3-17
文字数 3,513文字
約三十分という道程は誰かと話をしながらだとあっと言う間だ。
その誰かが気の合う相手であれば尚更である。
どのような仕組みによってナビゲーターとしてこのナビくんが選ばれたのかはわからないけれど。私に宛がわれたのが彼女で良かったと、心の底からそう思う。
……まぁ本人には絶対言わないけどね。
そんなことを考えながら歩いていると、ついに目的地が見えてきた。
夢の国である。あえて名前は伏せるが、夢の世界にある夢の国と言う響きはこれ以上ないほどそれらしいと、そんなことを考えていたが――ある意味では元の世界よりもそう呼ぶに相応しいと言える様相が、入り口からすでに見えていた。
しかし、どうやらこちらの世界でもこの場所は人気なようで。まだ時間も早いはずだというのに、チケット売り場や入場口には既に多くの人影があった。
……ううわぁ。
人混みが基本的に嫌いな私としては、もう見ているだけでうんざりする光景なのだが。折角ここまで来たのだし、今更引き返して別な場所へ向かう時間が勿体無い。ああでも近づくの嫌だなぁ、あれ。
そんな風にしばらく葛藤した後で、よしと覚悟を決めたところで、
「……あれ、ナビくんはどこだ」
隣に居ると思っていた彼女の姿が無くなっていることに気付いた。
視線を改めて周囲に向け直してみれば、遠く離れた入り口受付のあたりに彼女の姿があった。
どうやら私が人だかりに近づくことを躊躇っている間に、彼女はさっさと次の行動に移っていたようである。
そのまま彼女の姿を眺めていると、やがてこちらが着いてきていないことに気付いた彼女が手招きをしてきた。どことなく必死なのはなぜだろうか。
そう思って彼女が再び視線を向けた相手を見る。
彼女が話をしている相手は見覚えのある制服を着ているスタッフ――ここではキャストというのだったか? ――で、二人の表情や雰囲気から、何やら揉めているようにも見える。
……何をしているんだ、あの子は。
とは言え、このままここに居たところでその疑問は解決すまい。遠くから見ているだけでは詳細がわからないままだからだ。
やれやれと溜め息を吐いた後で、彼女のいる場所に向かって行く。
入り口に近づくにつれて密度の上がる雑踏の隙間を縫うように歩いていけば、彼女の声が聞こえてくるようになる。
周囲の雑音が大きいせいでかなり集中しなければならなかったが――かろうじて拾えた会話から、来訪者特権で入れるはずだという彼女の言葉に対して、それが本当かわからないので入れられないと夢の国側が答え続けている、いわば押し問答が繰り広げられている状況に陥っているようだとわかった。
……昨日は特に問題なく通れたのに、何でだろうな?
そんな疑問が頭を過ぎったけれど、周囲の人混みを見ればすぐに答えは出た。
……来訪者を騙る連中が多いんだな。
彼女の話を聞いた限りでは、来訪者の特権は相当なものである。確定ではないが、ファストパスを常に持っているのに近い権利がある可能性も高い。
そして、あらゆるアトラクションに置いて並ぶ時間が皆無となるこの権利は、この場所を訪れる人間からすれば喉から手が出るほど欲しいものだ。
だから、来場者の多いこの夢の国では言葉だけでは信用してもらえなくなっているのだろうと、そう思う。
「…………」
ただ、そこまでわかったからなんだという話でもあった。
この状況を解決する方法は二通り考えられる。
ひとつは、私が来訪者であることを証明するというものだが――これはなかなか難しい。
来訪者である証拠として最も有効なものは、私の認識に間違いがなければ、必ず発現するという特殊な能力を使ってみせるものだと考えられるのだけど。
……使い方が全くわからないんだよなぁ、これ。
使えないけど持っていますと主張することは、騙る行為と大差ない。
そうなれば、大人しくもうひとつの解決方法である、大人しく引き下がるという選択を採るべきだろう。
この場合における問題点があるとすれば、些か以上に興奮している彼女がこちらの言うことを素直に聞き入れるかどうかであるが。
……どうとでもするさ。仕方ないし。
内心でそう結論づけてから、彼女に声をかけようとしたのだけれど。
「……おい、おまえ! さっきから聞いてれば――」
そう思ったところで、血気盛んな――というよりエチケットを守らせる手段を勘違いしたバカが現れたようだ。
肩を掴んで説教でもする気なのだろうか。キャストに絡んでいる――ように見える――彼女へと、声をあげながら近づいていく姿が見えて。
かけられた大声に、彼女が怯えるような表情を浮かべている様子が視界に映ったから。
――ゴミが彼女に近づくな。
頭にそんな言葉が浮かんで。
その直後に、それは起こった。
バカが更に一歩を踏み出したと同時に、バカの真横にある地面が割れて、間隔の広い節を備えた何かが割れた地面ごとその体を地面に押さえつけた。
当然のことながら、バカは何が起こったかわからないといった体できょろきょろとしながら、うねうねと体を動かしている。
――見苦しい。
その姿を見てそう思うと同時に追加が入った。
金属質の高い掘削音が響く。
結果として、巨大なトラバサミ――形は違うが、罠としてはそうなのだろう多分――で体を動かせられなくされていたバカは、その上で、どこからともなく降ってきたコの字型の長い棒の、眼前まで延びた鋭い刃状の先端を見て身動きを止めた。
「…………」
その様子を眺めていると、ずしりと重い感覚が来たのでそちらに視線を移せば、いつのまにやら私の手がまだ開いていない手榴弾をひとつ握っていた。
……やっぱり物騒だなぁ、この能力。
そんな風に考えながらも、手のひらにあるそれを特に操作するでもなく、地面の上で身動きが取れなくなっているバカの方へと放り投げた。
誤動作で爆発したとしても、この世界の人間が傷害によって死ぬことはないので心配はいらないだろう。
期せずして能力は発現したわけだが、今起こった一連の出来事を私がやったことだと証明することもまた難しい。
何となく使い方はわかった気もするけれど、もう一度同じことをやれと言われても必ず出来るとは言い切れなかった。
……さっさとナビくんを回収して列に並ばないとな。
そう考えながら、視線をバカからナビくんの方へ戻すと、どうやら言い争いは終わったようで、二人の視線はこちらを向いていた。
不毛な言い争いを終わらせる手間が無くなったのはいいことだと、そんなことを考えながら彼女に声をかける。
「ほら、ナビくん。チケットを買わないといけないんだろう? さっさと列に並ばないと時間がなくなるぞ」
私の言葉を聞いて、先に反応したのはキャストの方だった。慌てた様子で言う。
「い、いえ、お客様。お客様が来訪者――ゲストであるということは十分よく理解できました。お客様とそちらのナビゲーターの方には、今すぐチケットを用意させていただきます」
なんだか若干怯えているようにも見えるのだが。
……まぁ、都合がいい方に状況が移るのは構わんか。
キャストが私に怯える理由については深く考えないようにするとして。キャストの言葉を確認するように問いかける。
「……本当にいいのかな?」
「勿論です。ゲストを騙る方もいらっしゃいますので、先ほどのような対応となってしまいました。申し訳ございません」
キャストから返ってきた答えは肯定で、それには謝罪もついてきた。だから言う。
「気にする必要はないよ。随分と特権が多いみたいんだからね。こういう場所ではそういう連中も出てくるだろうさ。人が多ければそうなるのは必然だ。
ちなみに、この場所における特権とやらについて教えてもらってもいいかな?」
こちらがそう言うと、キャストは懐から二枚の紙片を取り出して差し出しつつ、口を開く。
「ゲストの方には無条件かつ無制限に使用できるファストパスを発行しております。こちらをお持ちください。
――どうぞ存分にアトラクションをお楽しみください」
私は差し出されたそれを受け取り、
「そうか。それはとてもありがたい。あと、色々迷惑をかけてすまなかった。
厚意に感謝しつつ、楽しませてもらうことにするよ。
――ほらいくよ、ナビくん」
キャストに礼を言った後で、目の前で起こった出来事に身動きを止めたままでいる彼女の腕を引きながらその場を立ち去った。