第4話「ウンドウカイのおしらせ」(3)

文字数 2,991文字



 時間が経ち、その日の夜――ヨルムンガルド内の、職員寮。

「焼き魚の頭を落としていると、首なし死体みたいで気持ち悪い」

「昨日は、お頭ありだと睨まれているみたいで嫌とか言ってませんでしたか」

 ここは職員寮のラーヴェルトの部屋。

 にも関わらず、部屋の主よりも偉そうに夕飯を食べているクトゥー。

 隣室であることをいいことに毎夜夕飯をたかっている。

 たかっているというより、もはやたかられているラーヴェルトの方が、二人分を最初から作るようになっていた。

「それにつけてもだ、あの女一体何だ?」

「女……ステラ先生のことですか?」

 今日、昼休みにケンカ腰で現れた、A組の担任教員。

「人に嫌われているのは慣れているが、魔族であそこまで嫌われたのは初めてだな」

「闇」の気を持つクトゥーは、人類種族ならば無条件に嫌悪感を抱かれるが、「闇」の存在である魔族には、逆に好感を持たれる事が多い。

 彼のクラスの生徒、ゾンビ族のロッテなどその代表格だ。

「そりゃークトゥー先生はほら、ちょっと特殊ですから」

「なんだこの野郎、なにが言いたいんだ」

 ラーヴェルトの返答に、クトゥーは不愉快そうな顔で返す。

「アレか? 俺が種族を超えた喪男だからか? モテなくて根暗で、家で爆弾作ってそうだからか!」

「そういう意味じゃありませんよ~」

 爆弾よりたちの悪いモノは作っているクトゥーだが、ステラ・リアがクトゥーに敵愾心をむき出しにしているのは、それが理由ではない。

「クトゥー先生って、なんでヨルムンガルドに来たんでしたっけ?」

「そりゃオメェ、あのオッサンに斡旋されて……」

「それですよ」 

 クトゥーのいう「あのオッサン」とは、誰あろう、魔族の王である魔王その人である。

「魔王様に謁見するだけでもすごいことなのに。魔王様直々に推薦を受けての赴任なんて、前代未聞なんですよ?」

 魔族の中で、上位、高位と呼ばれる者たちの中でも、魔王の尊顔を拝することができるのはごく一部。

 その中で「声をかけて」もらえる者となるとさらに一部。

 ましてや、魔王直々に「ぜひともこの仕事を任せたい」と言われる者となると、数百万数千万の魔族の中でも両手で数え切れるレベルなのである。

「あんなオッサンが……?」

 驚き半分、呆れ半分のクトゥー。

 彼が会った魔王は、外見こそは「魔王」ぽかったが、中身は本当にただのオッサンだったのだ。

「現役の魔界騎士だった頃の僕も、お会い出来たのは一度か二度……言葉をおかけいただけたのは、一度だけです」

 四天王入りすら噂されていたラーヴェルトでさえ、魔王からかけられた言葉は「大義であった」だけである。

 魔王と茶飲み話に花咲かせた末に、就職先を斡旋されたなど、常識はずれの話なのだ。

「それはあいつは、妬んでいるってことか?」

「そーなりますねぇ」

 他に、ラーヴェルトも理由が思い浮かばなかった。

「まったく……そんな嫉妬なんてしても仕方ないでしょうに……」

「いや、そーでもねぇぞ」

 嘆息するラーヴェルトに、クトゥーは味噌汁をすすりながら返す。

「『求不得の苦』って知ってるか?」

「ぐふと……く……?」

「いわゆる『四苦八苦』の一つだ」

 四苦八苦とは、生物が生きる上で宿命として持つ四つの苦「生老病死」と、知恵を持つがゆえに宿命付けられる四つの苦しみを合わせた言葉である。

愛別離の苦、怨憎会の苦、五陰盛の苦……そして、求不得の苦である。

「欲するものを得られぬ苦しみってやつだ。知的生命体の背負った業だ。聖人でもない限り、持ってないほうが却っておかしいもんさ」

「はぁ……」

 陰気かつ陰湿、そして陰険が売りのクトゥーであったが、意外にステラ・リアに対して感情的になっていない。

「あの女は、魔王に見出されるっていう名誉を欲している。しかしそれが得られないでいる。その苦しみのはけ口として、こっちに突っかかってきたってことだ」

 それどころか、至極冷静に、相手の心情分析まで行っている。

「嫉妬自体は自然な感情だ。それを押さえ込めば、却って不自然が起こる。本人にも周りにも、悪影響しか及ばさん」

「いや……すでに、悪影響及んでいません?」

 ステラ・リアの行動は、要はクトゥーへの八つ当たりである。

「そこだよ」

 良い質問だとばかりに、クトゥーは答える。

「あの女、自分の感情が嫉妬だと認めようとはしていないんだろ。それが本人の美学なのかどうかはわからんがな」

 嫉妬とは、他者が自分より優れていることを認めているに等しい。

 その事実を認めることのできない者は、相手を反論できない理由で貶めることで、心の均衡を保とうとする。

「それがあの女にとっては、俺への“ニンゲン”呼ばわりなんだろう。下等種族相手ならば、自分を同列に比べなくていい」

「それはそれで……問題ですね」

エルフと魔族のハーフであるラーヴェルト。

 彼も同様の経験をしてきたため、苦い顔になる。

「そうなんだよ。嫉妬は自然な感情だ。だがそれを正視することで、新たな力を得ることもできる。おきれいな感情だけが、原動力になるわけじゃねぇ」

 夢や希望、信念や信義、様々な思いはときに力を生む。

 だが人に限らず、どんな者も、ポジティブなものだけでできているわけではない。

 ネガティブな感情も、時に人を動かす力になるのだ。

「あの女……まだなんか理由がありそうだな」

「さすが、『闇』に関しては語りますね」

 クトゥーの姿に、少し感心したような顔をするラーヴェルト。

 暗黒式魔導は、全ての「闇」を支配する魔導。

 その「闇」は、ただ単に、光の明暗だけではない。

 人の心の「闇」もまた、彼の専門分野なのだ。

「だが、もういっこわからねぇことがある」

 夕飯を一通り平らげ、茶碗にお茶を注ぎ、茶漬けをすすりながら、クトゥーは言う。

「あの女教員はともかくとして、委員長はなんであんなムキになってたんだ?」

 日頃理性的なライム。

 常識人かつ生真面目な性格なため、クトゥーを除けば、教員に歯向かうということ自体、日頃の彼女には考えられない行動だった。

「虫の居所でも悪かったのか?」

「………………」

 疑問を顔に浮かべるクトゥーを前に、ラーヴェルトは呆れた顔をした。

「なんだよ?」

「いえ……あ~………そうですか……」

 乾いた笑いを浮かべながら、「どういったものか」という顔になる。

「なんだよ? 変な顔しやがって、このイケメンが」

「あ、いえ、別になんでも」

 クトゥーに悪態をつかれるが、ラーヴェルトは特に何も言わない。

 自分が勝手に言ってしまうのは、それはそれで、ライムに申し訳がないと思ったからであった。

「クトゥー先生はとことん、暗黒式魔導師なんですねぇ」

「どういう意味だ?」

「いえ、『闇』に関してはプロフェッショナルなんでしょうが、『光』に関してはそうでもない、と……」

「だからどういう意味だ?」

 全く何を言っているのかわからないとばかりに、クトゥーは怪訝な顔で言った。
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