第1話 接吻

文字数 1,154文字

 昼前、ホテルの玄関先から東京へ向けてバスが出発する。行きと同様、貸し切りバス何台かに分乗して戻る。みんな窓の外へ向かって手を振っている。
 玄関から手を振ってお見送りするのは、ホテルのスタッフの人たちと、なぜか…
 僕

 窓の向こうから美優が大きな口で、

 が、ん、ば、れ

って言ってるのが分かる。
 何を?って…、分かってるよ!
 笑って手を振り返す。
 ま、頑張るようなことじゃないけどね。

 砂ぼこりを上げながら、バスが遠くへ消えていく。
 振っていた手を下ろすと、ヨッコラセ、とお気に入りのリュックを背負い、勢いよくクルリと反転した。
 スカートの裾がいい感じに円を描く。
 うん、いい感じ。 
 目の前には赤いレンガ造りの洋館。
 さっきもみんなと一緒に撮ったけど、今度は洋館とツーショットで自撮り。
 ピース!

 おっ、このワンピースの白と薄いブルー、建物の色にメッチャ合ってる…
 花壇の花や、日の光にも

 ありがとう。お世話になりました。
 また来年来まぁす!
 来年は…
 さて、どうなっていることやら…

 スタッフの人たちにも深々とお辞儀をしてお分かれした。最後に建物に手を振る。
 さいなら!
 心地よい高原の風に、お気に入りのスカートなびかせながら、白樺並木の一本道を、駅へと向かって歩き始めた。



 三両編成の在来線、とても空いていた。
 行き先は、西
 窓際に片肘ついて、車窓から流れ込むなだらかな丘の稜線に見いっていた。いいなあ…本州にもこんな穏やかな丘陵地帯あるんだ…って思いながら。
 ただね、実はこんな美しい景色を眺めながら考えていたのは、昨日琴音先輩と交わしたキスのことだった。

 琴音先輩とは女子会以来、随分親しくなれた…と思う。みんながいる時は相変わらず無愛想だけど、二人のときは笑って手を振ってくれるまでになった。
 昨日はね、キスしてくれたんだ。
 接吻
 昨夜、自動販売機コーナーの部屋から出るとき、たまたま琴音先輩に出くわした。おっ!てな表情浮かべたと思ったら、唇近づけてきた。
 あっ、キスしてくる…、って思ったから僕も唇差し出した。唇どうしがそっと触れ合うソフトなやつ。とってもナチュラルな雰囲気で、親しみを感じる素敵なキスだった。だから唇離すとき、笑って見つめたんだ。
 そしたらね、琴音先輩、別れ際に、

「ありがと…。あんた、優しい目してるね…」

って笑い返してくれた。
 僕も手振っておやすみした。

 ただね、なんとなくその時、琴音先輩の笑顔が寂しげに感じたんだ。気のせいかもしれないけど…。でも、何だろ…、"そんな目で見てくれるんだね…" とでも言っているような…
 あの時、僕の目のこと、聞けば良かったな。折角聞けるチャンスだったのに…

 僕は、琴音先輩の柔らかい唇の感触を思い出しながら、その寂しげな表情を思い返していた。


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