第10話 体験発表

文字数 1,582文字

 先日、腰が自分のものではなくなって、右足も何かしびれる感じで、もう家の中を這って歩いていた。靴下が自分で脱げない有り様だった。
 椎間板ヘルニア、という病名を頂いた。しかも、かなりススんでいるという。
 ここで、ふっと、どこかで安心してしまった。
 ── これで仕事を休めるな。
 今、自分史のようなものを書いていて、かなり長編になりそうなのだ。
 また、この作業と並行して、千葉・埼玉・東京・神奈川辺りの不登校に関する場を、「脱学校ネットワーク」と称して小冊子にまとめようという案が出ていて、あちこち電話をかけてご迷惑をおかけしている。もし、これを読まれている方で、ここにこんな場所がある、という方は、ぜひご一報ください。
 最近こんなことをしているので、カタギの貯水槽清掃の仕事が、ちょっとばからしく感じている。もちろん生活があるので、やらねばならぬのでありますが、今月は(きょうは19日)あと5日しか働かぬ。小さい現場が多いし、他の日は全て学生バイトに頼んだ。それでもやっていけそうなので、何とかなるでしょう、暮らしも仕事も。

 家にいるというのは、いいものです。朝起きて犬の散歩(実家を建て替えている間預かっている)に行って、朝食をみんなで食べて、妻に行ってらっしゃいを言い、子どもは保育園へ。
 食器と部屋を片づけ、掃除洗濯なんかをやって、モーツァルト聴いて、こうしてワープロに打ち込んでいる。贅沢だなぁと思う。
 ところで、今月の最終日曜、H市にある自由な学校に行き、また自分の体験を話し、参加者と討論しよう、と、飲み仲間の南さんから誘われている。
 こないだは「埼玉・心の健康フィスティバル」という、不健康な私が行っていいのかなとさえ思ったところに、500人もの人達が集まられた。「ひきこもりの体験から」とサブタイトルのついたその会場で、精神障害者という方と、元不登校児の私、それぞれ20分の持ち時間で体験発表をした。
 ほんとに恥ずかしく、穴があったら入りたかった。
 来場者が多くての恥ずかしさではなくて、精神障害と不登校、この二つのあいだに、どうにもならぬ違いのようなものを、強く感じてしまったからだ。どっちも家から外へ出られなかったことは同じなのだけど、社会的な見方、見られ方みたいなものの違いが、痛感せられて、恥ずかしかった。

 私の話が、下手だったのはもちろんだった。でも、話をする前から、圧倒されてしまっていた。その、精神障害という病をもった方は、ほんとに立派に話をされたと思う。「立ち直った」ということを、しっかり、おっしゃっていた。ところが、私は…。
 そう、「立ち直った」とか、「立ち直っていない」とか、そういうことは、一概に言えない、ということを言いたかったのだった。だが、そういう言い方は、不登校児をもつ親には通じるような言葉だったが、一般的な来場者の方々には、「甘い」と言われるように思えた。
「障害者手帳」を掲げて、マイクを持って堂々と話す姿に、みんな、感動したようで、私も、すごいなあと思った。

 大きな拍手のあと、自分の番になり、すっかり私は萎縮してしまった。学校に行かないなんて、単なるワガママではないかと思った。どうにか、体験は話したけれど、ひどいものだったと思う。
 その日以来、ああ、こう話せばよかったか、とか、悶々と後悔し、考え続けた。私は、何なんだろう? しかも、今度はT大学の白山校舎で、懲りもせずまた体験発表をする。先日も、M市の会でマイクを持った。
 これらは全て、飲み仲間の医者のせいだと思うのだが、自分としては、いろんな人と話ができるのが嬉しい。
 というわけで、どういうわけだ、今月の第四日曜の「とまりぎ」には私はいませんが、加奈子さんと四歳になった真美さんがいますので、よろしくお願いします。こども好きの方、遊んでやって下さい。
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