第1話 Cafeteria Acts Like Wonder

文字数 1,498文字

 三月終わりの月曜日。高野内(たかのうち)は車を走らせていた。
 隣には、椅子を倒してうたた寝をしている小夜子(さよこ)が、呑気にいびきを立てている。
 ふたりは春休みを利用して、以前知り合った宮崎県の北奈留戸市にある三佐樹家を訪れた帰りだった。当初は今朝の便で羽田へ向かう予定だったが、天候不良のため、急遽、長野県にある、町はずれの空港に降り立つことになったのである。

 高野内和也(かずや)。彼は探偵である。
 小説やドラマなどによく出てくる一匹狼の刑事や、気難しい古本屋の店主などといったいわゆる探偵“役”ではなく、正真正銘、職業としての探偵である。都内某所の小さな探偵事務所を経営しており(といっても彼一人しか在籍していないが)、“自称”名探偵を気取っていた。

 峰ヶ丘(みねがおか)小夜子。都内にある有名進学校の私立金代台高校に通う高校二年生。
 成績優秀で生徒会長をしている傍ら、暇を見つけては高野内の事務所へ入り浸り、勝手に助手を名乗っていた。ちなみに高野内は疎ましく思っているが、彼女の父親は事務所のあるテナントビルのオーナーであり、家賃を滞納している身としては、何かと頭が上がらない。いつも倍以上年齢の離れた小娘の尻に敷かれていた。

 道はどんどん険しくなっていく。それと比例するかのごとく、高野内の不安は増大していく。本来であれば、とっくに都内に入ってしかるべき時間なのだが、周りは森や畑しかなく、一向に到着する気配すらない。どうやら道に迷ったようだ。小夜子の高いびきが鼻につき、イライラが募っていく。
 空港を出る時、小夜子は東京へ帰る手段として列車を希望していた。だが、高野内の気まぐれで、レンタカーでの移動となった。結果的にそれが裏目に出た恰好だ。
 ナビ代をケチらなければよかったと後悔したが、後の祭り。挙句、アップダウンを何度も繰り返し、見知らぬ田舎道を彷徨うことに――。
「方向音痴にもほどがあるわ」小夜子の愚痴が聞こえた。
 前を見据えたまま、「大丈夫。これが近道なんだ」つい、出まかせを言ってしまう。
 てっきり言い返してくるものだと身構えたが、助手席は沈黙したまま。チラリと目を向けると、小夜子は瞳を閉じて寝息を立てている。
「何だ、寝言かよ。お嬢様は気楽でいいよな」高野内は悪態をついた。
 行けども行けども標識すら見えず、舌打ちが止まらない。空港で天ぷらそばを食べてきたせいで、それほど腹はすいていないが、不安と焦りで喉の渇きを覚え、煙草も吸いたくなった。このままではいつか事故ってもおかしくはない。
 どこかで休憩できるところはないかと目を凝らすと、ちょうど視線の先の木々の隙間に、飲食店らしき看板を捕らえた。
『喫茶 エイティーズ』その下に店舗らしき建物が見える。
 ここぞとばかりにアクセルと緩め、ハンドルを切る。そのまま駐車場へとレンタカーを滑り込ませた。すでに車が二台停められていて、左端に寄せる。
 停まった振動で目を覚ましたのか、小夜子は大きなあくびを見せた。「ここどこ?」
 改めて見渡すと、山々の連なりが遠くに望める。生い茂った森の外れの田んぼ道の真ん中にある小さな喫茶店だった。その佇まいは、喫茶店というよりもアメリカのドラマに出てきそうな片田舎のコテージ風で、一見、おしゃれでレトロな雰囲気を漂わせている。
 しかし、建物に近づくにつれ、大音量の郷ひろみが耳を刺激する。外観に不釣り合いなアイドルの懐メロ。もしかしてマスターの趣味なのだろうか。
 隣の民家とは五百メートル以上も離れていて、ちょっとした陸の孤島ともいえた……。
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