第22話 今は?

文字数 1,295文字

「しかしまあ、あらいざらい、臆面もなく、よく書いていたものだね。ぜんぶ機関紙に載せたんだろう? 送られた方は、たまったもんじゃないね。出稼ぎに行くということで、とまりぎの活動はしばらくお休み。あとは通信でのやりとりのみの活動になった。結局、何年やったのかね」
「世田谷の脱学校の会から続けて、十年」
「十年続けて、どうだったい」
「学校に行かないでいい、というのは『考え』に留まるもので… 不登校中の子を抱えた親の… 学校に行かないでいい、ということを社会に訴えるようなことではない、というか。子であり、家であり、個人的なことであって、それは社会云々とは関係ないというか。今、うちではこうで、この『今』のつらさを、どうやり過ごすか。言えば、その確認作業、つらさを分かち合うため、親が元気になるための親の会であり、フリースペースに集まる子は、そういう場所があるから来る、ということだったと思う」
「今はどうなんだろうね」
「どうなんだろうね。学校に行くのは、当然とは、されているだろうね。行かなくても当然、と考える人は、きっと少ないと思う」
「きみはとにかく、個人的なミクロの部分を届けようとしたのかね、読む人に」
「うん」
「しかし… こんなしょうもないこと書いても、いよいよしょうもないだろう」
「実際もう、会に来ていた人たちと会えないわけだから、離れた所から発信するとき、こんなことしか書けなかった。それでも、手紙とか、読んだ感想とか、二、三十人の人からもらえて、嬉しかったよ。この通信は、あと一年続いて終わることになる」

「奥さんとは?」
「一緒に旅行行ったり、何だかんだと関係は切れず、続くことになった」
「ふつう、こんなひどい男とは関わり合いたくない、と、通信を読んだ人は思うはずだけどね。読む人をげんなりさせて、どうすんだい」
「それはもう、読む人の黄金権だと思ったよ。今自分はこうしています、ということしか書けなかった」
「不登校児のその後がどうなったか、取材に来る人もいたね。ともあれきみは、ひとりでT自動車の寮に住み始めた。給料のほとんどを奥さんに送って、働いて、書いて、寝るだけになった。何を考えていたのかね」
「これもひどい言い方だけど、一度、家族と離れて暮らしたかった。ひとりになって、働いて、これでこの仕事を辞めたら、もうどこにも行き場所がない状況に自分を追い込みたかった」
「寮に、ワープロを送ってくれたのも奥さんだったね。誕生日には衣服を贈られたりして… ふつう、そんなことしないよ。さっさと別れるだろうよね」
「もう、昔のことだよ。そろそろ、この連載も終わるんだろう?」
「通信も、最終号に近づいているからね。しかし、もうちょっと明るい、前向きなことを書けなかったのかね。夢も希望もない」
「夢や希望や安心は、つくってもらうもんじゃない、自分でつくるものだ、って。与えられるもんじゃない、って。『しょうもないことばかり書くな。誰のお腹も満たされない』って意見をもらった時、誰かがそう反論してた。とにかく、ぼくは自分のことしか書けなかった」
「ずっと変わっていないわけだな。どうしようもないね、きみ」
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