第4話

文字数 2,706文字

「麗奈さんを殺した水無瀬は、その後我に返り、自分のしでかした罪の重さに耐えきれずに自分の胸に拳銃を押し当てて引き金を引いた……こう推理するのが一番自然だし、それ以外に考えられないでしょう。どう? これであなたの出番はなくなったわね。自称名探偵の貧乏さん」
「なるほど、さすがは小夜子だ。俺の一番弟子だけのことはある。それに免じて貧乏さん発言は聞かなかった事にしておいてやるぜ」
「これが真実でしょう。それとも何か反論があるのかしら。せ・ん・せ・い」
 余程の自信があるのか、小夜子はエヘンと胸を張りながら高野内を上から目線で見下ろしている。
「先生は止めろと言っているだろう!」顎に手を当てながら、対決の構えを取る。「一見お前の推理は正しいように思えるが、果たしてどうかな?」
「何か問題でも?」
 ここから高野内の反論タイムに入る。
「お前の推理通りだとすると一つ疑問が残る。水無瀬が物置に向かった時、どうして拳銃を持っていかなかったんだ? いくら縛られているとはいえ、警戒しない筈はない。もしかしたら麗奈さんはロープをほどいていて、襲い掛かってくるかもしれないと考えるのが普通だ」
 小夜子も負けじと、
「どうして拳銃を置いて行ったと断言できるのかしら? 実際には携帯していたのかもしれないでしょう」
「それはあり得ない。もし拳銃を持っていたのであれば、あんな小さなバタフライナイフで刺したりはしない筈だ」
「……私たちに銃声を聞かれたくなかったんでしょう。麗奈さんの父親もいるんだし、出来るだけ穏便に済ませたかったのよ」とは言うものの、声のトーンは低い。自信を無くした様子だ。
 高野内は推理の穴を指摘する。
「それはおかしい。あの時俺たちは厳重に縛られていたんだ。今さら銃声を聞かれたところで水無瀬にとっては“へ”でも無かったはず。それなのにあえてナイフを使ったのは別の理由があったからに違いない」
「その理由は何? 私の間違いを指摘するのであれば、あなたの推理を聞かせて。名探偵の名推理とやらを」
「それは後で説明してやるから、ちょっと待っててくれ。その前にまだ言わせてもらうと、動機の面も一考の余地がある」
「動機? どこがおかしいのかしら」そう言いつつも、微かに声が震えている。小夜子自身も推理の粗に気が付いたのかもしれない。
「水無瀬が俺たちの眠っている間に起き出して、麗奈さんの様子を見に行ったところまではお前の推理に矛盾はない。いくら水無瀬自身がきつく縛ったとはいえ、あれから時間も経っているし、俺たちの場合と違って足首は自由のまま。拘束が解けていないか心配になるのは当然の心理だ。……だが、お前の推理通り、物置で縛られている麗奈さんを見ているうちに殺意が沸き上がったと仮定する。しかし、そんな都合のいいことが起こるだろうか? 麗奈さんから命を狙われたと判った時、ビンタをしただけで彼女を許した。それはマスターとの約束を律義に守ろうとしたからだ。彼女を縛ったのはこれ以上変な気を起こさせないようにするためと俺たちへの見せしめだろう。そして三十分も遅刻したマスターを追求するでもなく、明日の夜明け……正確にはもう今日になるが、ここを出ていくと約束した――。つまり、あの時点で水無瀬が麗奈さんに殺意を抱く理由はどこにもない」
 それでも小夜子は負けを認めず、「それはそうかもしれないけれど、まだ強姦目的の線が残っているわよ」
「それはもっとあり得ない。ちなみにマスター、あなたは娘さんの遺体に触れましたか?」高野内の質問にマスターは黙って首を振った。「やはりそうでしたか。小夜子、お前は麗奈さんの遺体をちゃんと観察したのか? 彼女の着衣は全く乱れていない。下着どころかスカートさえもだ。仮に彼女が強姦されそうになったとしたら、あんなにスマートな恰好では無かった筈だろう」
「あっ……」小夜子は虚を突かれ、言葉が出ない様子。
 論破を目前とした高野内は、一気に畳みかける。
「だとすれば水無瀬はなぜ自殺をしたのだろうか? あの時点で誰かが警察に通報したとは思えないし、奴の言っていた組織の連中が来た様子もない。彼自身も観念するどころか夜が明けたらここを出ていくと言っていた。その言葉に偽りはなかっただろう。なのにどうして彼は自殺の道を選んだのか? ……お前の推理は悪くはなかったが、詰めが甘かったな」
 もはや逃げ道の無くなったであろう小夜子はついに敗北宣言をした。そう、あのまさかの決め台詞で。
「……そう思わせるのが、犯人の狙いだったのよ」
 だが、無残にもその台詞は打ち砕かれる事に。
「その手は食わないぜ。なにせそのフレーズは俺の専売特許だからな」
 小夜子は唇を噛みしめている。
 高野内の言葉は続く。
「それとも他にあてはあるのか? まさか水無瀬は麗奈さんに殺されて彼女が自殺したという真逆の推理でも披露するつもりかい?」
「いくら私でもそれは無理があると思うわ。麗奈さんは縛られていたんだし、銃声が鳴った時に彼女はすでに殺されて……あっ!」どうやらキラーパスが通ったようだ。
 小夜子は顔を紅潮させながら、勢いよく手を叩いた。きっと頭の中でパズルがいくつか合わさり、その形が何となく見えてきたのだろう。しかし、高野内は胸の奥で応援しながらも不安を抱える。
「もしかしたら水無瀬は自殺じゃなかった……彼はその時、本当に私たちと同じく熟睡していて、誰かに銃を取られて目の前で撃たれた……」ここで小夜子は落胆の色を見せる「やっぱり駄目だわ。銃声の音で目覚めた時には殺された麗奈さんを含めて全員縛られていたし、水無瀬を殺す機会のあった人物は一人もいない……」
 不安的中。高野内は援護射撃を飛ばした。
「いや、いい線いっているぜ。俺も水無瀬は自殺じゃなくて、誰かに殺されたと推理しているところだ」
「水無瀬は誰かに殺された……じゃあ、あの時、犯行が可能だったのは誰かしら?」
「頭を使え、お前は得意だろう。水無瀬の事は後回しにして、まずは麗奈さんの件を考えろ。彼女はいつ頃殺された? 本当に俺たちが眠っている間なのか? 学年トップの意地を見せろよ」
「ちょっと待って。あの状況で麗奈さんを殺せた人物といえば――。そうだわ! もしかすると……」
 小夜子の目が鋭く光った。突然物置へ向かったかと思うと、すぐに引き返してきて、今度は国長野の死体を確認した。
 やがて満足げな顔で戻ってくると、小夜子はある人物を指さした。

「やっと真実が見えました! 麗奈さんを殺したのは、あなただったんですね」
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