウエストのあたりを外側にぐるぐると巻いて裾の位置を膝上五センチ程度に調整し。巻いた部分が戻らないように、その上からゴムベルトを巻いた。
続く動きで一度上着を脱ぎ、鞄から紺色のカーディガンを取り出して着込んだ後で再び上着を着直す。あえてボタンは全て留めずに開いておいて、スカーフを外して鞄に仕舞ってから、ポケットに入れていたピンを胸ポケットに差した。
最後の仕上げに、後ろ髪を後頭部の下、首の付け根あたりにまとめてゴムで留めて、前髪を胸ポケットに差しておいたピンで右側に集めて留めて。
黒縁眼鏡を取り出して身に着ければ作業は完了だ。
「……ふむ」
念のためにと、コンパクトの鏡で作業の仕上がりを確認する。
――普段の格好からすると、おそらく殆どの人間が私だと同定しにくいだろう姿がそこにあった。
出来は上々かな、と変装作業の仕上がりに内心で納得してから、コンパクトを閉じてトイレを出る。
変装をしたのは、これから向かう先に居る相手に迷惑をかけないためだ。
……事前に私と会ったことがわかると、面倒なことになると予想できるからね。
所詮素人の浅知恵だからどこまで効果があるかはわからないけれど、と溜め息を吐いてから足を向けた先がどこかと言うと、新聞部の部室だった。
目的地である部室まではそう遠くないので、すぐに着く。
扉の前に到着したら、扉を三回軽く叩いた後で、中からの返事を待ってから開いた。
新聞部の部室は狭い。
ただ、それは部屋の広さが十分に無いという意味ではなくて、荷物が多すぎて余裕がないという意味だった。
なにせ、左右の壁際には過去発行分の新聞が積み上がっている上に、それらを作成するのに使っただろう資料を納めた本棚がずらりと並んでおり。かろうじて残っていたはずの部屋の中央部分にあるスペースにさえ、事務机が四つ並べられているのだから、余裕なんてあるはずもなかった。
その上さらに、それらの本棚と事務机の間にかろうじて残った空間にも資料やファイルがうずたかく積まれているのだからなおのことである。
……相変わらず地震とか来たらやばそうな部屋だよなぁ。
なんて、そんなことを考えながら視線を向けるのは扉の対面、窓側にある、部屋中央のそれらよりも一回り大きな事務机だった。
そこはここ――新聞部の部長のためにある席であり。
目的の人物である一人の女子生徒が座っている場所だった。
……居てくれて助かった。
彼女がその席で作業をしている姿を見て、内心でほっと安堵の息を吐く。
彼女は多忙な身であるため、席を外していることも多いのだ。事前にアポを取らずに来たから、席に居ない可能性も十分にあったのである。
まぁ彼女は私の数少ない友人であり、連絡先も知っている相手だから、居なければ電話なりなんなりで連絡をとればいいだけの話ではあるのだけれど。
これからお願いしようとしている類の話は面と向かって会話をするのが一番いい選択肢であることは間違いないので、居ないより居てくれる方が都合は良かった。
「…………」
しかし、彼女の視線は机の上にあるノートパソコンの画面に向かったままで、こちらに気付く気配はなかった。どうやら作業に集中しているらしく、扉のノック音には気づかなかったらしい。
彼女の代わりと言うように、扉に近い側の席に座る一人の男子生徒が訝しげな視線を私に向けていた。
私は彼に視線を移して言う。
「忙しいところごめんなさい。部長と話がしたいんだけど」
彼は私の言葉を聞いて、何を聞くでもなく、少し大きな声で部長と呼びかけた。
彼女の体がびくりと一度震えて、視線をノートパソコンからこちらのほうに動かす。
彼女と目が合う。すると、彼女は驚いた様子で、
「あか――」
口を開こうとしていたので、その言葉が終わるよりも早く、私は彼女の言葉に被せるように言葉を発した。
「新聞部部長、斉藤美月さん。
ちょっと相談したいことがあるんだけど、少し時間をもらえるかな?」
彼女――斉藤さんはこちらの呼び方から事情を察したのか、口を噤んで黙った後で、
「……っ、はい。いいですよ」
表情を戻してからそう言うと、席を立ってこちらに近づいてきた。
「ごめんね、忙しいだろうに」
「いいえ、気にしないで下さい。――悪いけど、少し出るから。もし何かあったら、その内容をきちんとメモに起こして私の机に置いといてくれる?」
斉藤さんは部員から了承の返事を得ると、私に視線を向けてきた。だから言う。
「じゃあ行こうか。……ちょっとほかの人には聞かれたくない話で、場所を移したいんだけど」
「問題ありません」
「ありがとう。では、近くの空き教室に移動しよう」
「わかりました」
そして、そんな会話を斉藤さんと交わした後で、新聞部の部室から少し離れたところにある空き教室への移動を開始した。
周囲に人影がないことを確認してから個室に入って鍵を閉める。便器の蓋を下ろし、鞄をその上に乗せる。
……面倒だけど、一応用心しておかないとね。
そしてそんなことを考えながらやれやれと溜め息を吐いた後で、作業を始める。
まずは鞄を開いて、ゴムベルトを取り出す。次に、スカートのホックを外して、ウエストのあたりを外側にぐるぐると巻いて裾の位置を膝上五センチ程度に調整し。巻いた部分が戻らないように、その上からゴムベルトを巻いた。
続く動きで一度上着を脱ぎ、鞄から紺色のカーディガンを取り出して着込んだ後で再び上着を着直す。あえてボタンは全て留めずに開いておいて、スカーフを外して鞄に仕舞ってから、ポケットに入れていたピンを胸ポケットに差した。
最後の仕上げに、後ろ髪を後頭部の下、首の付け根あたりにまとめてゴムで留めて、前髪を胸ポケットに差しておいたピンで右側に集めて留めて。
黒縁眼鏡を取り出して身に着ければ作業は完了だ。
「……ふむ」
念のためにと、コンパクトの鏡で作業の仕上がりを確認する。
――普段の格好からすると、おそらく殆どの人間が私だと同定しにくいだろう姿がそこにあった。
出来は上々かな、と変装作業の仕上がりに内心で納得してから、コンパクトを閉じてトイレを出る。
変装をしたのは、これから向かう先に居る相手に迷惑をかけないためだ。
……事前に私と会ったことがわかると、面倒なことになると予想できるからね。
所詮素人の浅知恵だからどこまで効果があるかはわからないけれど、と溜め息を吐いてから足を向けた先がどこかと言うと、新聞部の部室だった。
目的地である部室まではそう遠くないので、すぐに着く。
扉の前に到着したら、扉を三回軽く叩いた後で、中からの返事を待ってから開いた。
新聞部の部室は狭い。
ただ、それは部屋の広さが十分に無いという意味ではなくて、荷物が多すぎて余裕がないという意味だった。
なにせ、左右の壁際には過去発行分の新聞が積み上がっている上に、それらを作成するのに使っただろう資料を納めた本棚がずらりと並んでおり。かろうじて残っていたはずの部屋の中央部分にあるスペースにさえ、事務机が四つ並べられているのだから、余裕なんてあるはずもなかった。
その上さらに、それらの本棚と事務机の間にかろうじて残った空間にも資料やファイルがうずたかく積まれているのだからなおのことである。
……相変わらず地震とか来たらやばそうな部屋だよなぁ。
なんて、そんなことを考えながら視線を向けるのは扉の対面、窓側にある、部屋中央のそれらよりも一回り大きな事務机だった。
そこはここ――新聞部の部長のためにある席であり。
目的の人物である一人の女子生徒が座っている場所だった。
……居てくれて助かった。
彼女がその席で作業をしている姿を見て、内心でほっと安堵の息を吐く。
彼女は多忙な身であるため、席を外していることも多いのだ。事前にアポを取らずに来たから、席に居ない可能性も十分にあったのである。
まぁ彼女は私の数少ない友人であり、連絡先も知っている相手だから、居なければ電話なりなんなりで連絡をとればいいだけの話ではあるのだけれど。
これからお願いしようとしている類の話は面と向かって会話をするのが一番いい選択肢であることは間違いないので、居ないより居てくれる方が都合は良かった。
「…………」
しかし、彼女の視線は机の上にあるノートパソコンの画面に向かったままで、こちらに気付く気配はなかった。どうやら作業に集中しているらしく、扉のノック音には気づかなかったらしい。
彼女の代わりと言うように、扉に近い側の席に座る一人の男子生徒が訝しげな視線を私に向けていた。
私は彼に視線を移して言う。
「忙しいところごめんなさい。部長と話がしたいんだけど」
彼は私の言葉を聞いて、何を聞くでもなく、少し大きな声で部長と呼びかけた。
彼女の体がびくりと一度震えて、視線をノートパソコンからこちらのほうに動かす。
彼女と目が合う。すると、彼女は驚いた様子で、
「あか――」
口を開こうとしていたので、その言葉が終わるよりも早く、私は彼女の言葉に被せるように言葉を発した。
「新聞部部長、斉藤美月さん。
ちょっと相談したいことがあるんだけど、少し時間をもらえるかな?」
彼女――斉藤さんはこちらの呼び方から事情を察したのか、口を噤んで黙った後で、
「……っ、はい。いいですよ」
表情を戻してからそう言うと、席を立ってこちらに近づいてきた。
「ごめんね、忙しいだろうに」
「いいえ、気にしないで下さい。――悪いけど、少し出るから。もし何かあったら、その内容をきちんとメモに起こして私の机に置いといてくれる?」
斉藤さんは部員から了承の返事を得ると、私に視線を向けてきた。だから言う。
「じゃあ行こうか。……ちょっとほかの人には聞かれたくない話で、場所を移したいんだけど」
「問題ありません」
「ありがとう。では、近くの空き教室に移動しよう」
「わかりました」
そして、そんな会話を斉藤さんと交わした後で、新聞部の部室から少し離れたところにある空き教室への移動を開始した。