第12話 前からずうっと

文字数 1,459文字

 4日目
 明日最終日は午前中にホテルを発つので、実質的には今日が合宿最終日になる。
 シーズン前とは言え、さすがに人気のホテルというだけあって土日は満室らしい。いくらOBのご厚意でも、貸し切りが平日限定ってのは致し方ないよね。だから、ラストシーンを除く大半の場面が、木曜日の今日に撮り終わる。

 ラストのメインの部分は、都内のスタジオを借りて行われるらしい。そこではキスシーンの撮影もある。緊張するけど、期待の方が大きい。ただ、今回キスは無しってことで、ちょっと"おあずけ"されてる気分です。

 それでも、今夜もお楽しみがある。合宿の打ち上げとして、近くの広場でキャンプファイアが催されるんだ。
 去年もとっても楽しかった…
 今年も楽しみにしてるんだけど、憲斗は参加できなくなった。実家の方にちょっとした問題が起きて、どうしても今夜発たなければならなくなったんだって。だから、残念だけど、憲斗だけ、みんなより一足先に出発する。

 憲斗は大阪行きの夜行バスに間に合うように、夕食を済ませると早々にホテルを出発しなきゃいけない。それで夕食を終えると、バス停まで大勢でゾロゾロと憲斗を見送りに出かけた。

 今回の合宿では、撮影中、ずっと憲斗の傍にいた。でも、ほとんど会話する機会が無かった。会話の大半は撮影でのセリフのやり取りのみ。普通に言われてみたいな…ってセリフもあったし、いっぱい“抱いて”もらえて刺激的な部分も多かったけど、やっぱ物足りなさは残る。
 お見送りも大勢に囲まれてたんであまり話せなかった。ただ、バスを待っている間、隙間見つけて話しかけに来てくれたんだ。

「またメールするわ」

ってね…

「ありがとう。でも、憲斗ん家、お邪魔して大丈夫なの?ご実家、大変じゃない?」

 そう…。合宿が終わったら、僕は東京には戻らずに実家に帰る。ただ、今回はその前に大阪まで足を伸ばし、憲斗の実家に泊めてもらうことになってるんだ。本当は憲斗と一緒に大阪に向かう予定だったんだけど、憲斗だけ先に一人帰ることに…。

「いや、全然大丈夫やねん。うちはみんなユウキ待っとるから安心して来てや。
 ホンマ、どうしようもないアホが、ひと悶着起こしよって…。あんな奴、どうでもええねんけど…」

 えっ、誰のこと?何があったの?…なんて思わず聞きそうになったけど、それ、駄目だよね。憲斗の家庭の事情だもんね。

「それより、ユウキ、悪かったな。日程までずらしてもろて…」

「いいや、気にしないで。京都に寄るから大丈夫。」

「そっか…」

 会話はそれだけ。丁度その時バスが来たから。でもね、離れ際に僕を見つめながらこう言ってくれたの。小声でね…

「ユウキ…、やっぱ、綺麗やな」

って。


 みんなでなぜか "蛍の光" の大合唱。
 やめろ!恥ずかしいから!って憲斗慌ててた。ま、楽しそうに笑ってたけどね。

 みんなで賑やかに手を振る。
 扉が閉まって動き出したとき、窓の向こうから目が合った。手を振ると、憲斗も手を振り返してくれた。

 車通りの無い、光と言えば満天の星明かりだけっていう闇夜の中、憲斗を乗せたバスが遠ざかる。バスが曲がる度に、サーチライトの光が消えては現れる。トトロに出てくるネコバスのサーチライトみたい…。ネコバスの光、現れる度に小さくなる。
 そして最後にネコバスが一瞬鮮やかな閃光を放った、と同時にさっきの言葉が心地よく胸の奥に響き渡った。

 そっか、ユウキ、綺麗なんだ…

 見上げるとそこには
 星、星、星…

 憲斗…
 大阪、楽しみにしてる。
 前からね、ずうっと楽しみにしてたんだ。
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