第20話 出せない手紙

文字数 2,203文字

 Y・М様
 お元気ですか。海の空気にやられて、風邪などをひかれていませんか。
「塩をやることになった。」と言って、「… 突然!うふふふ」と自己完結的に笑ったYさんのことを、よく思い出しています。
 この世はもうすぐ大晦日、ことしも終わります。泣けてきます。
 ちまたでは、クリスマスとかいって、ツリーに飾られた装飾品が、店先でチカチカ光っています。商店街にも、それらしい音楽が流れて、町行く人がみんな、何やらどこかへ向かって生き急いでいるような、不思議な空気が流れているように感じます。ただ時が過ぎて、十二月が半ばになっただけなのです。
 僕の方は、死にたくなるような、やりきれない自分を意識しては、あきらめて、また気を取り直す、そんな内的波の上でゆらゆら揺らめきながら、日々をやり過ごしています。しかし、のうのうと生きております。
 無職でいるという現実が、自分にとって最大の重圧であることは分かっています。塩でも砂糖でも、何でもやってみたい。仕事というものを、やってみたい。やらなければ、いけない。しかし、結局のところは、何もせず、まだまだ働かないことを続けるつもりでいるようです。
 精神科・神経科へ、二軒ほど、行ってもみました。薬の力でも借りて、ともかく「働く意欲」を体から湧き出させたいと思いました。あるいは、確固たる病名をもらい、自分が働かない理由を病気のせいにして、安心して働かない生活を送りたい、という幻想も、持っていました。

 二軒の医者の共通点は、「自分の性格をどう思いますか」「家族や親戚に精神的な病気になった人はいますか」と必ず聞いてきたことです。
 自分というものを、どう捉えているか、と聞くことは、相手を知りたい医者としては、最も手っ取り早い方法です。そして、遺伝的なものがあるとすれば、それに起因させることができます。処置を施すために、人を一つのマニュアル通りのフレーム内に収めよう、とする医師の意図が見抜けます。企業の面接を受けているような気になりました。
 結果は、予想通り「軽い鬱」という診断が下されただけで、期待していた重病でも何でもありませんでした。医者の仕事は、来た人に病名と薬を供給することでした。そして「一週間後に来て下さい」と必ず言い、その通りに通い続ければ、ずるずると診療費が支払われていくシステムです。組み込まれたくないな、と本能的に自分を守ろうとする私がいました。妙に、シャキッとしてしまった自分がいました。

 このシステムに、とことん、すがりつこうとする自分であれば、いっぱしの企業戦士になれる可能性も、少しは残されていたような気がします。自分を更生させるかもしれぬ医療、または家族なり仕事なり、そういった対象に、全身から拘泥できるようにならないと、この世はなかなか生きにくいように感じます。マットウに生きられない、というかネ。
 ただ、薬の効用というのは、確かにあるようです。どんなものか、と興味本位で飲んでみると、眠くなり、漠然とした不安は、安定へと、あやしげに姿が変えられていくのが分かります。就職への意欲は湧きませんが、ワープロを打って、文を作りたい思いは、落ち着いて持てるようになりました。
 しかし、これも、ひとえに薬の効用とは言えません。
 パチンコで大負けして、可奈子さんの稼いだ一ヵ月分の給料を失くしました。当然怒られ、以来パチンコ屋へ行けなくなりました。生活のための現金は、可奈子さんのバッグの中に、しまわれています。そのバッグを持って彼女は仕事に行き、帰宅しても、そのバッグは常に彼女が肌身離さず持っています。

 それまで僕は、生活費を夜な夜な盗み、昼間毎日玉を打っていました。それが全部バレたのです。隠れてやっていた愚行が白日の下に晒され、開放された気になりました。
 いつバレるか、と、びくびく日常を送ることなく、今は、ただ可奈子さんに働かせてしまっているという引け目、申し訳なさを感じるだけで、済んでいます。しかし、この引け目、罪悪感は、筆舌に尽くし難いものがあり、いっそ死ねたなら、どんなに楽かと思います。
 ただ、バレて良かった。お金が、救われました。失くした金を取り返そうと、家にある金という金、預金通帳をぜんぶ注ぎ込もうとしていました。働かぬ私の、稼ぐ手立てはギャンブルしかないと思っていました。パチンコ屋にしか、一日の、私の生き場所はなかった。賭博で稼ごう、と思った時点で、すでに負けは決まっていました。バレて、私も救われました。

 ああ、病院やパチンコ屋に通うより、気の合う友達と居酒屋で語り合ったり、カラオケで歌ったり、家族みんなで公園でボール投げして汗をかくことが、どれほど素晴らしいことか! そして自分は、家族のため、自分のために生きているんだ、と、心底から思えたなら!
 Yさん、また、カラオケで、一晩中唄って、踊りまくりましょう。とにかく唄いましょう。それを、想像するだけで、もうわくわくして、明日も生きよう、という気持ちにさせられます。一晩といわず、三日、四日、一緒に、遊び呆けましょう。昼間は井の頭公園でだらだらして、夜は急に元気になって、安い居酒屋でしこたま飲んで、吉祥寺の、一晩二千円のカラオケボックスで、唄いまくりましょう。
 それまで、ぜひ、そのままのあなたで、生きていてください。私も、きっと生きています。
 それでは、また。
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