第14話 善玉、悪玉

文字数 1,226文字

 こないだまで、今もそうだが、仕事に行くのがイヤイヤでたまらない。
 仕事に行かないで何をするのかといえば、家でワープロを打って、文章をつくっていたいのである。三十万はたいて買ったパソコンも、駆使できるようになりたい。
 どうにも、私という人間は、生まれてからずっと変わっていないのだ。
 学校に行かなくちゃ、と思っていても、私は行かずに、家で好きなことをしていた。マンガを、読み書きするのが好きだったから。
 いまは、学校が会社に、マンガが文章に、対象が変わっただけなのである。
 やるべきことをやらず、やりたいことをやりたい性質は、もう、ずっと変わっていない。
「月、水、金だけ、保育園行きたいなー」
 娘が言う。父も同感する。
 それで、生活が成り立っていければの話だが。

 毎日毎日働いて、そろそろ行かなくなるかな、と自分で自分が分からないまま、綱渡り。
 会社に行ってしまえば、どうにか一日乗り切れる。乗り切ってしまえば、それで一日が終わる。
 一ヵ月後の給料が、一日減らされない分、よかったのかな、などと思う帰り道。
 よく続いている。
 ずるくなっている自分もいる。
 仕事も、慣れてきたぶん、前より、いい加減にやっていそうである。
「良い人」だなんて思われないように、あまりイイ顔をしなくなった。
 プロレスでいえば、ベビーフェイス(善玉)ではなく、ヒール(悪玉)になろうとしている。
 ホイホイ、残業も厭わず、ニコニコさわやかに仕事をするには無理がある。
 むっつり恐い顔して、自分の仕事を、きっちりとやるだけ。残念なのは、いくら怖い顔をしても、怖がってもらえないことだが…。
 相手がどう思おうが構わない。
 気の合う人とは楽しくヘラヘラ会話して、何か宗教を信じてそうな人には、警戒しながらつきあっている。
 部長や主任相手にも、容赦しないよう、相対するつもりでいる。
 そして、そんな強気の裏側には、したたかな計算がある。
 会社はいつも人手不足。半年勤めて、やってきた自分のことを、まわりも認めている。
 ─── おれがいなかったら、そうとう困るナ。
 辞められるのが、会社にとって最も痛手になる、と思っている。(幸福な私だ)
 ならば、ただ仕事をしっかりやるだけで、いいんじゃねえか。
 仕事をいっぱい抱えて大変そうな人に、気など使うと、「オダさんは良い人だ」と、すぐに好印象、人は抱く。
 職場全体を見渡して、働きやすい環境づくり、なんて、ペーペーのおれの考えることではない。
 みんなが働きやすいように、なんて、そもそも嘘なのだ。
 妙な気を利かせて、しかもそれが何のための気なのか分からぬまま、気苦労重ねるのは、もうストップだ。
 自分にとって、一日を乗り切るほうが、よっぽど重要なのだ。
 四、五年前は、こんな自分ではなかった。自分で精一杯なはずなのに、職場のことをよく考えるつもりになって、張り切った。
 本質的に全然変わっていないのに、表面だけ変わるのは、よくあることなのだろう。
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