Light of Barman in Midnight Flavor

文字数 1,430文字

 ハンドルを握る手に思わず力が入る。
 暗闇の中を一台の軽自動車がうなりを上げ、田舎の畑道を激走していた。春というのに一向に温かくなる気配は現れず、ヒーターのスイッチに自然に手が伸びる。薄靄のかかる月明かりの下、黄色いライトが前方を頼りなく照らしている。
 思わずアクセルを踏み込みがちになり、村に数台しかない信号も、完全に無視していた。
 一抹の不安が頭をよぎると、心臓の鼓動が早くなるのを感じずにはいられない。自分を待ってくれている大切な人がいるのだからと、想いを巡らせる。
 大丈夫。計画通りにやれば必ずうまくいく。このために三か月も前から準備して来たんだ。今さらしくじる訳にはいかない。……もうすぐ自由になれる。借金を返済し、これからは世間の目を気にする事もなく、誰も知らない土地で一からやり直そう。そしていずれは籍を入れて、ずっと幸せに……。

 やがて山道に差し掛かり、道が一層細く険しくなる。
 アクセルを踏み続けるのが困難になり、どうしてもブレーキに足が動きがちだ。
 助手席には例の物が車の動きに合わせて左右に揺れ動く。いつもの如くあの男に渡すための物だ。もっとも彼としては賄賂とさえ認識していないかもしれないが。
 燃料計に目を向けると、ハンドルに怒りを任せてこぶしを振り挙げる。ガソリンの残りが僅かしかないことに苛立ちを憶えたからだ。
 畜生、自分はなんてマヌケなんだ。どうして予めちゃんと満タンにしておかない。もし逃げる途中でガス欠にでもなれば、目も当てられないじゃないか。
 こんな些細な事で計画がパーになったら合わせる顔が無い。それどころか、もう二度と自分の前に姿を現すことはないだろう。
 悔しさのあまり激走する車の中で地団駄を踏み鳴らす。
 木々の生い茂る山道をヘッドライトで照らしながら慎重に進むと、やがて視界が開け、再び畑道に出る。目的の場所はもうすぐだと頭の中の地図を巡らす。記憶だけが頼りだ。
 落ち着け、もう何度も通ってしている道じゃないか。目をつぶっても迷わず行けるくらいに……。
 途中ですれ違う車は一台もない。それでも警戒を怠らず、どこかに警察やパトカーが潜んでいないかと慎重に目を凝らしていく。
 万が一、途中で怪しまれてもいいようにと、余計な荷物は一切積んでいない。目的地の場所に赤丸が付いた地図はもちろんのこと、財布も身分証も――そしていつも懐に忍ばせている、二人で撮った思い出の写真でさえも……。
「あの金さえ手に入れば……」
 つぶやきを繰り返しながら、この日、何本目かの煙草に火をつけると、仄かな明かりが目に入る。
 アクセルを離して車をゆっくりと近づける。
 所定の場所に停めると、ライトを消してエンジンを切りながらドアを開ける。いつでも発車できるようにキーは挿したままだ。
 心配ない。正体はバレていないはずだ。そのために今までしっかりと準備しておいたのだ。何度も顔を合わせ、賄賂を渡し、信頼を勝ち得ている。あいつらには申し訳ないが、大金のためなら仕方がない。上手くいけば、ブツをせしめた後でも、カラクリには気づかないだろう。自分を信じろ、信じるしかない。

 大地をしっかりと踏みしめ、車の前で仁王立ちになる。
 まるで戦場に向かう兵士のように闘志にあふれ、炎の目を明かりの先に向けながら、鉛の足を踏み出す。

 例えこの先どんな窮地が待っていようとも、その歩みを止めることは決してない……。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み