第1話 「とまりぎ」つくります

文字数 2,010文字

 学校でも家でもない行き場所です。

 学校に行かないで生きていこうとしている人、いやいや登校している人、学校に疑問をもっている人たちの、家と学校以外の居場所として、「とまりぎ」をつくります。
 ぼく自身、小学四年くらいから不登校をしていました。20年近く前のことですが、当時と比べ、不登校を考える会などのスペースは多くなったとはいえ、情況というものは全く変わっていないように思えます。
 あいかわらず、学校に行く子は行く子で校則やシステムにがんじがらめになり、学校に行かない子は昼間堂々と外を歩くこともできません。学校に行くことがあまりにも当然視されている中で、そこから離れるということは、本人にとって大袈裟でなく、「自分など死んでしまった方がいい」とさえ考え得ることです。
 しかし、本当に肝心なのは学校に行くかどうかではなく、どうやって生きていくのかということだと思います。学校に行かない自分に罪悪感を抱く必要はなく、それを人生の一つの選択肢として自然に捉えることのできる環境を、少しでも作っていきたいのです。

「とまりぎ」は別に、何をするという場所ではありません。来て、漫画を読んだり描いたり、テレビを見たりゲームをしたり、寝ていたりしてもいいのです。学校など行かなくてもやりたいことができ、好きな勉強や友達ができる場所、何もしないような場所が、あちこちにあることによって、「学校こそが社会だ」といった情況は変わるのではないかと考えます。
 そして、参加した人たちの中に、たとえば話せる英語を勉強したい、ゲーム感覚での算数・数学、現代社会、あるいは畑づくりがしたい、どこかへ行きたいとか、とにかく何かをやりたいという声が出たときに、それを支援し協力していきたいと思っています。それ以外は、基本的に何もしません。
 何かやりたい、という人が出てきたときに、その何かをやるべく、そのつど動いていくということです。
 とりあえず毎月第二水曜日に、南さん(下記参照)が、第四日曜日にぼくが、それぞれ場を開きます。初回は×月〇日と〇日です。
 今のところ、この日程だけが決まっていて、ほかに何の決め事もありません。会費や、これからどのくらいのペースで場を開いていくか、ということを話し合いたいと思います。
「とまりぎ」に参加したい人たちを待っています。
                    1995年2月 千葉県K市N原〇ー×、楠原 翔
                                ℡ ── ─ ───

 南 一男さん…小児科医。「薬は毒だ」と言って、患者にあまり薬を与えない人。8年くらい前に知り合い、当時は日暮里で、やはり子どもたちのたまり場をつくっていた。
 森 久徳さん…「とまりぎ」のような場所をつくれ、とハッパをかけてくれた人。映画監督であり、無農薬の八百屋「四季」の店主でもある。第二水曜の会場である「ころも庵」は、地域との交流のために森さんがつくったスペース。
 楠原 翔… 現在の仕事は貯水槽清掃業。
 小田加奈子… 楠原のツレアイです。実は私も中学から学校に行っていない。そういう生き方を続けています。現在は求職中。
 小田真美… 上の二人の子ども。ハッキリしている三歳。

 ─── このようなビラ、といってもコンビニでコピーした百枚程度だったが、彼はこれを手に小さな活動を開始した。活動といっても、月に一回自宅を開放し、訪れた人たちと何ということのない話をし、月に一回機関紙「サボテン通信」を、問い合わせてきた人たちに郵送する程度だったが。
 これからここに記載するのは、当時彼がその機関紙に書いていた手記である。上に挙げた名は全て仮名であり、今後登場する人物も全て仮名であるが、ほとんど登場することはないだろう。彼が書いていたことは彼自身のことに他ならなかったからだ。
 詩や散文等を書く参加者もいて、何やら同人誌的な色合いを帯びていたその機関紙から、ここでは、社会的、局地的といっていい活動をしていた彼の、個人的な内面の吐露とでもいうべき手記を抜粋していこうと思う。彼の承認は得ている。

「でも、何のために?」彼は訊いた。「人間研究のために」わたしは答えた。「それなりに人望もあったろう? きみのまわりには、いろんな人が集まってきた。カリスマがあるとさえ言われたきみが、ポツンとひとりになった時、きみはきみの本質に最も近づいていただろうからさ」
「それでも、人に向けて書いていたからなあ」
「きみはいつか、投稿小説サイトが投稿者各々の自己分析の場になればいいのに、と言っていたよ。マクロなことばかりでなく、ミクロなことを書いて、相互に自己克服をやっていければいい、って。悪いことばかりでなく、良い方向へ、ネット社会がなっていけばいいって」
「研究の対象にはならないよ」
「それは読者に任せよう。読まれればの話だが。始めるよ」
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