第33話 最終号

文字数 1,643文字

「自分のことばかり書いていてもねえ」
 と誰かが言っていた、と聞いた。
「こんな文章を書いていても、お腹をすかせた人を、満たすことにはならないと思います」
 とのEメールが来た、とも妻から聞いた。
 どちらも、私の知人の、この通信を読んでの感想である。
 そうだよナ、と思う。私は自分のことしか書けないし、この通信が、何か人の役に立てるとも思えない。
 よく、ひとりで発送作業をしていて、むなしくなることがある。こんな文章送って、送られた人は読んでくれているのだろうか。迷惑になっている可能性の方が、高いような気がする。
 せっかく知り合えた人と、自然消滅関係になりたくなくて、この通信を送っている。しかし、こんな、どうしようもないような自己暴露の文ばかりでは、読んでいる人に、嫌われてしまうのではないかと思う。
 まるで「自分」を、郵送という形で、相手に押しつけているようで、申し訳ない気持ちになる。人との繋がりを求めているつもりなのだが、逆に、自分から、こんな男なので、あまりつきあわないほうがいいですよ、とでも言っているかのようで、何のために発送しているのか、わからなくなる。
 フロッピィの住所録には、百名、いらっしゃるが、送っていても、ずっと何の返信も頂けなかった四十名ほどには、発送を控えている。以前カンパを頂いた人、お世話になった人、読んだ感想を教えて下さる人、お手紙を下さる人には、必ず送らせてもらっている。

 ── おそらくは、こんな通信を送っていなければ、続いていただろう人間関係も、少なからずありました。自分というものの醜さ・汚さを、人に見せた結果、その人達が去ってしまったのなら、それはどうしようもないことでした。そもそも、見せる必要があったのか?
 この頃の近況、交友状況のみ書きますと、同じ寮に住む、同期入社した機関従業員のМさんと、懇意になりました。千葉の八街市から来ている二十四歳のかれは、詩のような言葉をつくるのが趣味なようで、何十枚もの原稿を拝見させてもらったりしました。僕は、この通信を渡したりして、交流が始まりました。
 Мさんに興味を持ったのは、「半年位ずっと家に閉じこもっていて、何もしなかった」との言葉を聞いてからでした。
「毎日学校に行くことが、毎日イヤな会社に行く訓練になるのではないか」との僕の呟きに、
「いや、関係ないですよ。ぼくは学校、行ってましたけど、やっぱり会社、イヤになります。」
 実際、期間満了まであと二ヵ月、いつ限界を越えてしまうか、自身、気が気でない様子。期間満了退社すると、六十六万円が支給されますが、自己都合退社だとゼロになります。フツウの人は、この六十六万円のために、あと二ヵ月、働こうとするものでしょうが、Мさんは六十六万円よりも、働いていて精神的に窒息しそうになる今現在の自分自身に、手をこまねいている様子。そんなМさんが、僕は好きなのであります。
 勤務時間が真逆のため、おたがいの下駄箱に「今日はこんなことがありました、こんな感じでいます」というようなことを書き合って、文通をしたりしています。

「不登校」というのがテーマのようになって始まったこの通信ですが、要は、個人個人が、どうやって生きていくかというところに、結局のところは行き着くようです。
 どうあがいても人は一生を一度しか生きれないとしても、本なり話なり、人にとにかく興味を持ってそれに接することで、その人生経験を共有することになり、一生が数生に増えるような気もします。
 似ていても違っていたり、違っているように見えて似ていたり、面白いなあと思います。
 人に対して、無関心であることは、自分に対しても無味乾燥な生き様をもたらすことになるのでしょう。この関心も、失わず、また失うわけにもいかず、やっていこうとする次第です。
 今回の通信が、最後の通信になると思います。
 書簡や電話、引っ越し先予定の都内界隈であればお逢いすることもできますし、ゆっくり、交流して頂ければ、幸せです。
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