第4話

文字数 1,690文字

 カランコロン。
 車のエンジン音が近づいてきて、それが静まると、やがて甲高いベルが鳴った。
 マスターが戻ってきたとドアの方に顔を向けるが、見覚えのない人物が元気よく足音を鳴らしながら入ってきた。
 どうやら何も知らない一般客のようだった。河原崎を運び出した後、入り口のカギを閉め忘れたに相違ない。
 突然入ってきたその客は、三十代半ばくらいで、(もちろん本人は否定するだろうが)タレントの大木凡人を匂わせるような、黒髪のおかっぱ頭と黒縁の大きな眼鏡。それに人当たりのよさそうな程よい丸顔である。右顎にある大きめなホクロが印象的で、体形はそれに似合わず(?)思いのほかスマートだ。黒いオーバーオールに紺のトレーナー、紫色のサンダルには赤いラインが一本入っていた。
 注目を集める中で、大木凡人は陽気な声を上げる。
「マスター。ほら、この前言っていた河合奈保子のCD、やっと手に入れたよ。早速聴いてみて……」そこで異変に気付いた様子で、「あれ? マスターは? それに麗奈ちゃんの姿も見えないようだし。二人とも買い出しですか? まさか今日はもう閉店ってことはないですよね」
 口調からして常連に間違いない。手には一枚のCDが握られ、河合なんとかの物と思われる。
 店内の異様な空気を察してか、「失礼しました~」と苦笑いを見せ、そそくさと振り返り、入ってきた扉に手を伸ばした。
「待ちな! 悪いがこのまま帰すわけにはいかねえぜ」
 水無瀬は撃鉄を起こし、背中に突き付ける。黙って両手を挙げると「冗談ですよね」と振り返り、少しおどけた顔をみせた。だが水無瀬の威圧的な態度と場の雰囲気から、ただ事ではないと感じたのか、その顔は強張りを見せ、言われるまでもなく後ずさりしながら小夜子らがいる店の中央まで歩き出した。
「あんた、何モンだ」
 明らかに怯える大木凡人は、CDをカウンターに乗せると、つばを飲み込み、小声を出した。
「ご、五反田(ごたんだ)です」
「は? もっとはっきり喋ろ。全然聞こえねえじゃねえか!」
「五反田と言います。ゆ、郵便局員をしています」その声は震えていた。
「やればできんじゃねえか。郵便局員がわざわざ人質を届けに来てくれたのか。ありがてえこった」
「いえ、そんなつもりは……あのう、どんな事情か知りませんが、私は関係ないので、ここは受取人不在という事で、帰らせてもらう訳にはいかないでしょうか?」
 郵便局員らしく上手いことを言うなと、小夜子は少しだけ感心した。
「いつでも帰っていいぜ。ただし、その時は銃弾の一発分、加重されているだろうがよ。追加料金は自分で払いな。……いや、それ以上に流れ出た血液分が減るから、むしろ軽くなっているかもな」
 五反田を上回るほどのジョークが冴えわたるが、愛想笑いを含め、声を上げる者は一人もいない。
 入り口の扉に近寄った水無瀬は、音を立てて鍵を掛けると、エントランスの照明を落とせと指示を出す。小夜子はカウンター内に入り、壁にあるスイッチの群れを見つけると、一つずつオフにしていく。何度か蛍光灯がちらつくと、やがて入り口付近の明かりが消えた。
 不安になった小夜子。これで外から見れば営業中では無いことが丸判りで、仮に警察関係者が通りかかったとしても、ぶらりと立ち寄るなんて期待は、ほぼ無くなった。もっともこんな田舎では、例え営業中であっても、そんな可能性は皆無なのだろうが。
「おい、お前。携帯出しな」
 水無瀬は銃口を向けながらテーブルを叩く。ここに置けという合図だ。だが、五反田は首を横に振った。
「実は携帯持ってないんです。本当です、信じてください」
 そういってオーバーオールのポケットに両手を入れると、何も入っていないことを示すように内側の白い布を引っ張り出す。今度は後ろを向くと、バックポケットでも同じ事をしてみせた。普段から携帯どころか財布やハンカチなどを持たない主義と思われる
「判った。もういい」
 水無瀬は左手で下がれと合図を送ると、五反田は申し訳なさそうな顔で、小夜子の後ろに隠れるように身を置いた。
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