第5話「ウンドウカイのおしらせ」(4)
文字数 1,718文字
一方その頃、学生寮では――
「あーもう、腹が立ちますね!」
ここは女子学生寮の大浴場。
その湯船に浸かりながら、ライムは憤慨していた。
「ライムちゃん、まだ怒ってるの?」
「怒りますよそりゃあ!」
隣の浴槽に浸かりながら言うロッテに、激しい口調で返す。
ヨルムンガルドには様々な種族の生徒たちがいる。
ライムなどは人類種族に近い体なので、人類と同じお湯に浸かっているが、ゾンビ族のライムはまた事情が異なるため、腐敗防止の塩素書毒剤が入った浴槽に浸かっている。
ちなみにこの湯船、人間が入ったら一瞬で皮膚が溶ける。
「種族の上下でしか物事を判断せず、あまつさえ、相手の人格さえそんな“生まれつき”のもので決めつけるなんて、最低の行為です!」
眼鏡を外し、顔に勢い良くお湯を当て、再び眼鏡をかけ直す。
ライムの眼鏡には、度は入っていない。
いわゆるダテメガネである。
「やっぱクトゥー先生をバカにされたから?」
「はぁ!?」
ロッテの一言に、過敏に反応するライム。
「な、何言っているんですか、ロッテ!?」
「だって他に考えられないじゃない」
ライムのがダテメガネを着用するのは、魔獣とも呼ばれる低級魔族の生まれでは有るが、より人間に近づきたいという思いから来る、自らの「知性と理性」の象徴だからである。
「ま、まぁ……それもないことはないですが……」
それくらい、つねに理性的であろうとしている彼女が、ここまで感情的になるのは、友人のロッテの目から見ても、大変珍しいものだったのだ。
湯船に浸かっているからだけでなく、わずかに頬を赤らめつつ、ライムは言う。
「でも、種族で人を差別するような人が許せないのも本当です」
低級種族に生まれたと言うだけで、様々な不利益を被らされた。
ライムの正体はスライム――魔族の中でも特に下級とされる種族である。
しかしながら、執念にも近い努力と長い年月をかけ、細胞単位で人間に擬態して、彼女は今の姿を得た。
「大切なのは、生まれではありません。どう生きるかです。そう思いませんか!」
今の姿形そのものが努力の産物であるロッテにとって、ステラ・リアの物言いは、到底受け入れられないものだったのだ。
「そうだねぇ」
「そうでしょ」
頷くロッテに、我が意を得たりという顔のライム。
「それにクトゥー先生バカにされたしねぇ」
「しつこいですよロッテ……」
だがさらに言葉をくわえられ、少しばかり不機嫌な顔になる――というか、どこか落ち着かないような顔であった。
ライム自身、あそこまでケンカ腰になった自分に驚いているくらいなのだ。
理由としては、差別的なステラ・リアに腹が立ったというのは本当なのだろう。
だがそれだけなら、反論くらいにとどめ、論戦までは仕掛けなかった。
その程度には、彼女は、本来は理性的なのだ。
「ともあれ、ステラ先生に考えをあらためていただくには、方法は一つしかありません。ウンドウカイで、ギャフンと言わせることです!」
「今どき、ギャフンって、言おうと思ってもなかなか言えないよ」
「そんなツッコミいりません!」
高位魔族の生まれであることに、歪んだプライドを持つステラ・リアに、同じルールの元に競い、実力を見せる。
クトゥーが言うように「屈服させる」ことが、完全に正しいとは思わないが、それが一つの有効打になるのは確かだった。
「それに……」
ふと、ライムは考える。
クトゥーは、たしかに、陰湿で陰険だが、以前とある事件で、自分たちが危機に晒された時、身を挺して戦ってくれた。
その姿は、間違いなく立派だったと、ライムは感じた。
その気持ちすら踏みにじられた気がして、腹が立って仕方なかったのだ。
「さっそく明日から、クラスみんなでウンドウカイ対策を練りますよ! この一戦、ヨルムンガルドの今後を占うものとなります!」
「そーだねーがんばろうねー」
拳を握りしめ、闘志を高めるライムに、ロッテがまったり気分で答えた。