第13話 「陰謀家たちの黄昏」(4) 

文字数 3,787文字

 ――のだが、その前に、動き出していた者たちもいた。
 運動会開催前日の夜。
「あれがヨルムンガルド……人類種族の裏切り者がいる場所か」
 学園の直ぐ側に位置する小高い丘の上に、陣を張っていたのは、ザハガードの王子、シューペリオン・マッケイであった。
「魔族領に一時滞在許可が出たのは幸いだったな……下衆な魔物どもに、形だけとはいえ頭を垂れたのは屈辱ではあったが」
 魔族領にある、ザハガード領の一部、「飛び地」を引き換えにしての三日間の滞在許可。
 行きで一日、帰りで一日、実質滞在期間は、明日一日であろう。
 その一日で決着をつければいい。
「愛のため、正義のため、なにより人類種族の名誉のため! ガルディナよ見ているがいい! この私の信念の刃の鋭さを!」
 腰に帯びた、伝家の宝刀グライツバイザーを引き抜き、月の夜に掲げる彼の姿は、現実味がないほど、英雄譚の一幕のようであった。
「殿下」
 意気軒昂にも程がある「太陽の王子」に、お付の者が声をかける。
「はーっはっはっはっ!」
 しかしシューペリオン、自分に酔っていて回りの声が耳に入っていない。
「殿下」
「はーっはっはっはっ!!!」
「殿下、殿下!」
「はーっはっはっはっ!! うひゃひゃひゃひゃ!」
「オイ色ボケ王子」
「なんだとコラ」
「聞こえてんじゃないですか」
 ツッコむシューペリオンだが、お付の者は悪びれない。
「ご機嫌なところ申し訳ありませんが、少しばかり、分が悪うございますよ」
「何を言うハインツ? 相手は邪悪にして愚かなる魔族! 勇気と信義をもって挑めば、天は我らに味方する!」
「はぁ」
 無茶苦茶なシューペリオンの物言いに、彼の側近たるハインツは呆れたため息を隠すことなく吐き散らかした。
「殿下が普段行ってらっしゃる演習じゃないんです。向こうはこちらに配慮して、負けてくれないんですよ」
 魔族領に入り込むことが出来たザハガードの者は、シューペリオンと側近のハインツを合わせても、十人程度。
 王子の側仕えをしているくらいである、彼らは皆、高い武力を有しているが、明らかすぎる多勢に無勢。
「今回は、魔装兵は連れてこられなかったんですから」
 魔装兵とは、対魔族戦闘に特化した特殊部隊。
 ザハガードの切り札とも言える精兵である。
「まったくロギンスのヤツめ! 怯えくさりおって!」
 憤慨するシューペリオン。
 ロギンスとは、魔装兵を統括する兵士長なのだが、前回ガルディナに率いられヨルムンガルドを急襲した際、彼らはクトゥーに返り討ちにあった。
 幸いなことに命までは奪われなかったが、潜入した兵士たちは恐怖から皆再起不能とされてしまう。
「仕方ありませんよ。魔装兵は、育成にも時間と手間がかかる。簡単に補充は効かない。殿下の色ボケにそうそう貸せないでしょう」
「貴公、ちょくちょく毒吐くな……」
「ホントのことですから」
 ヨルムンガルドは、魔族の教育機関。
 学校である以上、相応の数の生徒がいる。
「そもそも学校に剣振りかざして殴り込みかけるなんて、人間相手なら大事件ですよ」
「いいんだよ、相手は魔族なんだ。むしろ箔がつく」
 冷ややかなハインツに、シューペリオンは自分の言葉の意味すら深く考えず返した。
 魔王が、好戦派と休戦派の間で難儀しているように、人類種族側も、休戦を快く思っていない者は多い。
 このシューペリオンもその一人である。
 ただし彼の場合、他の好戦派とは、やや理由が異なる。
「愚かなる敗北主義者どもに教えてやらねばならん! 魔族とは滅ぼすべき人類の天敵であると! そのためにも、我が名を轟かせる必要があるのだ!」
 彼の場合は、ただ単に、「自分が戦功を上げる機会を奪われた」ことに憤慨している。
(困った人だなぁ……親の七光りと、親の財力でなんとかなっているだけなのに)
 魔族との戦争中も、それなりに戦功は上げていたが、全ては予め、他の有力武将が下準備を終わらせ、最後に華を持たされただけである。
 それに気づいてくれる程度に有能ならば、まだ救いもあったのだが、この「太陽の王子」は疑いもしない。
「『太陽の王子』じゃなくて、『能天気の王子』って方が近いんですよね」
「なんか言ったか?」
「いいえなんにも」
 側近のハインツとしては、こんなバカ王子でも、側に仕えていれば、跡取り息子を死なせたくない現王のはからいで、危険な戦地に送られることもない。
 そのためにせいぜい利用させてもらっている仲なのだが、事態は少々ややこしくなっている。
(学校といえど、中にいる魔族は百を超す。十人でどうにかできる数じゃない)
 かと言って、シューペリオンは引き下がる様子はない。
(まぁ、別にヨルムンガルドとやらを滅ぼさなくても、クトゥーとか言う男を始末すればいいわけで………)
 一番簡単な方法としては、腕利きのアサシンでも送り込んで、寝込みでも襲うのが一番なのだが――
「悪の魔導師を下し、正義をこの世に示した上で、愛を勝ち取る……おお、素晴らしい!」
 恍惚の表情のシューペリオンを見て、ハインツは改めてため息をつく。
「このバカ、それじゃ絶対納得しないんだろうな」
「なんか言ったか?」
「いいえなんにも」
 ちょくちょく考えが口に出るのが、ハインツの悪い癖であった。
「ハインツ様」
 そこに、シューペリオンに巻き込まれた、哀れな兵士の一人が現れる。
 彼には、ヨルムンガルドへの斥候を命じていたのだ。
「なにか見つかったか? 今にも堤防が決壊しそうな川などなかったか? 水攻めは派手だからいいんだがな」
「はいはい、殿下はちょっと黙っててくださいね」
 口をはさんできたシューペリオンを押し返し、ハインツは報告を受ける。
「残念ながら、そのような都合の――もとい、攻めやすい箇所は見つからなかったのですが……」
「ですが? なにか他に見つけたものがあるのですか?」
「はい、こちらを」
 兵士がわたしたのは、一枚の紙であった。
「これは……運動会?」
 首をひねるハインツ。
 それは、クトゥーが配った、運動会のプログラムを記した、プリントであった。
「運動会だと……なぜ、魔族がそんなことをやるんだ!」
 訝しむシューペリオンに対して、頭の回転の早いハインツは、ある程度の事情を推察した。
「なるほど……どうやらあの場所は、魔族の学校でありながら、我々人類のやり方を模倣しているようですね」
「なにぃ?」
 途端に、シューペリオンは汚物を見るような顔になった。
「怪物どもが、人類種族の真似事をしているということか? 理解に苦しむな」
「それはあなたに理解力がないからですよ」――と言いかけてハインツは言葉を止める。
「魔族は人類ほど高度な組織力を持っていません。それを補うため、基礎教育レベルから再現し、その手がかりを探ろうとしているのでしょう」
 冷静に分析するハインツ。
 そう考えると、かつてはかなり名を馳せた魔導師であるクトゥーが赴任している理由もわかる。
「バカな真似を。そんなことをしても、怪物どもが人間の叡智を得られると思っているのか。ほとほと度し難い」
「………………」
 ハインツは、もう何も言わなかった。
 言わなかったが、心の中で、「ザハガードももう長くないな」と感じた。
 何百年もの、一進一退の戦争。
 もし片方が明らかにもう片方より優れているならば、こんな醜態は晒さない。
 双方ともに、相手よりも優れている面と、劣っている面があるからこそ、泥沼となってしまったのだ。
(敵の中に自分たちより優れている面があることを認め、それを取り入れようとする……どれだけ稚拙に見えても、それを実行することがどれだけ凄まじいことか、わからないとは……)
 すぐにその効果が現れるとは限らない。
 失敗する可能性もある。
 だが失敗するということは、いずれ成功にたどり着ける可能性があるということだ。
 相手を見下し、自分たちは優れていると言い聞かせることは、ただいたずらに現状維持を選んでいるにすぎない。
 この両種族の有り様が今後どのような結果をもたらすか、それはおそらく、再び戦争が始まった時に明らかになるだろう。
(少なくとも、このバカ王子が跡継ぎであるザハガードにとって、いい未来ではないな)
 下手に大国であるがゆえに、救いのない袋小路に入っていることを、ハインツは感じた。
「……まぁ、いざとなれば他所に転職すればいいだけの話だ」
「ん? なにか言ったか?」
「いいえ、なんにも」
 ハインツのぼやきも耳に入らないバカ王子では、おそらく王になってもまともに讒言を聞き入れることなどできるわけがない。
「それはそれとして、一つ、付け入る隙を見つけましたよ」
「ほう、どこだ?」
 ハインツは、プリントの一部分を指差す。
「この一文を利用すれば、我々は合法的に、あの場所に介入できます」
 こうなれば、この先どうするか、方針は一つ。
 バカ王子の目的をさっさと完遂させ、さっさと母国に帰り、今回の報奨を手に入れた後、なにかしら理由を付けて他国に移る。
 その目的を果たすためだけに、ハインツは自分の頭脳を使うことにした。

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